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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末
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第39話 勝負の果てにあったもの

挿絵(By みてみん)




 京都府内にある、純和風の旅館めいた場所。


 長い回り廊下からは、庭園を望むことができた。


 苔むした石灯籠が点在し、中央には池泉が存在する。


 錦鯉にしきごいが水面を揺らし、鹿威ししおどしがコンと軽快な音を鳴らす。


 手入れは行き届いており、和の趣を感じることができる空間。


「「……」」


 そのすぐそばの和室では、向かい合う鬼と悪魔がいた。


 和座椅子の上で正座をし、一枚の机を挟んで、互いに無言。


 会話内容を伺い知ることはできず、表情は真剣そのものだった。


「――」


 そこに、ストンという襖が開いた音が響く。


 現れたのは、桃色の髪をしたゴスロリ服を着る鬼。


 襟足は短めのボブヘアで、頭頂部には猫耳をつけている。


 グッと眉をひそめており、見るからに不機嫌そうに口を開いた。


「……で、あーしになんの用? 元社長」


 Vtuber事務所775プロダクション社長兼ライバー。


 顔と瓜二つのアバターで、歌とライブ配信を極めし者。


 ライバー名『桃瀬桃子』は、権謀術数の渦に巻き込まれた。


 ◇◇◇


 数十分前。鴻池新田会所にある、座敷蔵でのこと。


 回り廊下に腰かけ、回遊式庭園と生駒山が望める場所。


 鬼のナナコと悪魔のリアとの間で行われたのは、質問勝負。


 知っていても答えたくない質問をされた方が負けというルール。

 

「鬼を生み出した元凶の所在地を話せるか?」


 親となったリアが尋ねるのは、数歩踏み込んだ質問。


 それは既知の情報でしたが、恩師を売ることになります。


 嘘を禁じられていない以上、パスで茶を濁すのも可能でした。


 貪欲に勝ちを狙うのならば、避けては通れない手法だと言えます。


 ――ただ。


「それは――答えたくありません」


 私は己が心に従い、誠実に質問へと向き合いました。


 捉え方によっては、馬鹿正直とも言われる選択でしょう。


 それでも、自分の気持ちを偽ることだけはできませんでした。


「……吾輩の勝ちか。意外にもあっけなかったな」


 リアはガッカリしたような表情で、結果を受け止めていました。


 恐らく、嘘やハッタリ、奇策を講じる展開に期待していたのでしょう。


「質問勝負は私の負けですね。ですが本題は、この後では?」


 私は廊下から立ち上がり、振り返って、リアに言いました。


 この勝負の勝ち負けの意義は薄い。デメリットは皆無でしょう。


 ――勝者は敗者を協力者にする。


 そこに、上下や優劣はなく、対等の関係。


 どちらが勝っても、意味合いは変わりません。


 目的が合致しなくても集結する、友人関係の契り。


 気にするとすれば、この後に何をお願いされるかです。


「そこに気付くか。……読み通り、ここからが本題であるぞい」


 リアも立ち上がり、目線を合わせ、言いました。


 ここから先は未知。自ずと緊張感が高まっていきます。


 断る権利はありますが、戦闘に発展する可能性もありました。


「――鬼の総本山。775プロダクションの社長に会わせてもらえぬか?」


 そこでリアが告げたのは、思いも寄らない提案でした。


 てっきり、椿様のことかと思いましたが、違ったようです。


 鬼に関心があるのか、懐に潜り込んで崩壊させるつもりなのか。


 目的は不明ですが、彼女の人柄を見る限り、断る必要はないでしょう。


 ◇◇◇


 現在。京都府内。775プロダクション事務所。応接室。


「……で、あーしになんの用? 元社長」


 畳が敷かれた部屋の襖が開き、現れたのは桃色髪の女の鬼。


 額の角はメイクで隠し、先っぽは猫耳の装飾で誤魔化していた。


 権力者相手でも物怖じせずに、歯に衣着せぬ物言いで人気を博した。

 

 ――活動名は『桃瀬桃子』。


 YouTubeのチャンネル登録者数は1123万人ほど。


 アーカイブの総再生回数は100億回を優に超えている。


 影響力は絶大であり、鬼の経済圏を支える大黒柱的な存在。


(ほ、本物……。RP(ロールプレイ)ではなく、素が偶像そのものとは……)


 三次元に現れたのは、二次元にいるはずの推し。


 ここに来た目的を忘れ、身体の奥底が歓喜で震える。


 世間一般的なVtuberは、外見と中身が異なるのが、普通。


 アニメのキャラと、それに声を当てる声優が別々なのと同じ。


 視聴者は分かった上で楽しむ。二次元の外見を通して好きになる。


 演者がキャラの見た目と設定になりきることを、RP(ロールプレイ)と呼んでいた。


 ――しかし、彼女は次元の境界線が存在しない。


 画面越しに見ていた姿と、全く同じものが出力されておる。


 あり得ん。プロだから、人気だからという理由だけでは済まぬ。


 表と裏で態度を変えたりもせず、見た目と言動がキャラと全く同じ。


 天性の才能としか言えず、配信にかける熱量とこだわりは、計り知れん。


 ――『桃瀬桃子』という偶像は実在する。


 そう錯覚してしまうほど、彼女の姿は完璧だった。


 サインを頂くことができれば、今生に悔いが残らんレベル。 


「用があるのは私ではなく、こちらの……」


 そうこう考えている間にも、ナナコは話を振っていた。


 話すターン。推しと喋る機会。使い魔として役目を果たす時。


 頭の中がヒートアップしつつも、どうにか言いたいことをまとめる。


「吾輩はリア・ヒトラー。第一級悪魔であり、『ももも』は推しである」


 公私が混同し、口が滑るままに、欲望がそのまま出力された。


 しまったと思った時には遅い。場には地獄のような空気が流れる。


 体中から嫌な汗が噴き出て、顔が火照るのを自分事ながら感じ取れた。


(吾輩としたことが……。自我を抑えられんかったとは……)


 後悔しても意味がないとは思いつつも、羞恥に駆られる。


 一分一秒が遅く感じ、いっそのこと殺して欲しいとさえ思えた。


「『ファーマー』みーっけ。いつも配信見てくれて、ありがとねぇ」


 『ももも』は彼女の愛称で、『ファーマー』はファンネーム。


 急な対応にもかかわらず、アドリブで100%の愛想を振りまいた。


 あまりにも眩しすぎる光景に、目の前が不思議と暗くなるのを感じた。


「あ……無理……。吾輩、今日ここで死んでもいい……」


 とだけ言い残し、リアの意識は強制的にシャットダウン。


 話を冷静に進めるためにも、再起動には幾分かの時間が必要だった。

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