第26話 偶然か必然か
大阪、京都、奈良を隔てる丘陵性の生駒山地。
現れたのは、黒と赤を基調とした給仕服を着る女。
長い黒髪の毛先は綺麗に巻かれ、褐色の肌をしている。
異国の匂いを漂わせ、名前と目的を威風堂々と告げていた。
「申し遅れました。私はアンナ・シュプレンゲル。八つ目の滅葬具を探しております。心当たりはありませんこと?」
――目的は『八つ目の滅葬具』。
それを見つけて、何をしたいかは不明。
都合よく待ち伏せされていた理由も分からん。
ただ、行き当たりばったりではないのは確かだった。
「心当たりがないといったら、どうなる」
初対面の相手を信用するわけもなく、夜助は探りを入れた。
真実は言えん。在り処を知るナナコを、危険に晒すことになる。
少なくとも、相手がどの程度の情報を持つか確かめる必要があった。
「……知れたこと」
アンナは、給仕服のエプロンの裏地に両手を突っ込んだ。
取り出したのは、拳の威力を向上させる銀色に輝く一対の得物。
右手と左手、計八本の指で握り込んで、中手骨頭付近を補強する武器。
――『メリケンサック』。
常人であれば、そこで思考は停止する。
一般的な知識であれば、それ以上の深みはない。
戦闘思考に切り替えて、すぐさま迎撃準備に入るだろう。
(あれは……)
しかし夜助は、詳細を知っていた。
見識があるがゆえに、目を奪われていた。
それには致命的な遅れを伴い、敵の先制を許した。
「唸れ、怒髪大鯰!!!!」
アンナは威勢よく拳を振るい、打ち付けられた地面を震わせる。
それは、かつての愛器。亡き父親が遺したと言われる七振りの武器。
滅葬具『砕拳・怒髪大鯰』は、数百年前と変わらぬ威力を発揮していた。
◇◇◇
深夜の東大阪。鴻池新田付近、工業地帯。
現れたのは、グレーの軍服に制帽を被った幼女。
黒の角と羽根と尻尾を生やす、悪魔的特徴のある存在。
おかっぱ頭の黒い後ろ髪を手でなびき、名乗りを上げました。
「吾輩の名はリア・ヒトラー。第一級悪魔であり、ルーカス様の使い魔である」
その仕草。その態度。その物言い。全てが愛おしい。
長年お仕えしていた主。ツバキ様と似た何かを感じます。
母性と庇護欲がほどよく刺激される、尊い天使に見えました。
ハグしたい、という猛烈な衝動に駆られてしまいそうになります。
「……私はナナコ。苗字はありません。何の御用でしょうか」
それをググっと抑え込み、平静を装って、会話を転がしました。
敵か味方か判然としない今、彼女と身体接触をするのは極めて危険。
少なくとも、目的が明らかになるまで、自我を出さないのが安牌でした。
「質問漬けか。フェアとは言えんな」
しかしリアは、両腕を組み、難色を示していました。
名前を聞き、答えてもらい、その続けざまに目的を尋ねる。
一方的なコミュニケーション。確かに公平とは言えませんでした。
「でしたら、ターン制の質問勝負としませんか。親が質問し、子は答え、攻守交代。知っているけど、どうしても答えたくない質問を引き出せた方が勝ちというルールです。分からない質問の場合は、パスでも構いません」
ナナコが切り出すのは、公平性を考慮した勝負。
相手の要望を満たしつつ、懐を探るにはうってつけです。
乗るかどうかは不明ですが、対話を試みず戦うよりはマシでした。
「……勝った場合と負けた場合はどうなる?」
リアは仏頂面ながらも、眉をピクリと動かせ、尋ねました。
好感触と見ていいでしょう。後は魅力的な報酬を付け加えるまで。
「勝てば、協力者を得る。負ければ、協力する。服従ではなく、対等の関係です。良好な友人関係を形成できると思っていただいて、差し支えありません。勝敗の結果に対し、なんの縛りや、強制力もなく、ただの口約束です」
提示したのは、重すぎず、軽すぎない条件。
内容によっては、こちらの手の内がバレます。
急ぎでないことを気取られないのも重要でした。
「……主語が曖昧に聞こえるな。適当な他人をあてがうつもりか?」
すると、リアは目を細め、ルールを掘り下げました。
勝負には心得がある様子。受ける側とすれば、当然の権利。
穿った見方をすれば、過去に騙された経験があるのやもしれません。
「勝敗の結果、協力者になり得るのは、私とあなたのみ。後出しはしません」
余計な妄想を巡らせつつ、ルールを煮詰めました。
後は彼女次第。伸るか反るか、それとも細部を詰めるか。
どれに転んでも問題ありませんが、出来れば早く終わらせたい。
「……よかろう、気に入った。その勝負、受けてやるぞい!!」
そこでリアは両腕を解き、威勢よく言い放っていました。
何かの琴線に触れたようですが、それは質問にとっておきましょう。




