第46話 煉獄界での目的
覚醒都市バイカルヴェイにある『煉獄の門』を通り抜けた先。
そこは、異次元と接続され、人間界とは異なる空間へと接合する。
――煉獄界。
そこは、荒涼とした原野が広がる、魔獣の巣窟。
淀んだ空気に満ちており、樹々は一切生えていない。
その割には見通しが悪く、黒い霧に包まれるようだった。
「「…………」」
そこに足を踏み入れたのは、二人の男性だった。
互いに白の軍服を着て、左腕には憲兵の腕章をつける。
門番にヘルメットは取り上げられており、素顔を晒している。
「ここが煉獄界か。故郷の景色とは、まるで真逆の様相と見える」
真っ先に感想を口にしたのは、黒い辮髪の男性。
身長は高めで、服の上からでも筋肉質な体が目立つ。
目は細めで、顔の彫は深く、輪郭はクッキリとしている。
名だたる武人とも言えるような見た目で、実績も申し分ない。
――三人一組の武道大会『ストリートキング』優勝。
厳密に言えば、決勝戦引き分けの同時優勝だが、結果は揺るがない。
13勝1敗。数ある猛者をことごとく倒し、歴代でも類を見ない戦績を残す。
――名はボルド・ガンボルド。
モンゴル出身であり、季節により大草原を転々としていた。
その環境と似通う部分があり、適応するポテンシャルが見込まれる。
「でも、潰しが効かないわけじゃないんだろ?」
隣に立つのは、短い赤髪が特徴の細身の青年。
腰には短剣を装備しており、ボルドに視線を送る。
鼻筋は細く、顔の彫りは浅く、声音は飄々としている。
やや中性的な印象が見受けられ、赤い眼光の底が見えない。
――名はベズドナ・ロマノフ。
1910年代のロシアで起きた内戦を経験する。
今は亡き赤軍に属し、巨大生物の体内で生き抜く。
体内の攻略に主眼を置き、アザミたちを上手く懐柔した。
「無論、多少は通用するだろうが、目的の内容次第であろうな」
ボルドは、その場で屈伸し、身体を温めながら言い放つ。
煉獄界に来た目的は『忘れ形見の回収』と語るが、詳細不明。
その内容や目的地によっては、道のりの険しさは大きく変動する。
「そうだった。相棒の君には詳細を伝えておかないとね」
そこでベズドナは、懐に手を伸ばし、物体を取り出した。
それは、赤いスカーフを付けた女性が描かれるロシアの民芸品。
――マトリョーシカ人形。
サイズの違う同じ顔をした人形が、五重に収納される。
子孫繁栄や家庭円満を想起させて、縁起物として好まれた。
通常なら他意はないが、この人形の場合は意味も事情も異なる。
「こいつは……邪遺物か?」
ボルドは人形を凝視して、正体を考察する。
邪遺物とは、死後強まる意思が宿った物品の総称。
何らかの異能が加算されるが、持ち主に悪影響を及ぼす。
――人格変化、価値観矯正、異能の体質化など。
元々の所有者の性格や意思に依存し、様々な効果が生じる。
捉え方によってはプラスに働くが、大半はマイナスに分類される。
「正解。……まぁ、問題は中身なんだけど」
ベズドナはボルドの発言を認め、詳細を説明しようとする。
『――――』
そこに割って入るように現れたのは双頭の熊だった。
黒い毛皮を纏い、鋭い爪と牙を持ち、体長は5メートル級。
四足歩行の姿勢を保ちながら、二人の付け入る隙を伺っていた。
「おっと、続きはまた今度」
「まずは獣を屠る。話はそれからだな!」
両者の意見は一致し、未知の魔獣との戦闘が始まった。
◇◇◇
『――――ッッッ!!!』
呻き声を上げながら、双頭の熊は地面に倒れる。
その一部始終を傍らで眺めていたのは、ボルドだった。
身体に傷一つなく、衣服に破損もなく、完勝を果たしていた。
「さすがだ。見立て通りだね。……いや、見立て以上の逸材か」
傍観していたベズドナは、ボルドの腕前を素直に賞賛する。
「おだては無用だ。それよりも――」
「こいつの件だろ。焦らなくても、すぐ分かるよ」
ベズドナは右手に握る短剣で、熊の腕の肉を削ぎ、語る。
続けて、マトリョーシカ人形を地面に置き、開いて見せた。
本来あるはずの人形の姿はなく、そこに熊の肉を入れていく。
「どうやら元の所有者は、妊娠に強烈な怨みがあったようでね。子孫繁栄や家庭円満という事柄によっぽど縁がなかったらしい。そのせいで芽生えたのが、猟奇的趣味。他人の血肉をかき集め、自分の子供を形作るという常軌を逸した思想。本来なら、頭のおかしな妄想で終わるが、彼女が死んだことで妄想は現実化した」
仰々しい声音で、ベズドナは人形の詳細を説明する。
「……」
ボルドは余計な口を挟むことなく、続く言葉を待っている。
察しがつくものの、唾を飲み込み、声を押し殺し、答えを待つ。
「『忘れ形見』とは、親が死んだ後に残された子供のことを示す言葉でね。人形は全部で五体。本体と、いま加えた一体が揃ったところだから……あと三回。同じ工程を繰り返せば、彼女が生前望んでいた悲願は達成されることになる」
結論を省くような形で、ベズドナはパスを飛ばす。
その過程で人形の中の肉片は、熊のような女性を形作る。
一目瞭然の吐き気を催す邪悪。それを発言させるように促した。
「魔獣で構成された人間ベースの子供……。そんなことが……っ!!」
すぐさま結論に至り、ボルドは顔を青冷めている。
「可能なんだよね。この人形……不幸を産む人形なら」
ベズドナは最後に答えを結び、煉獄界での目的を明かした。




