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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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第40話 和平協定

挿絵(By みてみん)




 パチリと目を開くと、そこは和室であった。


 畳が敷かれた部屋に、机と座椅子が並んでおる。


 すぐ近くには、二匹の鬼が談笑している姿が見えた。


 他愛もない話であり、特筆すべき内容は何一つなかった。


 ――目の前に『推し』がいるだけ。


 恵まれた状況だと理解しつつも、それは享受した。


 偶然の副産物を噛みしめるよりも、やるべきことがある。


「……失敬した。少し取り乱したが、仕切り直しとさせてくれ」


 目の前の至福を冷静に受け止められるほど、頭は冴えていた。

 

 先ほどのような、私情にまみれた行為は絶対しないと断言できる。


 ここに来たのは、『推し』とファンミーティングするためではなかった。


「ビジネスの話をしよう。そのために『社長』には御足労願った」


 机に突っ伏した状態から起き上がり、リアは本題に入る。


 少し寝たおかげか頭はスッキリし、仕事モードに切り替わる。


 人の使い魔になろうとも、存在の本質は一つも変わとらんかった。


 ――悪魔は契約が命。


 思惑を明かし、利害を示し、合意に持ち込めるかが肝。


 人間社会で例えるのなら、営業力といっても差し支えない。


 その良し悪しが、悪魔の評価に直結し、相対的な差を形成する。

 

 第一級悪魔としての腕の見せどころであり、失敗は許されんかった。


「はいはい。そんなこったろうと思ったよ。……とりあえず、話は聞くよ」


 桃子は目を細め、真剣な表情で反応を示していた。


 キャラにブレはないものの、配信では見れない裏の顔。


 配信者と舐めてかかれば、食われるのはこちらだと言える。


 どこまで頭が回るのかは未知数だが、高く見積もって損はない。


「吾輩たちの最終目標は、鬼と悪魔の和平協定を結ぶこと。……ただ、775が鬼の全勢力を統べているわけではないのは知っておる。そこで、目標実現の第一歩として、この場で775との関係を強固にしておきたいと、こちらは考えておるぞい」

 

 最初に明かしたのは、条件ではなく、思惑。


 前提条件を先に共有しておかないと、話にならん。


 契約を成立させるには、懐を知ってもらう必要があった。


「『吾輩たち』、か。悪魔側も一枚岩じゃないんでしょ。今の面子を教えて」


 桃子は一つのワードに注目し、鋭い切り口を入れる。


 面々が増えるのを考慮に入れつつも、現状把握に努める。


 少ない情報から、的確に問題点を指摘できる眼を持っていた。


 非常に的確で、この場においては、ほぼ最適に近い回答に思える。


「主様と吾輩を含めた第一級四匹と傘下。……ただ、議会の過半数には届かぬな」


 リアが明かすのは、こちらにとって不利な情報。


 悪魔社会は意外にも、民主主義の影響が色濃く残る。


 物事を決めるのは多数決。『十二貴族』の過半数票が必要。


 鬼と悪魔の和平協定も、一方的に押し切れる状態ではなかった。


「この場で合意しても、足掛かりに過ぎないか。先は長そうだね」


 厳しい状況を受け止め、他人事のように桃子は語る。


 実際、この話し合いにおいて、最も面倒な問題だと言えた。


 775と合意できても、こちらが抱える困難も共有されることになる。


 ――断られてもおかしくない。


 赤字で潰れかけた大企業を買収するかどうかに近い。


 相手によっぽどのメリットがなければ、合意には至らぬ。


「ひとまず、775とそちらだけの話で聞くけど、合意した場合の条件は?」


 そこで桃子から尋ねられるのは、リスクとリターンの話。


 利害関係に繋がり、協定には切っても切り離せない問題だった。


「我々が欲するのは、775の影響力と経済力。与えられるのは、我々の庇護と居場所の提供と言ったところか。こちらには、独創世界持ちが何匹かおり、交代制にすれば、滅葬志士などの天敵から身を守れ、雨風を凌げるであろうな」


 リアは虚実を混ぜることなく、本音で接する。


 鬼という『特定外来種』が抱えている問題は、憲法。


 人権を認めらずに苦しめられているのは、聞き及んでいた。


 その事情を考えれば、合意の決め手になる可能性は十分にあった。


「用心棒とシェルターってな感じか。上がりは何パーセント欲しい?」


 前向きに検討しているのか、話は進展を見せた。


 このような協定の場合、利益の一部を貰うのが普通。


 家賃や消費税のように、胴元に相応の報酬が入る仕組み。


 ――問題は設定する数字。


 上げ過ぎれば破断し、下げ過ぎれば足元を見られる。


 利害関係を維持するには、このバランス感覚が重要だった。


「…………」


 そこでリアが立てたのは、指一本。


 人差し指を突き立てて、相手の反応を待った。


「10%か。かなり妥当だね。ぼったくりでもなく、世間知らずってわけでもない」


 1が100%を意味することは少なく、桃子は10%と断定する。


 無難な数字。互いの損得を考えれば、相場通りとも言えるもの。


 このまま話を進めれば、775との和平協定は難なく結ばれるであろう。


 ――だが。


「いいや、違うぞ。……月の経常利益の1%だ。吾輩たちは多くを求めん」


 リアは、相場よりも低い数字を提案する。

 

 目先の利益ではなく、その先を見据えていた。


「うわー、一気に胡散臭くなってきたな。注意書きがあるなら早めに言ってよね」


 言葉の裏を読み、桃子は勘ぐるように言った。


 裏を返せば、何もなければ納得しないような反応。


 詐欺師なら後出しで条件を加え、暴利を貪るであろう。


 ――ただ、それは生理的に受け付けん。


 あくまで、前提条件の延長線上にあるものが全て。


 そこをクリアせねば、真の信頼関係を構築することはできん。


 言ってしまえばここが、損得のバランス感覚を最も問われる場面だった。


 ――その上で付け加えるものは。


「悪魔を775のライバーか運営にさせる権利、というのはいかがかな?」


「箱推しさせて、そっちは自分たちでお金を稼ぐ。こっちはライバーが増えて儲かるし、格安で用心棒と居場所が手に入る。まさにウィンウィンってなわけだ」


 提示された条件に、桃子は目を輝かせていた。


 その瞳の奥には、お札が浮かんでいるようにも見える。


 ただ、即断即決と言うわけではなく、しばらく考え込んだ末に。


「いいよ、乗った。……ただし、運営母体も方針もこっちが主体だから」


「もちろんそこは尊重する。そちらが望むなら面接か研修を挟んでも構わんよ」


 いくつか煮詰める問題はあるものの、握手を交わし、協定は合意する。


「――」


 そんな時、祝福を鳴らすように、ナナコの懐から綺麗な鈴の音が響いていた。

 

 

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