第54話 二番隊隊長
赤い三日月に照らされる深夜。滋賀県と岐阜県の狭間。
県境の高速道路上で長寸の刀を構えるのは、佐々木小十郎。
呉鎮守府第103特別陸戦隊、二番隊隊長だと自分で名乗ってた。
国家が危機に直面した場合に動く部隊で、その中でも精鋭のはず。
――実力は未知数。
平常時は、滅葬志士が鬼を鎮圧していた。
その間に彼らが表舞台に上がったことはない。
訓練に明け暮れたか、別の役職についていたのか。
どちらにしても、実力を侮る理由は見当たらなかった。
「さーて、隊長様のお手並みとやらを拝見させてもらうよぉ!」
桃子は地面を駆け、亀裂が走り、スカートの裾が激しく揺れる。
視線の先には、長刀を上段に構え、万全の態勢を取る佐々木の姿。
リーチでは完全に劣っているものの、あえて白兵戦に臨んでいった。
遠距離戦に徹するのが定石だけど、そうしなかったのには理由がある。
「「――――」」
迸るのは閃光。手刀と長刀の衝突によるもの。
勢いよく振り下ろされた刃は確かに止まっていた。
つまり、鬼の身体能力とセンスを加算すれば、防げる。
遠距離戦の延長で接近戦を試みても、通用する計算になる。
試したかったのは『コレ』。知っているだけで勝率に差が生じる。
問題は――。
「犀落とし」
佐々木が鍔迫り合う刃に込めるのは、意思の力。
イメージ力により、威力の向上や、能力を付与させる。
言葉の内容と、放つ技が合致してないと一気に精度が落ちる。
――恐らくこれは、威力の向上。
複雑な能力を追加できるネーミングじゃなかった。
言葉の可動域は決まっていて、能力系はイメージが損なう。
無理に乗せようとした場合、不発に終わってしまう場合が多かった。
――だとしたら。
「なんの!!!」
早々に見切りをつけ、刃を弾いて、右にステップ。
押し負ける前に、体勢を立て直すことを最優先にした。
まともに付き合ってたら鬼の身体と言っても耐えられない。
『黄金の血』のおかげでセンスは底上げされたけど、過信は禁物。
「――――」
ブンと音を立てて、降り下ろされた刃は空を切る。
一見、その光景は普通に見えるものの、違和感があった。
(え……威力よわ。意思乗せた上でこれって……)
言葉通りなら、空振った圧で地面を割るほどの余波が生じるはず。
これじゃあ、素人と同じ。見なりと肩書きと技名とは離れたイメージ。
それが逆に不安を掻き立てる。反撃するんじゃなくて、防御に意識が回る。
(いや、違う。剣閃はブラフで、本命は――っっ!!!!)
違和感に思考が追いついた瞬間、後頭部に走るのは鈍痛だった。
舗装された地面に身体は食い込み、コンクリートに埋もれていく。
圧倒的な質量。威力向上じゃなくて能力付与。言葉の可動域の限界。
頭の中で情報が整理されて、実体験が伴ったことで正体に行き着いた。
それは――。
「犀を落とす。そう言ったであろうが」
答えは本人から告げられ、視界は暗闇に閉ざされていった。