第55話 二次元の申し子
犀。アフリカなどの熱帯地域に住む哺乳動物の一種。
動物の中でも大型で、硬い皮膚と鼻上に伸びた角が特徴。
四足歩行で、灰色のフォルム。草食動物で、目は極端に悪い。
体長は380センチメートル。体重は2000キログラムが平均的な数値。
重さで言えば、乗用車一台分相当。約2トンの衝撃が敵と道路を襲った。
――原因となった技は『犀落とし』。
小十郎が振るう斬撃の後に、等身大の犀が具現化される。
相手が刀に対処した後に発生し、一拍遅れて二撃目が訪れる。
発生位置は敵の上空。『落とし』という言葉の通り、犀が落下する。
――深読みする玄人ほど引っかかる。
技名のイメージに縛られ、威力重視と勝手に想定する。
受けさせた上で油断を誘い、二撃目で沈ませるのが理想の流れ。
それが見事にハマった。頭上から落ちてくる犀が、敵の頭を踏み抜いた。
「……投了するか? 鬼の小娘」
その上で小十郎は、陥没した地面に向けて声をかける。
生きている前提。鬼の生命力なら、今の一撃では決まらない。
あれほどのセンスを持つ相手であれば、防ぎ切っている確信があった。
「ハチャメチャが、押し寄せてくる。泣いてる、場合じゃない」
穴の底から響くのは、ねっとりとした癖のある歌声。
妙に耳に残り、前向きな歌詞とメロディが心を震わせる。
否応なく鳥肌が立つのを感じつつ、視線は穴に釘付けになる。
「ワクワクを、100倍にして。パーティの、主役になろう」
質問に対してのアンサーソングであり、生存の証明。
歌は終わり、穴から出でるのは犀の背骨を片手で支える敵。
身体的な変化こそないものの、目つきと姿勢はまるで別人だった。
「お主、一体……」
「オタクってもんはさ、好きな作品に対する熱量が人一倍高いのよ。ニワカに講釈垂れることもあれば、人に迷惑かけずに考察サイトを見漁ったりもする。玉石混交。他人の感想や性癖にケチつけて、考えを矯正しようとするのは行き過ぎたエゴだとは思うけど、結局のところ、根っこの部分は変わらないんだよね」
持っていた犀を投げ捨て、桃色髪の鬼は言った。
着用するゴスロリ服は、ところどころが破けている。
言っていることは要領を得ないが、妙な説得力があった。
「つまり、何が言いたい」
下げることも、貶すこともなく、小十郎は誠意をもって接する。
異なる思想を持った存在と認識しながら、興味をそそるものがある。
「譲れない思いがある。それは時にして力に変わる」
語られるのはオタクに対する結論。
恐らく、自身を含めたものに違いはない。
それがどんな影響を及ぼすのか、変化への示唆。
原典を知らぬ以上、知る由もないが、想像に難くない。
「――技能降霊歌唱。主題『桃老師』」
◇◇◇
作品を象徴する旋律に乗せられ、身体に宿るのは二次元キャラの経験値。
疑似的な魂を下ろすことで、作品内で観測できる動作や技が使用可能になる。
――メタ的にはあり得ない。
前提として、二次元のキャラは存在しない。
肉体も魂も技能も、全ては作品内で完結している。
声優が魂を込めることがあっても、声優自身は強くない。
作品と現実は別。二次元と三次元は違う。子供でも分かる理屈。
思いついても誰も試さない。理性や常識、世間体が二次元を切り離す。
――でも、Vtuber『桃瀬桃子』は一味違う。
誰よりも信じ、誰よりも願い、誰よりも憧れた。
二次元に魂が存在することを、配信活動で証明し続けた。
チャンネル登録者、再生数、フォロワー。全てが能力を肯定する。
「アロ~ハ~。貴様が今から戦うのは世界一の武道家だ。光栄に思うがいい」
腰に手を当てた状態で、桃子は言動を真似る。
どこまで表現できるかは、アドリブ。想像の余地次第。
能力の性質上、物真似が精度に直結することは理解していた。
「摩訶不思議な技を使う。……だが、所詮は空想。現実に敵うと思うな!」
小十郎は刀を振りかぶり、地面を蹴りつける。
急速に接近し、長刀の刃先が一方的に届く間合い。
大きく振りかぶって、一息で無数の剣閃が振るわれた。
「ひょい、ひょい、ひょい」
腰に手を当てたまま、軽やかな身のこなしで斬撃を回避する。
身体能力向上の効果は甚だしく、振るわれる刃は止まって見えた。
早くも手応えを感じ、通常の攻防なら刃が身をかすめる気配すらない。
「……猪口才な」
早々に見切りをつけた小十郎は、一歩後退。
切っ先を上段に構えて、ニュートラルな状態に戻す。
剣術が駄目なら剣技。そのための後退。そのための前動作。
――それも恐らく、さっきのとは別の技。
種が割れた手品を何度もこするような相手じゃない。
一貫性を考えるなら、動物の具現化が一番妥当なライン。
その中でも、さらに上澄みの技を叩き込んでくるに違いない。
「忠告しておこう。これから放つ技は、お主の生死に関わる。一度、放たれれば最後。その身がどうなろうと責任は持てん。引くつもりがないのは理解したが、諸々の事情を踏まえた上で、こいつを受け止める気概はあるか――っっ!!!」
念を押すように語られるのは、最終同意確認。
元ネタになった作品の名台詞と期せずして類似していた。
(そりゃあずるだよ、お兄さん。避ける選択肢がなくなるじゃん)
ゾクゾクと背筋が疼くのを感じながら、桃子は心の中で返答する。
口に出すのは野暮。相手は受けると分かった上で、あえて言っている。
心地いい沈黙に満ちた後、小十郎は呼吸を整え、長刀を袈裟懸けに振るう。
「――――秘剣・虎切り」
言の葉に乗せられたのは、虎という一般名詞。
その表現通り、具現化された四足歩行の肉食動物。
褐色と黒色の縞模様で、獣耳と口髭と牙を備えている。
獰猛な獣で体躯はパッと見だと、300センチメートルぐらい。
陸上最強の捕食者として知られて、圧倒的な筋力と敏捷性が特徴。
犀と比べて動きは機敏で、一度噛みついたら離さない咬合力も備わる。
(奥の手にふさわしい技だね。まともに受ければひとたまりもない)
桃子は冷静に技の性質を分析し、正当な評価を下す。
規格外の敏捷性により、具現化された虎は眼前にまで迫る。
口を開き、牙を剥き、捕食者としての本能が遺憾なく発揮される。
(だけど――)
桃子は握った右手の拳を、前に突き出した。
これ見よがしに腕を振り、挑発的な態度を見せた。
『――――――ッッッ!!!!』
獰猛な虎は、それを見逃さない。
捕食者としての本能が愚行を許さない。
差し出された桃子の腕を食らいつこうとする。
鋭利に尖った牙で、獲物の地肌を貫こうとしていた。
「――」
桃子は苦境に立ちながら、笑っていた。
この真剣勝負を、心の底から楽しんでいた。
愛おしいとすら感じる高揚。強者と戦えた興奮。
それを惜しみなく噛みしめ、終わりの音色を奏でる。
「ハイパーどどん波!!!!!!」
差し出した右拳から放たれるのは、桃色の極光。
桃老師における必殺技の引用。その想像の先を行くもの。
指先から放つのではなく、拳全体を使うことで威力を底上げした。
『――――っ――っっ、――――……』
具現化された虎は声なき声を発し、霧散していく。
秘剣の打倒。奥の手の攻略。その行き着く先は決まってた。
「な――――っっ!!!」
放たれた極光の波は、技のインターバルにあった小十郎に直撃。
激しい閃光と爆発音をもたらして、深夜の高速道路を明るく照らす。
その余波で土煙が充満し、視界は良好とは言えない状態がしばらく続く。
小十郎の生死は不明なのに、フワフワとした浮ついた感情が心の中で漂った。
「…………」
すると煙が晴れ、見えてきたのは片膝を崩した小十郎の姿。
地面に刀を突き刺し、杖代わりにして辛うじて耐えている状態。
分かってた。こうなるって信じてた。だから楽観的に見守れていた。
「二次元キャラの必殺技を食らってみた感想は?」
『桃老師』ではなく、『桃瀬桃子』として素直に尋ねる。
これは情けでも、哀れみでもなく、生き残った敵への賛辞。
互いの武をぶつけ合い、純粋な意見を交換するための通過儀礼。
卑怯だと罵られようが、批難を浴びせられようがなんでも構わない。
小十郎が体験して感じたもの。それを戦い抜いた者として知りたかった。
「見、事…………」
端的で肯定的な感想で締めくくり、好敵手はバタリと倒れる。
一対一の真剣勝負。晴れやかな顔を作り、桃子は勝利を実感していた。




