第42話 呼び出されし者
トルクメニスタン。首都アシガバート。白教大聖堂。
壁面は、白い大理石がふんだんに使われ、白一色の内装。
天井は高く、ドーム状で、天辺にはステンドグラスが備わる。
着色ガラスが使われ、赤青黄の三原色で、幾何学模様が描かれる。
そこから赤い月の光が差し込み、埃が薄っすらと浮かんで見えていた。
「……」
幻想的な光に照らされるのは、白い椅子に座る金髪碧眼の少女。
髪は短くボサボサで、白いローブ服に袖を通し、両目を閉じている。
――名はエリーゼ・フォン・アーサー。
イギリス王室の正当な血統であり、第五王子の肩書きを持つ。
能力で記憶を失いながら、『ブラックスワン』の適性試験に合格。
ドイツでの引きこもり生活を経て、イギリスでは王位継承戦に臨む。
王には成れなかったものの、記憶を取り戻し、元いた鞘へと落ち着いた。
――所属は白教。
世界人口の約半数を占める信徒を抱える宗教団体。
唯一神の『白き神』を信仰し、世界各地に支部がある。
そんな中でも、トルクメニスタンは白教においての総本山。
白教全体の活動を統括する大聖堂に、居座れる人物は限られる。
――役職は教皇。
白教における最高責任者の称号を、エリーゼは持っていた。
その象徴である白いビレッタ帽をかぶり、椅子から立ち上がる。
何物にも染まらない彼女は、両目を閉じたまま、白い光を身に纏う。
静謐な空間を保ったまま時は流れていき、やがて吐息の音も消え去った。
「――」
目を見開いたエリーゼが潜在意識の中で掴み取ったのは、魂の核心。
正面で待機する黒いエージェントスーツを着た、緋色髪の女性の関係者。
超常現象対策局『ブラックスワン』で最強を冠するソフィアが切望した人物。
「――――死者交霊約定」
エリーゼは彼女の願望を叶えるために、能力を発動する。
それは、イギリス王室の初代王が所有する魔術道具と同じ能力。
王位継承戦の激戦を経て、道具の出力を省き、魔術の概念を超越した。
――魔法。
努力や才能だけでは辿り着けない、人類の最前線。
歴史上、6人目の魔法使いが行使したのは、霊体の召喚。
課題だった魂の解像度問題をクリアし、精度は100%に至った。
「…………」
現れたのは、短い黒髪に、褐色の肌をした、筋骨隆々の男。
白のタンクトップを着て、紺のジーンズを履き、目つきは鋭い。
右手の甲には尾を食らう蛇が刻まれ、破壊と再生の加護をもたらす。
――名はアンドレア・アンダーソン。
リーチェの弟子であり、ブラックスワンの元代理者。
11の偉業を成し遂げたとされるが、背景は謎に包まれる。
魂を掌握したエリーゼは全てを知るが、語られることはない。
必要とされる時機が来るまでは、彼女の胸の奥で息を潜め続ける。
「俺を呼んだのは私怨か? それとも、私情か?」
アンドレアは、似て非なる言葉を並べ、目的を問うた。
黒い瞳が向いた先には、エリーゼではなく、ソフィアがいた。
「両方かな。とりま今回のルールは、ゲームマスターから聞いてね」
彼女は話を軽く受け流し、責任の所在をなすりつける。
実際、霊体となったアンドレアの主導権を握るのはエリーゼ。
行動に伴うルールを設定し、守らせることで霊体の状態を維持する。
「ルールは一つ。それに必要な行動だったら、自由にしていいから」
「……くだらん前置きはやめろ。さっさと目的を言え。単刀直入にな」
回りくどい言い回しに、アンドレアは嫌気を見せる。
霊体と言えど、自由意思を持ち、時には主人にも逆らう。
魂の解像度が上がるほど、御しきれない危険性も増していく。
裏を返せば、この反抗的態度は、高解像度で呼べた証でもあった。
――破綻するか、服従するか。
可能性が同時に存在し、エリーゼが下す命令次第で変わる。
危うい綱渡りのような状況で、霊体の支配者は重い口を開いた。
「超常現象対策局『ブラックスワン』局長、ダンテ・アリギエーリを抹殺せよ」