第216話 死闘の果て
接敵まで数十秒前。国会議事堂周辺。街路樹のそば。
そこに隠れ潜むのは、黒髪坊主の糸目男、千葉一心だった。
黒の軍服の腰に装備した刀を抜き、今か今かと接敵を待ち詫びる。
『ワイが敵の意識を逸らす。機を見計らい、全力の薄雲を叩き込め』
上官のオーダーは極めて単純明快だった。
深読みする必要のない奇襲作戦というやつだ。
――意識するのはタイミング。
いつ、どこで、出るかというだけ。
ただ、それすらも杞憂に値しなかった。
総隊長は一拍置いて、絶妙な間を作り出す。
「だったら、こっからはフルスロットルで行かせてもらいましょか!」
案の定、動き出したのは、霧生だった。
距離を詰めて、右拳を振るおうとしている。
「――――」
ここぞとばかりに一心は飛び出し、切っ先を地面に沿う。
下段の構えを維持したまま距離を縮め、霧生の横顔が見える。
意識の全ては総隊長に注がれており、視野は極端に狭まっていた。
後は刃を叩き込むだけだが、そこで不意に思い返される光景があった。
(奇しくも、この場所か……)
数か月前の雨の日に行った、アザミへの奇襲。
勝手な逆恨みを刃に乗せ、殺す気で斬りかかった。
あの時と場所は同じ。用いる流派と選びたい技も同じ。
――ただ、立場と状況は同じではない。
滅葬志士を抜け、特殊部隊の一員になった。
国に反逆する側から、国を守護する側になった。
義父に勘当されて、自暴自棄の状態から立ち直った。
あの時とは違う。責任の重さと刃に乗せる思いが異なる。
「北辰流――【薄雲】」
放つのは下段から上段に向けて振るう、一筋の斬閃。
頭部を狙い、隙を晒す敵を一撃で葬れるように力を込めた。
センスを微塵も纏うことはなく、研ぎ澄まされた刃は霧生に迫る。
――狙いは『阿吽』。
不意打ちとは言えど、神憑きは侮れん。
十全のパフォーマンスでも、通用するかは怪しい。
だからこそ賭けに出た。センスを纏わないリスクを受け入れた。
「――――――」
そんな出鼻をくじくのは、不意の一撃で十分だった。
小刀に刃を真っ二つにされ、一心は致命的な隙を晒している。
頭が追いつくよりも早く、防御に意識を回すよりも速く、決着はついた。
「……………ッッ」
視界は赤に染まり、断末魔を叫ぶ隙すらも許されない。
声にならない声が漏れ、痛みを覚える暇もないまま、落ちる。
受け身も取れず、陥没した道路の斜面を転がり続け、底で停止する。
「安らかに眠れ。地獄では達者でな」
暗転した視界の中、耳元で聞こえたのは主犯の言葉。
本来なら怨むべきなのだろうが、微塵も怒りが湧いてこない。
心は不思議と静寂に満ち、痛みが伴わないまま、ふっと意識は消えた。
◇◇◇
死を受け入れた後、すぐに目は覚めた。
無意識的に地面から起き上がり、辺りを確認した。
(ここは、一体……)
目の前に広がるのは、七つの城壁に囲まれた城。
大日本帝国とは似つかわしくない洋風の趣がある場所。
「第一村人はっけーん!」
「現地民だとすれば、幸先が良さそうだな」
そこに声をかけてきたのは、少女と少年。
二人とも黒っぽいローブを纏い、素顔は見えない。
ただ口振りから考えれば、俺と同じように迷い込んだ様子。
「……そこの二人。不躾な質問をしても構わんか?」
夢見心地のまま、俺は問いかける。
「いいよ。こっちに協力してもらえるならね」
「右に同じくだ。僕たちも聞きたいことが山ほどある」
少女と少年はフードを取り、問いかけに快く応じる。
伺えたのは両者共に金髪碧眼。兄妹のような印象を受ける。
二人の素性は知る由もないが、疑問が解消されるなら何でもいい。
「今の俺はどう見える?」
身体の節々に違和感があるが、近くに鏡はない。
広大な荒野が広がり、確かめる術は第三者の視点だけ。
質問に対し、二人は顔を見合わせると、すぐに答えを告げた。
「「――――悪魔」」
可視化されたイメージが、角と尻尾と羽根の感触を明確にする。
そこに紐づく展開と、死ぬ寸前に告げられた言葉が一つに結びつく。
(そうか、ここは――)
地に足をつき、自らの羽根を動かし、実感が追いつく。
不思議と混乱することはなく、頭にすんなりと入ってくる。
残すのは、現実を受け入れる工程。答えを脳内で浮かべるだけ。
どうも馬鹿馬鹿しいが、周りを構成する全て事象がそれを肯定する。
(………地獄)




