第70話 幸福の反作用
リーチェ。イタリア語で幸福を意味する言葉らしい。
その名の由来通り、身の回りで恵まれることが多かった。
思いが反転する呪い以外は、常にツイていると言ってもいい。
身に危険が迫ろうとも、最終的にはどうにかなることが多かった。
自助努力の範疇を超えている場合でも、予期せぬ第三者に助けられる。
――エミリアがまさにそうだった。
移動系の能力により、命を三度ほど救われている。
出会いは偶然だし、発動タイミングは彼女に依存する。
緊急時は意思疎通が取れない場合もあるし、運でしかない。
セルゲイと出会い、信用されたのも、ある種の幸運だと言える。
ただ、良いことだけが起こるわけもなく、悪いことも存在していた。
――周りには不幸が訪れる。
覚醒都市の場合は、訪れた後に大規模停電が発生。
さらには、魔獣の巣窟と繋がる『煉獄の門』が開いた。
目に見えた実害が同時に起き、被害の拡大は避けられない。
偶然と思い込めるなら楽だけど、自覚があるから無視できない。
「……エミリア、案内してもらえる? 開いた門の前に」
色々と思考を巡らせた上で、リーチェは決断を下す。
超常現象を対策する。それが不幸を招いた者の責務だった。
「もちろん構いませんが、パーティ編成はどうされますか?」
エミリアは前向きに検討し、話を進める。
辺りにいるのは、ベクター+覚醒都市の住民。
ツアーガイドに巻き込めば、全員の移動はできる。
実力も高めで、連れて行けば役に立つのは間違いない。
――ただ、気心の知れた仲じゃない。
背景も知らないし、目的や動機も分からない。
全員の意見を擦り合わせる間にも、事態は悪化する。
「ベクター以外は巻き込めない。私たちだけで事態を収拾する」
リーチェは早急に結論を告げ、方向性を示した。
中身がダンテの疑惑があるけど、この際どっちでもいい。
協力する気があるなら、どちらも戦力になるのは間違いなかった。
「承知しました。でしたら……」
指示に従い、エミリアは案内を開始しようとしている。
「だーめ。あたしも連れてってもらうよ。門の紹介も必要なんでしょ?」
そこに口を挟んだのは、ターニャだった。
目つきを鋭くさせ、こちらの意を汲んでいる様子。
移動系能力の縛りが説明済みなこともあって、理解が早い。
「僕も同行させてもらうよ。監視しておけとの大尉のお達しだからね」
さらに、口を閉ざしていたオレグが参戦を希望する。
言う必要のない本音も添えて、活躍する気満々のご様子。
「……」
アレクセイは沈黙を保ち、顔を青ざめている。
命令が別にあるのか、他のことを憂いているのか。
どちらか判別できないけど、無理強いする必要はない。
「二名追加ね。……詳しく説明する暇はないけど、そっちはどうする?」
リーチェは、ターニャとオレグの申し出を承諾。
念のため確認を取ったのは、教師と二人の生徒だった。
「わたくしどもは電力の復旧に努めますので、どうぞお構いなく」
ロザリアは短く目的を告げ、参加をやんわりと拒否。
ソーニャは口を閉ざしたまま、気絶するジーノを背負う。
これで、ほぼ全員の意見が出揃い、残っているのは移動のみ。
「聞いた通りよ。参加は私、ベクター、ターニャ、オレグの四名」
「ツアーガイドを開始します。次の目的地は『煉獄の門』でございます」
必要最小限の会話で意思疎通を図り、エミリアは能力を発動。
観光案内に承諾した五名を、不幸を呼ぶ元凶へと運び込んでいった。
◇◇◇
電力が止まった。その事実に冷や汗が止まってくれない。
それに付随した問題を想像し、任務どころじゃなくなっていた。
「……ソーニャ、無事なら返事をしろ」
アレクセイは、屋上から去ろうとする孫娘に語りかける。
血縁関係者の事実を隠すという誓いを忘れ、確認してしまっていた。
「…………」
返事はない。魂の抜けた人形のように屋上から飛び降りる。
元の性格から考えて、無視はあり得ない。聞けば必ず応答する。
答えられなくなったということは、恐らく、病状が進行している証。
(待ってろ、ソーニャ。今、俺が見舞いに行ってやるからな)
アレクセイが目指すのは、鉄塔でも門でもない。
孫娘ソーニャの本体が隔離されている『病棟』だった。
◇◇◇
「……」
教育棟ビルの屋上に着地するのは、熊のように屈強な男。
セルゲイ大尉は、元帥の命令を受け、侵入者の捜索にあたる。
しかし、そこに人影はなく、誰かが戦っていた跡が残るのみだった。
「ぬかった。あと一歩、及ばんかったか……っ!」
セルゲイはその場で足踏みし、屋上に亀裂を走らせる。
余所者の侵入を許し、停電を止められず、煉獄の門が開いた。
責任の所在は全て自分にあり、部下に負わせるのは見当違いだった。
――その原因を作ったのは、一人の侵入者。
気心を許してしまった要因であり、『好き』を操る能力者。
良き隣人と錯覚し、覚醒都市を悪い方向へと導くであろう諸悪の根源。
「エミリア・アーサー。次に顔を合わせる時は、覚えておるがいい……」
胸の内を支配する人物を吐露し、セルゲイは暗闇に消えていった。




