第43話 手掛かり
トルクメニスタン。アシガバート。和食レストラン内。
赤い月光に照らされる、見通しのいいテーブル席があった。
壁は破壊され、吹き抜けとなっており、意図しない景観を生む。
背もたれ付きのソファに腰かけるのは、金髪坊主姿の悪魔クオリア。
白スーツに身を包み、偉そうに足を組むが、神妙な面持ちを作っている。
それと対面する形で、木製の椅子に腰かけるのはリーチェとエミリアだった。
「……つまり、故郷を滅ぼした犯人に復讐したいが、手掛かりがないわけか」
目を細めるクオリアは、出揃う情報を短くまとめる。
話した内容は、1000年前の12月25日に起きた事件の顛末。
『白き神』の外見、白銀の鎧を纏った存在が故郷を滅ぼした話。
出来ることなら、誰にも語りたくはないセンシティブな話題だった。
仮にもこの手で一度殺した相手に明かしたのは、当然ながら理由がある。
――『三界の門』の管理と掌握。
・クオリアは、異世界人による犯罪への取り締まり。
・こちらは、犯人の捜索範囲を三界まで広げるため。
互いの目的が合致したからこそ、打ち明けた。
関係を強固にするためにも、過去の開示は必要だった。
「ええ、そうよ。悪魔をけしかけて、世界に危機が訪れれば現れると踏んだけど、そっちの事情を聞く限りは無理そうね。トルクメニスタンに居を構えるだけで、すぐに戦争が起きるとは思えない。……何か妙案があるなら、聞きたいものね」
リーチェは、見通しのない現実に直面し、相談を持ち掛ける。
二人でがむしゃらに捜し続ける展開には、そろそろ限界があった。
悪魔を頼るのは不服だけど、面白い切り口に期待できるかもしれない。
「…………可能、かもしれないね。いくつか条件が揃えば」
少しの沈黙を挟み、クオリアは快い反応を見せた。
先の見えない暗い道に、一筋の光明が差したような展開。
諸手を挙げて喜びたいところだけど、この手の話には裏がある。
「詳しく聞かせて頂戴。私にできることなら、なんでもするわ」
とはいえ、聞く前から諦めるなんて馬鹿な真似はしない。
少なくとも、無策の状態で世界を放浪するよりかはマシだった。
「必要な手順は三つ。証拠品の回収。能力者の確保。犯人の捜索だね」
クオリアは指を三本ほど立てて、具体的なプランを示した。
詳細を聞いていない段階だけど、順当な計画のように思える。
複雑な山頂までの道のりに、チェックポイントが作られた感覚。
道が整い、復讐相手との対面が、一気に現実味を帯びた気がした。
「最初と最後は分かるけど……鍵を握るのは能力者ね。相手は、どこのどいつ?」
ただ、全面的に信頼するには、まだ早い。
問題となりそうなものを、真っ先に指摘する。
その内容次第では、達成難易度がガラリと変わる。
能力者と能力の詳細が、計画の要だと断言してもいい。
真偽はともかく、乗るかどうかを左右する判断材料だった。
「居場所はバイカル湖。『煉獄の門』を管理する魔獣の体内にいる」
クオリアが先に明かしたのは、『どこ』。
『どいつ』を後回しにして、興味を引きつける。
「……続けて」
耳がピクリと動くの感じながら、リーチェは前のめりで言った。
なぜ知っているのか、どういう関係性なのか、魔獣とはなんなのか。
疑問は全て後回し。最優先で知りたかったのは、小手先のものじゃない。
――『どいつ』。
これまでに関わりがある人か。どんな能力を持つか。
知りたいのは、その二つ。そこに興味関心が集約される。
「ジーナ・ロマノフ。証拠品から犯人を割り出す意思能力を持つ」
心情を汲み取るように、クオリアは最低限の情報で最大効率を引き出す。
機能性だけを追求し、意味のない装飾を省く言葉の組み立てにゾクゾクした。
「…………次の行き先は決まったようね」
武者震いを抑えながら、リーチェは冷静に告げる。
感情を見せるのは、もっと先。能力者の確保が最優先。
証拠品に関して言えば、探すまでもなく心当たりがあった。
「だったら、僕はここまでだ。今は動けない事情があってね。後で合流しよう」
クオリアは会話を切り上げ、羽根を使って宙に浮かぶ。
現在、悪魔は複雑な状況にある。無理強いはできなかった。
明かされた情報だけでも有力で、着実なロードマップが出来た。
――ただ。
「待って。身体的な特徴は?」
「性別は男。身なりは軍服。見た目は十代後半で短い金髪だね」
生じた疑問に対し、クオリアは的確に回答する。
遠くにいるはずなのに、確信するような態度を見せる。
まだまだ考えることは尽きないけど、これだけ聞ければ十分。
「……了解。あなたとの合流は、能力者を回収してからでいい?」
「ああ。戻ってきたら、空にセンスを飛ばしてくれ。すぐに駆けつけるよ」
合流の合図を決め、必要な会話は全て終了した。
クオリアは羽根で上昇を続け、店を後にしようとする。
「……そうだ。姉さんに『もしも』のことがあれば、関係は解消するからね」
去り際にそんな言葉を残し、夜風と共に消えていく。
性愛か、家族愛か、能力愛か。どれに該当するかは不明。
解決すべき問題の一つだけど、今、考えるべき事柄じゃない。
「頼ってばかりで悪いわね。……移動をお願いできる?」
自身の目的を優先し、リーチェはエミリアを頼る。
「承りました。次の目的地は――」
彼女はこくりと頷いて、協力する姿勢を見せていた。
今まで口を閉ざしていたのは、何らかの縛りでしょうね。
恐らく、『クオリアに関連する情報の秘匿』。これが最も妥当。
能力者捜しと並行し、道中で解決策を考えてもいいかもしれない。
「待ってくれ……」
そう考えていると、壊れた壁から見覚えのある男が入ってくる。
短い赤髪で、白のスーツを着た、精悍な顔つきをしている成人男性。
装備品をいくつか紛失した状態で、第三王子ベクターは目的を明かした。
「行くなら俺も混ぜてくれ……。乗りかかった船だからな……」