第210話 既知と未知
上空から落ちてくるのは、巨大蝗の死骸でした。
真っ二つに切り裂かれ、議事堂周辺は緑に染まります。
道路や、左右対称に並んだ低木の常緑樹は溶けていきました。
――酸性の体液。
現実の蝗とは異なり、ややファンタジー寄りの成分。
本来であれば、中性から弱酸性を維持しているはずです。
巨大化したといっても、ここまで極端な性能にはなりません。
特定条件下で変化したか、何らかの細工が施されているようです。
「「「…………」」」
その場にいる私を含めた三名は、不動を貫いていました。
残骸や体液が、身に降りかからないと分かっていたからです。
無言のまま睨み合い、互いに目に見えない牽制を続けていました。
「思ったよりも刺激の強い体液を有するようですね。アレを大量繁殖させられれば、撃退しようがしまいが関係なく、帝国に欠かせない要人や要衝を的確に破壊することができる。国家を滅ぼすにはうってつけと言えます」
相手の様子を伺いながら、私は探りをかけました。
倒したいのは山々ですが、情報を把握したいのも確か。
応じる気があるなら、なるべく対話した方がいいでしょう。
「……だとしたら?」
白い鎧を纏うユリアは、肯定も否定もせず、問いかけました。
どうやら戦闘か対話、どちらに傾くか見定めるつもりのようです。
何にせよ私が能動的に動く必要があり、今のままでは情報が落ちない。
――だったら。
「鬼が出るか邪が出るか、試してみるまで!!」
三叉槍の柄を握り込み、私は大きく跳躍しました。
目指す場所は、議事堂の中央塔に刺さった白い卵の下。
その勢いのまま槍を振りかぶり、縦に切り裂こうとします。
「……産まれるにはまだ、恐怖が足りない」
そこで動いたのは、正体不明の金髪の悪魔でした。
振り下ろされる槍の柄を手で掴み、勢いを殺しています。
細身の割に、とんでもない膂力。鬼の肉体に匹敵していました。
悪魔の外見を有するなら当然でしょうが、気になったのは発言の中身。
「つまり、今、壊されたら困るということですね!!!」
細い腕をへし折るつもりで、私は膂力とセンスを高めます。
青色の発光を伴い、槍は徐々に押し込まれようとしていました。
センス込みなら私がやや上回る。接近戦で遅れは取らないでしょう。
「わたくしがいることをお忘れ?」
背後から聞こえてきたのは、ユリアの声でした。
押し切りつつあった槍を引き、回避を優先しました。
悪魔には当たらない絶妙な位置を通過したのは白い羽根。
防御を選べば、確実に当たり、悲惨なことになったでしょう。
――能力は『既知』。
羽根が刺さった相手に対し、あらゆる現象を再現できる。
人類が既に解き明かしたものであるなら、制限はありません。
ヒット=必殺であり、生死はユリアの匙加減によって変わります。
「素晴らしいお反応。お種はお割れになっているようね」
過度な丁寧語を用い、地上にいるユリアは冷静な反応を示しました。
複数の白い羽根を右手で握り込み、いつでも投げる準備が整っている様子。
「――しかしながら」
口を差し挟む隙もなく、次なる白い羽根は投擲されます。
縦横無尽に飛び交い、逃げ道を防ぎ、確実に詰みにきました。
槍で受けることも危うく、半端な結界なら破られることでしょう。
「なんの!!」
空中にいる私は頭上で槍を回し、熱風を巻き起こします。
投擲された白羽根は、風に煽られ、軌道が逸れていきました。
それを見届けた上で、私は背後に小規模結界を展開し、反転攻勢。
地上で待ち受けるユリアに向かい、一気に距離を詰めようとしました。
「――――次はわたしを忘れてる」
その間に入り込んだのは、黒羽を羽ばたかせる金髪悪魔。
進行方向を見事に塞ぎ、急ブレーキをすることは難しい状態。
「押し通らせてもらいます!!!」
私は状況を受け入れ、槍を横方向にフルスイング。
鬼の膂力とセンスを振るい、悪魔を叩き飛ばしました。
その感触が一時の快感をもたらすものの、気は抜けません。
「――チェックおメイト」
そこに浴びせられるのは、ユリアの強気な言葉。
槍を振り切った後に迫るのは、一本の黒い羽根でした。
――能力は『未知』。
羽根が刺さった対象に、解析不能の効果がもたらされる。
恐らく、使用者のユリアでさえも制御し切れない能力のはず。
(当たれば、キクさんの二の舞に……)
大振りの代償となる致命的な隙を晒し、思い浮かぶ。
それは、起きてから聞いたみやびフェス東京の一部始終。
味方だったはずのユリアに裏切られて、妨害工作が行われた。
私とアザミの共同作詞『エンジェルロード』の作曲者キクの殺害。
曲は無事に完成したものの、それが遺作となってしまった悲しい事件。
――犯人はユリア。
キクさんの遺体状況からして、黒い羽根の影響が濃厚。
刺さってしまえば最期。非業な死を遂げることになるでしょう。
(後遺症のない能力が引けるよう、天に祈るしか――)
食らう覚悟を決め、私は意識をその後に向けました。
鬼の肉体であれば、耐え切る可能性もないとは言えません。
「………………させませんから」
そこに聞こえてきたのは、覚えのある声でした。
右手を掲げ、黒羽根を溶かし、既知の仲間に窮地は救われる。
「葵さん……助かりました!」
「礼はいりません。それより、あいつらを倒しましょう、お義母様」




