第77話 黄金期
兄貴が昏睡状態になり、数十年の時が流れていた。
都市の建造は進み、『水』と『電気』が安定供給される。
体内では『煉獄の門』が発見され、煉獄界との往来が可能に。
魔獣の臓物や資源を調達でき、文明は飛躍的な進歩を遂げていた。
最低限の衣食住は担保され、魔獣を食した住民は『魔獣化』を覚える。
『完全魔獣化』による暴走がデメリットだが、長寿になるメリットもあった。
――付いた街の名は『覚醒都市バイカルヴェイ』。
誰が計画し、誰が命名したのかは、未だに分からない。
そもそも知る気がなく、他にやるべきことが存在していた。
「――――」
俺が駆け上がるのは、建設途中のビルの階段だった。
手すりはなく、足を踏み外せば、タダじゃ済まない高さ。
完成度は50%程度。柱、梁、床などの構造部分の工事は完了。
内装と外装は未完で、資材や工具がコンクリートの床に散乱する。
――最終的にたどり着いたのは、屋上。
仮説足場や、覚醒都市のビル群が見通せる景観が広がる。
その視界の中心。屋上の縁には、赤髪の青年が立っていた。
ダークレッドの軍服を着込み、バックパックを背負っている。
「どうしてお前がここにいる。ベズドナ・イワノフ……っ!!!」
白の軍服を着る俺は、小銃の銃口を向け、厳しい口調で追及する。
相手は敵であり、幼馴染であり、巨大生物に導いた可能性のある人物だった。
「寄生も兼ねた観光かな。別に一人ぐらい増えても負担にはならないだろ?」
当の本人は、悪びれる素振りもなく、澄ました顔で語る。
真に受けるなら、ここで知らぬ間に生活していたことになる。
問題は何を目的として、いつから覚醒都市に住んでいるかだった。
直接訊いてやってもいいが、簡単に話してくれるような相手じゃない。
「一人か。少なく見積もり過ぎだな。お前のせいで、何人が亡くなったと思う!」
感情的になったように装い、俺は奴の行いを責め立てる。
ベズドナは赤軍に属し、俺たち白軍を敗走まで追いやった知将。
道中では約100万人の白軍と亡命者が亡くなり、その責任の一端を担う。
「その人たちにはお悔やみ申し上げるが、君たちはこうして生きてるだろ。過去のいざこざを蒸し返すよりも、やるべきことがあるんじゃないのかな?」
銃口に怯える様子はなく、ベズドナは淡々と意見を並べる。
一見、まともなことを言ってるように聞こえるのが、性質が悪い。
向こうの目的を明かすことなく、白軍の情報を一方的に引き出す算段だ。
「俺は今の生活に満足してるし、納得してる。強いて言うなら、この平穏を揺るがす可能性のある、お前が邪魔なぐらいだ。鼠のようにコソコソ付け回るだけで、都市と住民に貢献するつもりがないなら、この場で消えてくれ」
述べるのは、白軍の活動方針じゃなく、俺個人の見解。
これならいくら聞かれても、何の情報漏洩にもならなかった。
「……貢献に繋がる有益な情報を落としたら、見逃してくれるのかな?」
「内容次第だな。俺の主観に刺されば、この場は見逃してやってもいい。ただ、あくまで個人の範疇だ。お前が白軍にヘマをして見つかれば、庇えない。それに、どれほどの期間、俺が見逃すかは、『情報の価値』と『お前の活動』次第だ。都市に不利益を被ると判断したら、軍に報告してやるし、俺自らの手で裁きを下す」
ぶら下げた餌にベズドナは食いつき、俺は好条件を付け加える。
ここまで言えば、恐らく乗ってくるだろうが、その先が重要だった。
「順当な条件だね。それで乗ってあげるよ。心して聞くといい」
ベズドナは勿体ぶるように、丁寧に前置きを挟む。
何の拘束力もない口約束は成立し、内容を待つばかり。
最悪、戦闘になる可能性も考慮して、俺は気を引き締めた。
「君のお腹に宿る子は、都市の存続に関わる。何が起きても絶対に死守しろ」
そこで語られたのは、裏の取りようがない未来の『情報』。
それっぽいことを言ってるだけの可能性もあるし、信憑性は皆無。
客観的な目線で見れば、現時点だと何の価値もなく、無視するのが普通。
「……行け。気が変わらないうちに、俺の目の届かないところまで失せやがれ」
しかし俺は、銃口を下ろして、ベズドナを見逃した。
奴は何も言わず、屋上から飛び降り、闇に紛れていった。
移した視線の先には、『教育棟ビル建設工事』と書かれた看板。
「これでいいんだよな……。アレクセイ……」
お腹をさすり、俺は父親になる男の名前を口にする。
彼の子供が生まれたのは、今より半世紀以上先のことだった。




