第60話 『龍』
臓物庫の地下にある螺旋階段でのこと。
そこで明かしてやったのは、紛れもない真実。
「白龍ジーク。完全魔獣化した俺の兄がここに捕らえられている」
最下層で眠っている、冷気の本質。
電力の供給源であり、都市を支える人柱。
どこまで話してやるかは、相手の出方次第だった。
「完全魔獣化、ね……。それって、ここだと常識なの?」
バグジーはククリ刀を背中にしまいつつ、話を転がした。
受け入れつつも、完全に信じ込んではいない。無難な対応だ。
じっくりと腰を据えて、丁寧に掘り下げようとする気概を感じる。
「知っているのは、軍の上層部と建設に携わった者。それと血縁者の俺だけだ」
教えるのは聞かれた部分だけ。余計なことは話さない。
こちらから一方的に話せば、成長機会の損失に繋がるからだ。
具体的には、自分で考え、決断し、行動に移す力が養われなくなる。
――兵士としては理想だが、個人としては最悪だ。
目の前の命令をこなすだけで生き残れるほど、甘くはない。
軍隊では『集団』の力が求められるが、ここの適性は『個』だ。
凝り固まった常識や慣習に染まってると未知の現象に対応できない。
こいつらを成長させるためにも、主体性を育んでやるのがベストだろう。
――こうでもしないと、ベズドナには勝てない。
真の思惑は不明だが、恐らく奴の脱獄は都市の人間に被害を及ぼす。
俺一人の力じゃ限界があるし、平均的なレベルアップは必須だと言えた。
「最重要機密のようね。魔獣化の進行を懸念してのことかしら。大っぴらにされたら、あんな肉や臓物、食えたもんじゃないものね。裏を返せば、魔獣の臓物には大いなる力があると流布した方が、食欲も労働意欲も上がるし、真実を隠せる。隠蔽体質なのは鼻につくけど、都市の機能を維持するなら、それ以外ないか」
バグジーは、一の情報から十の分析まで膨らませていた。
概ね正解。軍部の隠蔽工作と都市への影響を見抜いてやがる。
こいつは元々、出来る側の人間だった。頭脳も能力も平均以上だ。
肉の件とさっきの攻防も踏まえると、期待にそぐわない反応と言える。
(とりあえず及第点か。こいつは問題なさそうだな。それより……)
俺はバグジーから目を逸らし、次の評価対象に視線を送る。
能力は未知数で、たまに鋭いことを言うが、瞬発力に欠けた女。
白軍を基準とするなら、平均以下。場数が足りていない印象がある。
ただ、傾向から考えるに、土壇場に強いタイプ。スロースターターだな。
思考は重いが、馬力が強い。あいつの策はベズドナに匹敵する可能性がある。
――ただ、今のところ机上の空論だ。
策ってのは大抵の場合、想定外の事が起きる。
そんな時に必要になるのは、『思考の瞬発力』だ。
未知の現象に対応する策を、瞬間的に閃く必要がある。
アザミの欠点であり、最も克服すべきポイントだと言えた。
窮地だからといって、時間が止まってくれるわけじゃないからな。
――正直言って、雲行きは怪しい。
なにせ、平常時の頭の回転があまりにも遅すぎる。
一拍遅れて理解するのがやっとで、会話についてこない。
彼女の強みは十分理解しているが、不安がないと言えば嘘になる。
「白、龍……」
御覧の通りの有様だ。バクジーと比べれば、一目瞭然。
今はお出しされた情報を処理するターンに入っちまってる。
暇だから会話が成り立ってるが、戦闘中だったら致命的だろう。
策を考えてる間に、誰かが死ぬ。それぐらいのレスポンスの遅さだ。
(頼むぞ、おい……。そんな調子じゃあベズドナに……)
俺は助け船を出すことはなく、アザミの反応を待った。
時間をかけて生み出した発言の方にも、興味があったからだ。
思考が遅かろうが、仲間が死のうが、奇策なら耳を貸す価値がある。
「千葉家の伝承通りなら、元の状態に戻せるかもしれません」
満を持して発したのは、ただの取っ掛かり。
かもしれないという空想の域を出ないものだった。
(こいつは……もしかしたら、もしかするかもな……)
ただ、密かに感じる大化けの可能性。
アザミの成長性に手応えを感じかけていた。
◇◇◇
龍。主に東洋を中心に広く知れ渡っている想像上の生き物。
蛇のような鱗に、二本の角と四本の足が生え、口辺りには長髭。
翼がないのに空を飛ぶことができ、雨や雷を操るとも言われる存在。
口から火を吐き、背中に生えた両翼で飛べる西洋の竜とは別種とされる。
――考えていたのは、『龍』と『竜』のどちらなのか。
別に直接聞いても良かったけど、自分の頭で考えたかった。
都市の状況と照らし合わせ、特徴を擦り合わせたらすぐ分かった。
雨と雷。冷凍庫と電線。東洋の『龍』なら、どちらも供給が可能になる。
――その上で矢面に上がるのが、『龍』の完全魔獣化。
ジーナの兄が、覚醒都市のために人柱にされたという事実。
千葉家の道場に保存される古文書には、似たような物語がある。
飢饉や干ばつを防ぐために生贄に捧げられ、やがて『龍』になる話。
それには続きがあって、ある方法を使えば、『龍』は『龍人』に変化する。
成功すれば、白龍ジークは解放される。計画にも協力してくれるかもしれない。
「千葉家の伝承通りなら、元の状態に戻せるかもしれません」
頭の中で十二分に吟味を重ねた上で、アザミは言葉に発する。
変に希望を持たせるわけにはいかないし、自分の中の確証が欲しかった。
「具体的な方法は……?」
白龍の関係者であるジーナは当然、食いつく。
肝心なのは内容。現実的に達成可能な課題かどうか。
的外れなことを言えば、馬鹿にされるのは目に見えていた。
それでも、言わずにはいられない。悲劇のまま終わらせたくない。
「い、祈りを捧げる。対象者は、『龍』の恩恵を受けた都市にいる全員です」
◇◇◇
臓物庫地下。螺旋階段の行き着く最下層。
そこには、白い龍が静かに眠りについていた。
透明の柱の中に捕縛され、管やパイプが結びつく。
冷気と電気。それぞれを都市に供給するための装置だ。
志願したとはいえ、何度見てもいたたまれない気分になる。
「――だそうだ、兄貴。民主主義を掲げた俺たち白軍が、都市にいる全員の賛同を得ないと元に戻れないなんて、皮肉だよな。課題も山積みで、軍部の規制を無視して、白龍の件を公表し、住民一人一人に頭を下げる必要がある。それどころか、頭の固い軍部まで説得して、意思統一を果たさなきゃならねぇってわけだ」
俺は一枚の壁を通して、白龍ジークに話しかける。
答える気配はなく、聞いているのかも分からなかった。
最後に声を聴いたのは、いつだろうか。もう思い出せない。
どんな声音で、どんな会話をして、どんな表情をしていたのか。
時の流れで薄れゆく記憶。おぼろげなイメージを頼りにして接する。
「「……」」
辛気臭い雰囲気を汲み取り、アザミとバグジーは口を閉ざしていた。
このまま、しめやかに退散して、計画の事だけを考えるのもいいだろう。
誰も責めやしないし、兄と話ができない以上、直接影響を及ぼすことはない。
「――それでも」
俺は口を閉ざすことなく、一人語りを接続詞で繋げる。
このままだと切りが悪いし、縁起も悪いし、雰囲気も悪い。
兄が聞いていようと聞いていなかろうと、伝えないといけない。
願掛けだろうがなんだろうが、やれることは片っ端からやってやる。
「希望はあるぞ、兄貴! 俺がどうにかするから、それまで良い夢でも見てろ!」
俺はポジティブな言葉で締めくくり、兄に決意を表明する。
根拠なんて何一つなかったが、上手くいく未来しか見えなかった。




