第73話 進むべき道
覚醒都市バイカルヴェイ西部には、『病棟』が存在していた。
地上11階地下3階建ての白いビルで、総合病院と似た位置づけ。
様々な病に対応する科があって、専門分野特化の医者が多数いる。
部屋数も十分あり、病床は約500。治療目的の設備や部屋も充実する。
基本的には平等に診療を受けられ、都市内の医療を支える最大級の病院。
――ただそれらは、表向きの情報だった。
そのさらに地下には、研究目的に作られたフロアがある。
主に魔獣化の進行を食い止めるために作られた『魔獣医学科』。
一人の小動物臨床魔獣医師が担当し、日夜、様々な研究が行われる。
「…………」
慌ただしく靴音を鳴らし、闇に染まる非常階段を下る。
地下4階という文字列が見え、迷うことなく非常扉を開いた。
見えるのは大量の医療ポッド。電力に依存した先進的な医療設備。
通路には、襟足の長い銀髪の男がいた。恰幅がよく、白い軍服を着る。
表では軍医、裏では小動物臨床魔獣医師として活動している、自慢の息子。
「エフゲニー! ソーニャの容態は……っ!!」
任務を放棄して足を運ぶアレクセイは、真っ先に孫娘の安否を確認する。
「父上……っ。それがじゃな……」
エフゲニーの視線の先には一つの医療ポッドがあった。
その中には、身体の大半が魔獣化するソーニャの姿が見える。
頭部以外の部位は黒い体毛に覆われ、尻尾と鋭い爪を生やしている。
全身は液体に浸かり、酸素吸入器により、呼吸を保っている状態だった。
「ハッキリ言え! 電力がない状態でどれぐらい持つ!!」
気を遣う余裕はなく、息子でありながら厳しく当たる。
こうしている間にも時間が過ぎる。余計な気遣いは不要だった。
「良くて一時間、悪ければ三十分じゃな。酸素吸入器は全て手動に切り替えたから死には直結せんが、問題は魔獣細胞の活性化じゃ。抑制機能を果たしておる液体『サイロスタシス』の管理は、電力が必須となる。時間を過ぎれば、じきに覚醒し、重度の患者から暴走を始めるじゃろう。ソーニャも例に漏れず、ここにいる被験者たちにも通ずることじゃ……」
論理的に説明されるのは、考え得る限りの最悪の展開。
このままいけば、都市が秘密裏に抱えていた爆弾が起爆する。
「電力は私がどうにかする。お前は出来るだけ暴走を遅延させろ。いいな!」
アレクセイは端的に指示を飛ばし、その場を去る。
振り返ることなく非常階段を上っていき、地上を目指す。
「お任せあれ。この時のために、医者になったんじゃからな」
その去り行く背中に向け、エフゲニーは意気込みを告げる。
白い軍服の袖をまくり、足を向けた先には、半透明の循環装置。
そこには、魔獣化を食い止める『サイロスタシス』が詰まっていた。
◇◇◇
覚醒都市から電力をなくすこと。それは最低条件。
住民の同意を得るためには、避けては通れない道だった。
課題は山ほどあるが、一番最初に目を向けるべき問題でもある。
――なんせ、住民は電力に依存し過ぎている。
脱却させる前提なら、この停電は好都合ではあった。
電力がない状態に慣れれば、説得の難易度も下がってくる。
多少の時間がかかるかもしれないが、絶対に不可能とは言えない。
全住民を納得させ、祈りを捧げさせれば、白龍ジークは元の人間に戻る。
――だからこそ、電力を復旧させるわけにはいかない。
「…………」
ジーナが単身降り立ったのは、鉄塔近くにある変電所の前。
電力を供給する要所であり、ここさえ破壊できれば復旧は困難。
少なく見積もっても、数週間は電力のない生活を強いることができる。
(あいつは……)
脳内で情報を整理し、意気込んでいると、人影が見えた。
見知った人物であり、誰よりも長い時間を共に過ごした相棒。
「アレクセイ、どうしてここに……」
嫌な予感がしながらも、変電所の入り口前で声をかける。
「無論、電力を戻すためだ。経緯は知らんが、お前もだろ?」
急いでいるのか、アレクセイは深く追及せず、同意を求めた。
肯定し、協力すれば、これまで通りの関係は維持できるだろう。
軍の底辺から都市を支える。同じ志を保ったまま味方でいられる。
――だが。
「俺は電力を止めるためにきた……」
足を止め、瞳を逸らし、ジーナは本心を口にする。
「は? お前、何を言って――」
きょとんとした顔を作り、アレクセイは言う。
冗談。そんな言葉を使えば、まだ引き戻れるだろう。
裏を返せば、ここより先に踏み込めば、冗談じゃ済まない。
共に歩むと決めた道は違え、ここまで積み上げた関係は崩れ去る。
――それ、でも。
「悪いが、本気だ。お前は俺の敵なんだよ、アレクセイ!!!」




