第57話 準備
覚醒都市バイカルヴェイ東部。アザミが訪れたのは、臓物庫。
数々の魔獣の肉や臓物がフックに吊るされ、冷凍保存されている。
憲兵装備だと肌寒く、衛生面に問題があるため、衣装は着替えていた。
毛皮の帽子、厚手のコート、革製の手袋、フェルト製のブーツを装着する。
「……」
アザミは白い息を吐き、手広い空間を見渡していた。
やや古めかしさはあったものの、冷凍設備としては完璧。
詳しい原理や仕組みは不明だけど、必要な機能は揃っていた。
これなら腐敗と細菌の増殖を抑えて、長期的な保存が可能になる。
「思ったよりも本格的ね。動力は電気だとして、中身は――」
「知らん方が身のためだ。ここに来たのは見学のためじゃないんだろ?」
バグジーは疑問を口にするものの、ジーナがそれを遮る。
ここに来たのはこれで全員。グループは二つに分かれていた。
全ては脱獄計画のため。立案も準備も実行もアザミが取り仕切る。
都市の情報を元に一人で考え、全員を巻き込んだ。失敗は許されない。
ジーナの言うように、ここは準備を淡々と進めるのが最善のように思える。
――ただ、目的は脱出計画だけじゃなかった。
「く、詳しく聞かせてもらえますか。今後の参考になるかもしれません」
アザミは勇気を振り絞って、ほんの少しだけ視野を広げる。
ベズドナを超える。そのためには、あらゆる想定が必要不可欠だった。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ西部。宿営地。
テントが多数あり、兵士や憲兵が寝泊まりする。
喉中に設置されていた野営地と似たような構造じゃった。
「急患だ。手当てを頼む。見回り中に倒れて、高熱でうなされている」
声を低くして、広島はジェノを下ろし、軍医がいるテントへ訪れた。
服装は憲兵の恰好のままで、ここまではすんなりと潜入することができた。
「ふむ。どれどれ……」
対応するのは、大きめの鼻に、太い眉と髭が特徴の軍医。
髪は銀色の輝きを放ち、後ろ髪は男性の割には長めに伸びる。
お腹が出ていて、平均よりも肥えているものの見た目は若かった。
白の軍服に身を包み、左腕には十字が描かれた腕章が装着されている。
「こりゃあいかん。すぐにでも精密検査を――」
ジェノの額に手を当てる軍医は、顔を青冷めながら語る。
素性を隠しために一役買ったヘルメットを脱がそうとしている。
「待ちんさい。一時的でええから、熱を下げる薬はあるか?」
広島は軍医の腕を掴んで、脅迫するように言った。
身分を隠し通す気はなく、侵入者とバレても良かった。
アザミが用意した遅効性の毒。後でジワジワと効いてくる。
ジェノの件はオマケ。薬があれば儲け物ぐらいの感覚じゃった。
「訳アリか。……お前さんたち、よそもんじゃな?」
広島弁と似た方言を扱う軍医は、すぐに正体を察する。
焦っている様子はなく、淡々と事実を受け入れようとしていた。
「通報するか? 別にいざござになっても、うちは構わんよ?」
半ば認めるような形で広島は接する。
センスこそ纏わないものの、拳を握り込む。
いつでも戦える形を作って、脅迫の姿勢を貫いた。
「いーや。面倒事を起こさんなら、通報はせんよ。それより、こいつをもってけ」
軍医は適当にあしらうように語り、小さな容器から錠剤を取り出す。
「……ハメる気は、ないじゃろうな」
警戒しながらも、広島は白い錠剤を受け取った。
効能は不明。毒入りの可能性も十分考えられる展開。
「アスピリン。発熱を緩和するための薬じゃ。飲ませれば、一時的じゃが動ける程度まで回復するやもしれんぞ。根本的な解決にはなっておらんがの。……あぁ、それと魔獣の成分は入っておらんから安心せい。信じるかどうかはそちら次第じゃが」
こちらの疑問を汲み取り、軍医は懇切丁寧に説明した。
真偽は不明じゃったけど、嘘をついているような気配はない。
薬品の知識はないが、恐らく、外から持ち込んだ分の残りじゃろう。
「なぜ、よそもんと分かって手を貸すんじゃ」
質疑応答しても裏が取れるわけもなく、代わりに広島は理由を探った。
内容に整合性があれば、信じる。そっちの方が効率がいいように感じていた。
「医者の本意は、敵味方関係なく人を助けることじゃ。困っていた人がいれば手を差し伸べるまでよ。相手が敵だと分かったとしても同じこと。そこから先のことは、ワシの専門分野外なんでな。何事にも棲み分けが大事なんじゃ」
つらつらと語られるのは、ある種の正論じゃった。
医者に長年徹したからこその見解。芯を食った内容に思える。
「……ひとまず、信じちゃるわ。感謝は効果が出た後にさせてもらうけぇな」
広島は軍医の善意と受け取り、錠剤を懐にしまう。
計画とは少し違う方に進んどるが、悪い気はせんかった。




