第76話 泰明期
『龍』の討伐は、セルゲイ少尉の手柄になった。
今や中尉となり、『コサック部隊』の志願者が殺到。
人員は100名まで増え、右肺の中葉で祝勝会が開かれた。
備蓄されていた贅沢品を解禁し、25万人が一時の勝利を喜ぶ。
『龍』の血肉は、貴族や軍上層部などの特権階級に献上されていた。
――兄のジークも、その内の一人。
「おかえり、兄貴。『龍』の肉ってのは、どんな味だったんだ?」
右肺中葉に立てられたテントの中で、俺は尋ねる。
視線の先には、祝勝会を終えてきた兄貴の姿があった。
服装は、肩から膝丈まで続く白のフロックコートが特徴的。
加えて、細身の白のズボンに、入念に磨かれた黒の革靴を履く。
凝った装飾や刺繍はなくて、シンプルな服装だったが、よく似合う。
苦境に立たされた状況ながら、身なりは完璧に整い、気品を感じられた。
『礼節が人を作る』なんて言われるが、兄貴は典型的なモデルケースと言える。
「ただいま、ジーナ。アレは……期待するほどのものじゃないよ。素材は伝説級だろうが、味は焦げた串焼肉のような野蛮な味さ。香ばしいのを通り越して、苦みばかりが目立つ。口に合うものにするには、相応の工夫が必要だろうね」
ジークは質問に対して、率直な感想を告げる。
分かりやすい例えが添えられ、脳内で味が想像できる。
「あぁ……大体察したわ。食えない身分になって、正解だったかもな」
俺は小銃を解体し、手入れしつつ、返事する。
服装は『龍』討伐時と同じ、白の軍服を着ていた。
汚れが目立ちやすく、黒い煤や青い血が付着している。
「………………」
ジークの反応は悪く、口を閉ざして俺を見つめる。
失言したかとも思ったが、目線と雰囲気からして違う。
まじまじと服を見つめ、何やら考え込んでいるようだった。
「その血……『龍』のものだね。どういう経緯で付着したんだい?」
十分に検討を重ね、ジークは沈黙した理由を明かす。
察しがいい、というより、マナー馬鹿というべきだろうな。
身なりに強いこだわりを持つがゆえに気付いたってところだろう。
本題は、事実を話すべきかどうかだったが、答えはとっくに決めていた。
「たぶん、『龍』の解体作業を手伝ったからだな。その時に付いたんだろ」
半分嘘で半分本当の内容を、俺は平然と語る。
言えない、というよりも、言いたくないが正しい。
『龍』を討伐した、なんて言ったら余計な心配がかかる。
ただでさえ反対されたのに、事実を話せば、軍にいられない。
『下っ端なら安全』と思い込ませるには、嘘をつく以外になかった。
「……だと、いいんだが」
納得とはいかず、ジークは釈然としない反応を見せた。
ただ、追求するつもりはないようで、気まずい空気が流れる。
その間、俺は手を動かし続け、小銃の分解、掃除、組立てが終わった。
「心配すんなって。これからも俺が、軍の最底辺から兄貴を支えてやるからさ」
上手く噛み合わない会話の中、俺は一つの答えを示す。
それは、嘘偽りのない真実。軍に入った理由そのものだった。
「そのこと、だけど――――っっ」
気に食わなかったのか、ジークは食い下がろうとする。
しかし、言いかけた途端に胸を押さえ、片膝をついていた。
「おい、大丈夫か!?」
すかさず俺は、兄貴の肩を支え、転倒を阻止し、意識を確認する。
「平気、だよ。少し眠ればよくなるはずさ――」
これが兄貴と交わした、最後の会話。
身体の一部が『龍』と化し、意識不明が続く。
俺は軍上層部にジークの身柄を引き渡し、研究が進む。
後に『魔獣化』の仕組みが明らかとなって、兄貴の能力が判明。
――『雨』と『雷』。
その利便性に気付いた特権階級の誰かが、都市開発計画を軍に提案。
長い時間をかけ、『白龍ジーク』を中心に都市が形成されることとなった。




