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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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第56話 一石四鳥

挿絵(By みてみん)





 煉獄界。荒涼とした原野が広がる見通しの悪い空間。


 地面に倒れ込んだのは、一本角が生えた白い虎型の魔獣。


「……順調だね。これで残りは一体」


 ベズドナは魔獣頭部の肉片を短剣で削ぎ取り、上機嫌に語る。


 その肉片は、上下二つに割れた小さい人形の中に押し込められた。


 形作られるのは、赤いスカーフを巻き、額に一本角を生やす女の人形。

 

 近くには類似の人形が二体並び、土台にしたものも含めると計四体となる。


 ――邪遺物イヴィル不幸を産む人形(ベドゥーシュカ)』。


 魔獣を倒し、肉片を入れ込めば、最大五体まで人形が増える。


 全てが揃えば魔獣の子供が生まれるらしく、攻略の鍵としていた。


 ここまで作業的に魔獣を屠り続けてきたが、不明な点がいくつかある。


「少し気になることがあるのだが、質問しても構わんか?」


 ボルドは右拳についた青い血を払い、話を切り出した。


「もちろん構わないよ。ここまで手伝ってもらった恩もあるしね」


 ベズドナは腰を下ろし、人形を整え、応じる姿勢を見せた。


 聞き分けが良く、感情の浮き沈みがなく、常に飄々としている。


 接しやすい人柄ではあるが、脳内で何を考えているかが読み取れん。


 本性を見定める良い機会だ。自由に雑談できる時間も今しかないだろう。


「魔獣の肉はどこへ運ばれる。都市に流通するなら、出口があるはずだが」


 まず尋ねたのは、身の回りにある疑問。


 懐に入り込むには、助走が必要だと判断した。


「煉獄の門は一つじゃない。体内にいくつか存在するんだ。種類は入口と出口の二種類で、基本的には一方通行。魔獣の肉は出口の門で回収され、他の犯罪者や都市の人間はそこに集中しているよ。ちなみに僕たちが通った門は入口で、一度入れば最後。あそこから都市側に出ることはできないんだよね。ある例外を除けば」


 ベズドナは背後にある『煉獄の門』を見つめ、説明する。


 何の気ない質問だったが、かなり本質的な回答が返ってきた。


 都市脱出計画に直接左右するものであり、体内の攻略にも関わる。


「……例外とは?」


 こちらが意図した本筋から外れるのを感じつつ、話を掘り下げた。


 彼に話題を誘導された可能性もあったが、今はそれでも構わなかった。


「魔獣なら、入口と出口の一方通行を無視できる。とは言っても、知能に欠けているから、明確な意図をもって門を内側から開けようとする魔獣は存在しないんだけどね。だからこの辺りは、脱獄を警戒する都市側の人間が皆無なんだ」


 流れるように、ベズドナは必要な説明を並べ立てている。


 面白い法則性であり、納得のいく説明だったが、末恐ろしい。


 ただの説明の中に、ベズドナが目論んでいた秘策が含まれていた。


「つまり、人間の知能を持つ魔獣なら話は別、か」


 不幸を産む人形で作ろうとしているのは、人間ベースの魔獣。


 人の言葉に耳を傾ける知能があれば、一方通行は意味をなさない。


 都市側の盲点をつけ、結界や検問の問題が片付けば、脱獄は十分可能。


「そういうことさ。この寄り道には、一石四鳥ぐらいの価値があるだろ?」


 戦力の補強。煉獄の門の自由切符。脱獄の起点。攻略の切り札。


 最初は不可解に思っていたが、絶対に必要だと断言できる内容が揃う。


「口内にいた段階でここまで……」


 オユンの占いと遜色ないレベルの作戦。


 類まれな戦略的思考を持つベズドナに舌を巻く。


「違うよ。計画していたのは、内戦を起こした百年以上前からさ」


 しなやかに、したたかに勝ちを見据える。

 

 懐を掘り下げてもなお、未だに底が見えない。


 その根底に垣間見えたのは、綿密に練られた計画。


 それが分厚いヴェールとなり、人となりの掌握を阻む。


 少なくとも、この道中では本性を明かすことはないだろう。


 計画を破綻寸前まで追い込めば話は変わるが、現実的ではない。


 想定に想定を重ね、盤石な道を歩んでいるのは、身をもって感じる。

 

 不測の事態が起きようと、何かしらの回答を事前に用意しているはずだ。


 ――今は取り入っておくのが丸い。


 少なくとも味方のうちは、放し飼いで構わないだろう。


 仮にどこかで敵に回ったとしても、その時に考えればいい。


 戦略を凌駕する戦術。それを見せつけてやれば済むだけの話だ。


「僕のこと、少しはご理解いただけたかな?」


 胸中を知ってか知らずか、顔を覗き込むようにベズドナは尋ねてくる。


「それは――」


 思いのまま感想を告げようとした時、腹の虫が鳴った。


 不慣れな場所での連戦が続き、さすがに栄養が枯渇してくる。


「空腹か。魔獣で栄養補給するのも一興かもしれないね」


 視線を向けた先には、屠った虎型の魔獣。


 抵抗はなかったが、言い方がどこか引っかかる。


「何か問題でもあるのか?」


 言葉の裏の意図を察し、すぐさま尋ねた。


 生物を身体に取り込むデメリットはいくつかある。


 毒、寄生虫、感染症、アレルギー。列挙すれば切りがない。


 加熱せずに食べれば危険は増し、未知の魔獣なら余計に起こり得る。


「食べれば魔獣化の性質が付与される。煉獄の門の一方通行に干渉できるほど都合よくはないが、更なる身体能力の向上は見込めるね。人間のまま強くなりたいなら我慢すべきだと思うけど、君はどっちの高みを目指したいのかな?」


 人か獣か。ベズドナの発言を要約すれば、この二択。


 想像以上の内容であり、ここが分岐点になるのは間違いない。


 ただ、それに紐づいて見えてきたのは、彼の嘘をつかない誠実さだった。


 ――隠していれば、食べていた。


 食べた後に知れば、取返しのつかないことになっていただろう。


 計画に組み込まれていたなら、無理に食べさせる想定もあったはず。


 それをしなかったということは、人の考えや価値観を尊重する心がある。


 信頼させるための策かもしれないが、事情を踏まえても心象は悪くなかった。


 ――その上で考えるのは、食べるか食べないか。


 目的や価値観と照らし合わせ、自分の意思で選択する。


 他人は関係なく、思うがままに選んだ道を進むことができる。 


 成否はともかく、それ以上に幸せなことは存在しないとさえ思える。


 心地いい気持ちに浸っていると、脳内には揺るがない答えが存在していた。


「拙者は――」

 

 ボルドは自らの道を定める。ベズドナにだけ心中を明かす。


 この選択がどのような結果をもたらそうと、悪い気はしないだろう。

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