第51話 余波
トルクメニスタン。アハル州ダルヴァザ。
首都から遠く離れ、広大な砂漠が広がる場所。
その一部には、巨大なクレーターが存在していた。
――『地獄の門』。
有名な観光地であり、人間界と悪魔界を繋ぐ門。
底無しの闇が広がり、辺りには大量の悪魔が飛び交う。
穴は黒い結界で覆われ、その縁には一人の人間が立っていた。
「…………」
赤いビレッタ帽に、白い司祭服に身を通した、痩せ型の男。
枢機卿カルドの顔色は優れず、視線を結界がある背後に向けていた。
(巨大なセンスの衝突……。悪魔が痺れを切らしてもおかしくありませんね)
発生源は決して近くはないものの、遠いとは言えない場所。
外の事情が分からない悪魔側からすれば、不穏材料になり得る。
悪魔が人間界に接触する『24時間の猶予』。これに陰りが見えてきた。
「アレに対して、何か弁明はあるカ?」
問い質してきたのは、黒のミニワンピースを着た女悪魔、蓮玲。
背に生えた黒羽根を畳み、長い黒髪を靡かせながら、隣に着地する。
一足一刀の間合い。逃げられない距離感を作り、発言の圧を高めている。
――踏み外せば、死が付き纏う。
彼女の第一級悪魔という役職からすれば、一人の人間の命など軽い。
こちらの視点だと、都合が悪くなれば、切り捨てられる立ち位置にいる。
言葉は慎重に選ばねばならない。悪魔との中立を保つためにも責任は重大だ。
「分かりかねますね。位置は首都から外れている。我々、白教の管轄外かと」
その上でカルドは、臆することなく率直な意見を申し立てる。
下手な嘘を並べるより、事実を言った方が効果的と判断している。
これで機嫌を損ねるのであれば、それまで。すでに腹はくくっていた。
「政治的な意図はナイ。そう断言できるカ?」
「ええ、もちろんでございます。白き神の名に誓ってもいい」
悪魔側の魁首である蓮玲の問いに、目と目を合わせて宣言する。
瞳を一切逸らすことなく、こちら側としての最上級の文言を添える。
「……」
満ちるのは沈黙。どちらとも言えない時間が続く。
背後にいる悪魔からは、ビリビリとした威圧感が伝わる。
彼女がタクトを振るえば、一斉に襲い掛かる展開も十分あった。
「分かったヨ。ひとまず、白教に免じて信用してやってもイイ」
息の詰まる空気が流れる中、蓮玲は快い反応を見せた。
個人の信用ではなく、背後についている巨大権力のおかげ。
今後の白教と悪魔の関係値を考慮すれば、妥当な判断に思えた。
「寛大なご配慮、感謝いたします」
「ただし、こちらから一つ条件があるネ」
謝辞麗句を並べていると、蓮玲は冷たい声音で言った。
今までのは全て前置きで、これからが本題と取れる発言だった。
「……なんでしょう」
声音を低くして、続く言葉を待ち受ける。
状況から考えても、取れる選択肢は多くない。
「確認のため、先遣隊を送る。もし、今の衝撃が白教の仕業と分かれば――」
「私の命はない。無論、構いませんよ。そのための枢機卿という立場ですから」
◇◇◇
アハル州ダルヴァザ。深夜の砂漠地帯上空。
そこでは、先遣隊に選ばれた四名の悪魔が飛行する。
「衝撃の正体を調べろか。名のある実力者が絡んでるのは間違いなさそうだね」
話を振るのは、白スーツ姿をした金髪坊主姿の男クオリア。
第二級悪魔に該当し、第一級悪魔蓮玲の幹部にまで上り詰める。
結界から抜け出したことは、おくびにも出さず、雑談に興じていた。
「かったりぃな。なんでこんな雑用、押し付けられなきゃなんねぇんだよ」
気怠そうに返答するのは、青の甲冑を着た紫髪の悪魔――刃影。
角が一体となる兜鉢を被っており、左頬には船の舵輪のような刺青。
『輪宝紋』と呼ばれる、仏教由来のシンボルが身体にしかと刻まれていた。
「文句ばっかで行動ゼロ。言い訳だけは一丁前プロ。『かったるい』が口癖フロー。愚痴る暇あったら、作戦立てるのが健全だろブロー」
韻を踏みながら軽快に答えるのは、黒髪アフロの悪魔――ビリー。
サイケデリック柄のシャツを着込んで、黒のベルボトムを履いている。
士気が下がる会話のムードを敏感に感じ取って、前向きな提案をしていた。
「…………」
作戦会議が行われる中、一人黙るのは緋色髪の悪魔――ジュリア。
黒のローブに身を包み、フードを深く被り、神秘のベールに包まれる。
ただ、首筋には003という文字が刻まれ、蒼い両の瞳には熱がこもっていた。




