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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末
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第204話 独自境界

挿絵(By みてみん)





 私は『マイペース』という言葉が好きだ。


 誰かに合わせず、自分のペースで物事を進める。


 それが一番パフォーマンスが上がる。処世術の一つだ。

 

 逆に急かされたり、相手に合わせば極端に処理速度が落ちる。


 ――だからこそ、能力に組み込んだ。


自分美学パ スヴォーエムってね」


 錐揉み状に上昇するベクターを見つめ、私は言った。


 並みの使い手なら今ので終わりだが、彼の場合は別だろう。


「まだ、まだ……っ!!」


 期待通り飛来したベクターは、左右上下正面背後から襲い来る。


 その全員が拳を振りかぶって、的を絞らせないように工夫していた。


 ――正体は残像だ。


 高度なベクトル操作による視界の錯覚。


 実体は一つだが、分身しているように見える。


 素人なら身体が硬直し、先手を許してしまうだろう。


 私と同じ能力を持っていたとしても、タイミングを見失う。


 ――だが。


「……………………」


 私は身に纏っていたセンスの範囲を拡張する。


 ベクターを収め、内と外の境界を定め、効果適用。


 独自のルールを強いる、簡易的な独創世界が発生する。


 ――通称『独自境界』。


 得意系統に左右されず、芸術系の修行を積めば可能な技術。


 攻防力を失うデメリットがあるが、そのメリットは計り知れない。


「生き急ぐのは損だよ。何事も『マイペース』に行こうじゃないか」


 私は背後を振り返り、速度が落ちたベクターを見つめる。


 ゆっくりと顔を近づけ、焦ることなく、能力の一部を明かす。


 ――効果は『マイペース』の強要。


 急ごうとすればするほど、相手は速度を落とす。


 私の呼吸やペースに近付くほど、相手は速度を上げる。


 シンプルだが、強力だ。勝ちを急ぐ相手ほどドツボにハマる。


 速度に特化している彼の能力上、相性は最悪と言ってもいいだろう。

 

「そういう、絡繰りか……。だったら……」


 能力を察したベクターは、落ち着きを取り戻す。


 緩やかな動きで、境界内の理に適応しようとしている。


 妥当な攻略法に見えるが、彼は大事なことが分かっていない。


「甘いね。私に近付くことはできても、私以上になることはできないよ」


 放たれた遅い拳をひらりと躱し、講釈を垂れる。


 明かしても問題ない内容であり、疑いようのない事実。


 他人のペースに合わせて、他人以上に振る舞うのは不可能だ。


 少なくとも私はそう思う。実際、コレに適応した前例が存在しない。


「俺はそう思わない……」

 

 だが、ベクターの反応は否定的だった。


 動きに修正を加え、今度は左拳を繰り出した。


 速度は飛躍的に向上し、理に適応しようとしている。


(もうここまで……。適応力が並み外れているな……)


 首を逸らし、顔面に迫った拳を避け、ふと思う。


 ネタばらしをしたとはいえ、普通はこうはならない。


 恐らくだが、相手と呼吸を合わせるのが得意なのだろう。


(早めに潰した方が良さそうだ。慣れてしまう前に……)


 脅威と認定して、すぐさま彼の認識を改める。


 境界内は私の独壇場だが、もちろん無敵ではない。


 相手の攻撃を食らえば、一撃で終わる可能性を秘める。


 ――ここは言わば、私の鎧の内側だ。


 攻めは申し分ないものの、守りは皆無に等しい。


 相手は真逆を強いられるが、ペースが合えば逆転する。


「…………」


 私は左手の中指を親指で握り込み、力を溜める。


 あえて加減するような手法を選び、相手の額に狙いを定める。


「それも『マイペース』か……?」


 落ち着いた様子で、隙を晒すベクターは反応を示していた。


 答える義理はないが、これで決着がつくなら教えてもいいだろう。


「ああ。手を抜けば、威力が上がる気がするんだ」


 力を溜め込んだ中指を解放し、私は言い放つ。 


 渾身のデコピンは額に吸い込まれるように彼に迫った。


 緩やかに、着実に、自分のペースを崩すことなく、指は伸びる。


「完全に……理解した……」


 額に触れるか触れないかのタイミング。


 私は確かに聞いた。彼の余裕ある声を聞いた。


 次の瞬間、中指は空を切った。速度が著しく衰えた。


(な、に……。一体、何が……)


 彼が境界内にいるのは分かっている。


 だからこそ、何をやったかが重要だった。


「確かに、俺がお前の最高速を超えることは物理的に不可能だろう……」


 気配は背後。声がした方向へ自然と身体は動く。


 彼の言葉に耳を傾けつつ、次は右手の中指を打ち放つ。


「だが、マイペースを常に保てるとは限らない……。そう思わないか……?」


 しかし、当然のように空を切り、彼は告げる。


 耳元で囁くように語りかけ、私の右隣に立っている。


(聞くな……。真に受けるな……。今ならまだ――)


 ベクターが繰り出すのは、言葉の刃だった。


 何かあると匂わせ、動揺を誘い、ペースが落ちた。


 相対的に彼の方が速くなり、追いつけなくなったわけだ。


「止まって見えるとは、まさにこのことだな……」


 そこで生じるのは無数の残像だった。


 境界内であるにもかかわらず、的が絞れない。


 私の『マイペース』に限りなく近づき、加速を続ける。


(意趣返しのつもりか。それなら――)


 そこで私が取った行動は、境界を狭めることだった。


 結界のように出入りは厳しくなく、外と内の移動は自由だ。


 私を中心に広がる円は縮小し、適応しつつある彼の可動域を削る。


 ――ペースを維持するのは困難。


 内と外ではルールが異なり、バランスを保てない。


 ペースが崩れた私よりも、相対的に劣ることになるだろう。


(策に溺れて自壊しろ……。その瞬間こそが私の勝ち筋だ)


 縮める。足の踏み場に困るぐらいに、センスの範囲を絞る。


 外に脱しても無駄だ。遠距離攻撃に持ち込もうが、境界は働く。


 肌に届く前にフィルターがかかり、彼の常識はことごとく瓦解する。


「……………」


 とうとうベクターの身体の大半は、私のセンスの外側に出た。


 独自境界の内と外が混じり合い、二つの理が彼に適用されている。


(見せてみろ。最後の悪あがきを……)


 私は何もせず待っていた。彼の行動を待ちわびた。


 何もかも通用しないことを確認させた後、倒せばいい。


 そんな心の余裕を見せ、ペースを保ち、境界に腰を据える。


「外の常識が適用されないなら、試す価値はあるか……」


 誰に答えを求めることなく、彼は言った。


 境界内に両手だけを残し、それ以外は外に出た。


 内容は不明だが、恐らく彼の狙いは、実験的な賭けだ。


 特異な常識が適用される境界内の理を利用し、何かを試みる。


「存分に試すといい。それを耐え抜いた上で私が勝つよ」


 逃げ腰になればなるほど、ペースが狂う。


 頭で分かっていたからこそ、余裕をもって接した。


 おかげで『マイペース』は保たれ、体感では最高出力に近い。


「デュオ・デュナミス・スェ・ミア……っ!」


 異様な熱気とセンスを纏い、彼は呪文を唱える。


 これまでにない威厳と迫力を有し、視線は私に向く。


 呼吸を整え、両手を握り込み、彼は続く言葉を口にした。


「この程度で死んでくれるなよ……。涅槃ニルヴァーナッ!!!!」


 両拳が放たれるのは、電磁を帯びた竜巻。


 零距離による彼の遠距離攻撃は、境界内で炸裂した。

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