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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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第55話 二次元の申し子

挿絵(By みてみん)




 さい。アフリカなどの熱帯地域に住む哺乳動物の一種。


 動物の中でも大型で、硬い皮膚と鼻上に伸びた角が特徴。


 四足歩行で、灰色のフォルム。草食動物で、目は極端に悪い。


 体長は380センチメートル。体重は2000キログラムが平均的な数値。


 重さで言えば、乗用車一台分相当。約2トンの衝撃が敵と道路を襲った。


 ――原因となった技は『犀落とし』。


 小十郎が振るう斬撃の後に、等身大の犀が具現化される。


 相手が刀に対処した後に発生し、一拍遅れて二撃目が訪れる。


 発生位置は敵の上空。『落とし』という言葉の通り、犀が落下する。


 ――深読みする玄人ほど引っかかる。


 技名のイメージに縛られ、威力重視と勝手に想定する。


 受けさせた上で油断を誘い、二撃目で沈ませるのが理想の流れ。


 それが見事にハマった。頭上から落ちてくる犀が、敵の頭を踏み抜いた。


「……投了するか? 鬼の小娘」


 その上で小十郎は、陥没した地面に向けて声をかける。


 生きている前提。鬼の生命力なら、今の一撃では決まらない。


 あれほどのセンスを持つ相手であれば、防ぎ切っている確信があった。


「ハチャメチャが、押し寄せてくる。泣いてる、場合じゃない」


 穴の底から響くのは、ねっとりとした癖のある歌声。


 妙に耳に残り、前向きな歌詞とメロディが心を震わせる。


 否応なく鳥肌が立つのを感じつつ、視線は穴に釘付けになる。


「ワクワクを、100倍にして。パーティの、主役になろう」

 

 質問に対してのアンサーソングであり、生存の証明。


 歌は終わり、穴から出でるのは犀の背骨を片手で支える敵。


 身体的な変化こそないものの、目つきと姿勢はまるで別人だった。


「お主、一体……」


「オタクってもんはさ、好きな作品に対する熱量が人一倍高いのよ。ニワカに講釈垂れることもあれば、人に迷惑かけずに考察サイトを見漁ったりもする。玉石混交。他人の感想や性癖にケチつけて、考えを矯正しようとするのは行き過ぎたエゴだとは思うけど、結局のところ、根っこの部分は変わらないんだよね」


 持っていた犀を投げ捨て、桃色髪の鬼は言った。


 着用するゴスロリ服は、ところどころが破けている。


 言っていることは要領を得ないが、妙な説得力があった。


「つまり、何が言いたい」


 下げることも、貶すこともなく、小十郎は誠意をもって接する。


 異なる思想を持った存在と認識しながら、興味をそそるものがある。


「譲れない思いがある。それは時にして力に変わる」


 語られるのはオタクに対する結論。


 恐らく、自身を含めたものに違いはない。


 それがどんな影響を及ぼすのか、変化への示唆。


 原典を知らぬ以上、知る由もないが、想像に難くない。


「――技能降霊歌唱スキル・メロディ。主題『タオ老師ろうし』」


 ◇◇◇


 作品を象徴する旋律に乗せられ、身体に宿るのは二次元キャラの経験値。


 疑似的な魂を下ろすことで、作品内で観測できる動作や技が使用可能になる。


 ――メタ的にはあり得ない。


 前提として、二次元のキャラは存在しない。


 肉体も魂も技能も、全ては作品内で完結している。


 声優が魂を込めることがあっても、声優自身は強くない。


 作品と現実は別。二次元と三次元は違う。子供でも分かる理屈。


 思いついても誰も試さない。理性や常識、世間体が二次元を切り離す。


 ――でも、Vtuber『桃瀬桃子』は一味違う。


 誰よりも信じ、誰よりも願い、誰よりも憧れた。


 二次元に魂が存在することを、配信活動で証明し続けた。


 チャンネル登録者、再生数、フォロワー。全てが能力を肯定する。


「アロ~ハ~。貴様が今から戦うのは世界一の武道家だ。光栄に思うがいい」


 腰に手を当てた状態で、桃子は言動を真似る。


 どこまで表現できるかは、アドリブ。想像の余地次第。


 能力の性質上、物真似が精度に直結することは理解していた。


「摩訶不思議な技を使う。……だが、所詮は空想。現実に敵うと思うな!」


 小十郎は刀を振りかぶり、地面を蹴りつける。


 急速に接近し、長刀の刃先が一方的に届く間合い。


 大きく振りかぶって、一息で無数の剣閃が振るわれた。


「ひょい、ひょい、ひょい」


 腰に手を当てたまま、軽やかな身のこなしで斬撃を回避する。


 身体能力向上の効果は甚だしく、振るわれる刃は止まって見えた。

 

 早くも手応えを感じ、通常の攻防なら刃が身をかすめる気配すらない。


「……猪口才な」


 早々に見切りをつけた小十郎は、一歩後退。


 切っ先を上段に構えて、ニュートラルな状態に戻す。


 剣術が駄目なら剣技。そのための後退。そのための前動作。


 ――それも恐らく、さっきのとは別の技。


 種が割れた手品を何度もこするような相手じゃない。


 一貫性を考えるなら、動物の具現化が一番妥当なライン。


 その中でも、さらに上澄みの技を叩き込んでくるに違いない。


「忠告しておこう。これから放つ技は、お主の生死に関わる。一度、放たれれば最後。その身がどうなろうと責任は持てん。引くつもりがないのは理解したが、諸々の事情を踏まえた上で、こいつを受け止める気概はあるか――っっ!!!」


 念を押すように語られるのは、最終同意確認。


 元ネタになった作品の名台詞と期せずして類似していた。


(そりゃあずるだよ、お兄さん。避ける選択肢がなくなるじゃん)


 ゾクゾクと背筋が疼くのを感じながら、桃子は心の中で返答する。


 口に出すのは野暮。相手は受けると分かった上で、あえて言っている。  


 心地いい沈黙に満ちた後、小十郎は呼吸を整え、長刀を袈裟懸けに振るう。


「――――秘剣・虎切り」


 言の葉に乗せられたのは、虎という一般名詞。


 その表現通り、具現化された四足歩行の肉食動物。


 褐色と黒色の縞模様で、獣耳と口髭と牙を備えている。


 獰猛な獣で体躯はパッと見だと、300センチメートルぐらい。


 陸上最強の捕食者として知られて、圧倒的な筋力と敏捷性が特徴。


 犀と比べて動きは機敏で、一度噛みついたら離さない咬合力も備わる。


(奥の手にふさわしい技だね。まともに受ければひとたまりもない)


 桃子は冷静に技の性質を分析し、正当な評価を下す。


 規格外の敏捷性により、具現化された虎は眼前にまで迫る。

 

 口を開き、牙を剥き、捕食者としての本能が遺憾なく発揮される。


(だけど――)


 桃子は握った右手の拳を、前に突き出した。


 これ見よがしに腕を振り、挑発的な態度を見せた。


『――――――ッッッ!!!!』


 獰猛な虎は、それを見逃さない。


 捕食者としての本能が愚行を許さない。


 差し出された桃子の腕を食らいつこうとする。 


 鋭利に尖った牙で、獲物の地肌を貫こうとしていた。


「――」


 桃子は苦境に立ちながら、笑っていた。


 この真剣勝負を、心の底から楽しんでいた。


 愛おしいとすら感じる高揚。強者と戦えた興奮。


 それを惜しみなく噛みしめ、終わりの音色を奏でる。

 

「ハイパーどどん!!!!!!」


 差し出した右拳から放たれるのは、桃色の極光。


 桃老師における必殺技の引用。その想像の先を行くもの。


 指先から放つのではなく、拳全体を使うことで威力を底上げした。


『――――っ――っっ、――――……』


 具現化された虎は声なき声を発し、霧散していく。


 秘剣の打倒。奥の手の攻略。その行き着く先は決まってた。


「な――――っっ!!!」


 放たれた極光の波は、技のインターバルにあった小十郎に直撃。


 激しい閃光と爆発音をもたらして、深夜の高速道路を明るく照らす。


 その余波で土煙が充満し、視界は良好とは言えない状態がしばらく続く。


 小十郎の生死は不明なのに、フワフワとした浮ついた感情が心の中で漂った。


「…………」


 すると煙が晴れ、見えてきたのは片膝を崩した小十郎の姿。


 地面に刀を突き刺し、杖代わりにして辛うじて耐えている状態。

 

 分かってた。こうなるって信じてた。だから楽観的に見守れていた。

 

「二次元キャラの必殺技を食らってみた感想は?」


 『桃老師』ではなく、『桃瀬桃子』として素直に尋ねる。


 これは情けでも、哀れみでもなく、生き残った敵への賛辞。


 互いの武をぶつけ合い、純粋な意見を交換するための通過儀礼。


 卑怯だと罵られようが、批難を浴びせられようがなんでも構わない。


 小十郎が体験して感じたもの。それを戦い抜いた者として知りたかった。


「見、事…………」


 端的で肯定的な感想で締めくくり、好敵手はバタリと倒れる。


 一対一の真剣勝負。晴れやかな顔を作り、桃子は勝利を実感していた。

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