第47話 襲来
トルクメニスタン。首都アシガバート郊外。砂漠地帯。
深夜の枯れた大地には、赤土色の木馬が十二体並んでいる。
時計に刻まれた数字のように、地面へ等間隔に配置されていた。
その内側には、薄っぽい銀の色味がある壁が多重に張り巡らされる。
――結界。
元々は意思能力の基礎の延長にあるもの。
センスを面で捉え、固定化し、維持する技術。
様々な応用が利き、術者によって工夫がなされる。
多重に張れば強度は増し、細く尖らせれば刃物と化す。
攻防一体の技であり、今張られているのは防御特化の前者。
「……」
結界を維持するのは、ダヴィデ・アンダーソン。
短めの蒼髪に虚ろ気な緋色の目をした、屈強な男性。
黒のエージェントスーツに身を包み、右手には銀色の盾。
円形の見た目をしており、派手な装飾は施されていなかった。
――聖遺物グラウクス。
ダヴィデが所有していた、銀色のフクロウの武器化。
多重に張られた結界の上に、聖遺物の異能が混ぜ込まれる。
その中には、ゴスロリ服を着た金髪の女性が閉じ込められていた。
「多重の反射結界。あらゆる攻撃を跳ね返す性質、ですわね」
ミーナ・グレンツェは触れもせずに、能力を考察する。
少女のような体躯に横髪は螺旋状に巻かれ、長い耳が見える。
若々しい見た目を保ちながら、あらゆる能力への知識と造詣は深い。
――名前以外の詳細は不明だった。
こちらは、ベクターとの戦闘に横槍を入れた形になる。
戦っていた相手の素性や背景などは、知る由などなかった。
「仮にそうだとしたら、どうする。自爆特攻でもやってみるか?」
ダヴィデは合っている前提で、話を転がした。
正体がなんにせよ、封じなければ計画が頓挫する。
それほどの潜在能力を秘めた相手。侮れば、死を招く。
解放するのは少なくとも、エリーゼの件が片付いてからだ。
「痛いのは嫌いですので、答えは『いいえ』ですわね。理想の殿方の為であれば、身体を張るのもやぶさかではありませんが、今の貴方では魅力不足。わたくしのお眼鏡に適いたいのであれば、あと一皮剥けてからいらしてくださる?」
ミーナは、ぺらぺらと聞いてもないことを饒舌に語る。
告白してもいないのに、一方的に断られたような形だった。
本来なら落ち込みそうな内容ではあったが、気にならなかった。
異性として全く眼中になかった上に、彼女とは知り合って間もない。
それに、発言から強者フェチだと見受けられるが、その見立ては正しい。
――今は戦闘経験値を初期化されている。
知識を引き継いだまま、レベルをリセットされたようなものだ。
聖遺物抜きの意思能力者の練度としては、中堅レベルにも届かない。
得意技も使えず、センスの総量も少なく、全盛期には程遠い状態だった。
「生憎だが、俺には意中の相手がいる。一方的な片思いだがな……」
なぜ話してしまったのか、自分でも理解できない。
無視すればよかったが、うっかり口を滑らせてしまった。
相手の独特な空気感に引き寄せられてしまったのかもしれない。
「まぁ……。もしかして、あちらにいらっしゃる方?」
ミーナは気の抜けそう声音で、明後日の方向を向いた。
その視線の先、空中にいるのは緋色の髪をした女性だった。
――ソフィア・ヴァレンタイン。
組織『ブラックスワン』に所属する代理者。
ミーナの読み通り、こちらとしての意中の人だった。
「まぁ、そんなところ――」
弱みになると分かっていながら、口を割ろうとした時、目に入った。
新たな人影。ソフィアの背後。並行して跳躍している、もう一人の人物。
短い黒髪で、褐色肌に、白いタンクトップを着て、紺のジーパンを履いた男。
「アンドレア・アンダーソン……っ!!」
死んだはずの元代理者。生前では、一度も敵わなかった存在。
その姿を見て、動悸が激しくなり、体中から脂汗が噴き出てくる。
経緯も背景も一切不明だが、良くないことが起きたという事は分かる。
「不穏な気配ですわね。解放するなら手を貸しますが、どうされます?」
そこで見計らったように尋ねてきたのはミーナだった。
大して熟考する暇もなく、即断即決が求められる局面と言える。
(どうする。敵の確証もないが、味方の確証もないぞ……)
ソフィアたちが近付くにつれ、ジリジリと肌が焼ける感覚があった。
もう大した時間は残ってない。少なくとも、どっちつかずはあり得ない。
「手を貸してもらうぞ、ミーナ・グレンツェ」
ダヴィデは振りかざした盾を下ろし、結界を解除。
自らの直感に従い、着地を果たそうとする二人に目を向けた。
「「――――」」
スタッと着地し、二人は無言で視線を向けてくる。
その瞳には、意識を失った状態のダンテの姿を映していた。




