第44話 最前線
バイカル湖。ロシア南東部に存在する淡水湖。
湖全体の面積は約310000k㎡あり、東京都の15倍。
最大水深は約1700mで、淡水湖の中で世界最深を誇る。
その歴史は古く、2500万年以上前に形成されたと言われる。
近年では湖の表面が常に凍りつき、生態系の調査は滞っていた。
――そんなバイカル湖にはいくつか都市伝説がある。
・水中には竜が住んでいる。
・帝政ロシア時代の埋蔵金がある。
・ネバーランドに通じるトンネルがある。
この手の話は、科学的根拠がないものが極めて多い。
謎と未知が人々の想像を膨らませ、噂や都市伝説となる。
ただ、バイカル湖の場合、明確な根拠がないわけでなかった。
――1980年代。音波探知機で湖底を動く巨大な物体を検知。
――1910年代。内戦時に輸送していた180トンの金塊が消失。
――1930年代。水深調査で『底無しの深み』を複数箇所発見。
どれも史実や科学に基づくものでありながら、真相は定かではない。
その都市伝説の最前線。神秘の宝庫とも言える場所に挑む者たちがいた。
「「「――――」」」
バイカル湖。水深???m。巨大生物体内。
食道に位置する場所に降り立つのは、三名の人間。
――リーチェ。
長い銀髪、白銀色の瞳、尖った耳で、背丈は低めの女性。
幼い顔でありながら、大人びた黒のロングコートを着ている。
元々は超常現象対策局『ブラックスワン』に属し、殲滅者を担当。
組織が処理し切れないと判断した『超常現象』を殺すことに特化した。
現在は『好意の反転』が原因で、属した組織から追われる身となっている。
――エミリア。
金髪碧眼で後ろ髪を結い、団子ヘアにしている女性。
青の客室乗務員服に身を通し、ユナイテッド航空に属する。
移動系の意思能力『地の案内人』を有し、リーチェたちを誘った。
イギリス王室の血統ながら、王位継承権を持たない、落とし子でもある。
――ベクター。
短めの赤髪に、精悍な顔をつきをした成人男性。
白のスーツに身を包んでおり、白教を信仰している。
イギリス王室の正当な血統であり、第三王子に該当する。
王位継承戦では王に届かなかったが、熾烈な戦いを生き抜く。
大日本帝国の『武道』に憧れを抱いて、武芸百般の神髄を目指す。
「えー、こちらにございますは……」
移動を担ったエミリアは、見識のない場所の案内を開始する。
現在、トルクメニスタンのガイド中で、能力の維持に必要な工程。
現地からは遠く離れているものの、多少の寄り道ができる性能となる。
見識がない場所でどこまで通用するのか、本人も預かり知らぬ領域だった。
「無理しない方がいいんじゃない。ボロが出たら恐らく強制帰還よ」
リーチェは冷静な顔つきで、能力の破綻を危惧していた。
巨大生物の体内にいることに対しては、まるで動じていない。
「ですが……」
一方で、エミリアの顔色は曇っており、不安な内面を露わにしている。
「待て……。誰か来るぞ……」
そこに口を挟み、正面に目を向けたのはベクター。
食道のさらに奥側。胃に直結するルートを警戒している。
開けたトンネル状になっており、辺りに隠れられる場所はない。
「対話を優先して、無理なら接敵する。極力、手出しはしないで」
リーチェは端的に指示を送り、臆することなく待つ。
ほどなくして現れたのは、白の軍服を着ている四名だった。
先頭に立つ髭面の男が真っ先に気付き、部下に静止の合図を送る。
「侵入者とお見受けするが、ここには何しに参った」
そして、堂々とした物腰で目的を尋ねる。
セルゲイ大尉。帝政ロシア時代の白軍に所属。
調査や防衛が専門の『コサック部隊』を指揮する。
部下三名を引き連れ、赤軍の最後の残党を追っていた。
髪は黒のオールバックで、長い口髭と右頬の十字傷が特徴。
体躯は大きく、筋肉は発達し、野生の熊のような印象があった。
「……ジーナ・ロマノフを捜してる。心当たりはない?」
リーチェは無駄なやり取りを省き、本題を切り出す。
真剣な表情を作りながらも、口端はほんの少し緩んでいた。




