第201話 革命
変わった。一目で分かる変化を果たした。
人体の構造に沿った、洗練された赤いフォルム。
決して分厚くはないものの、全身を満遍なく覆う装甲。
目立った装飾やモチーフはなく、極めてシンプルなデザイン。
恐らく得意系統に左右されず、全ての意思能力者の原型になり得る。
(そうか……。この時から聖遺物は……)
時間は必ずしも一方向に流れるものじゃない。
今起きた出来事が、過去に流れる可能性も存在する。
「よそ見とは……余裕だな……っ!!!!」
瞬間、背後から聞こえてきたのは、ベクターの声だった。
気付けば、視界中央に捕捉していたはずの赤い鎧の姿は見えない。
『……ご忠告どうもっ!!!!』
声に従い、私は身に纏う赤雷を背後に集中させる。
大雑把な勘を頼りに放つなんて博打めいたことはしない。
一定範囲の自動迎撃。人間の反応速度なら回避はまず不可能だ。
「遅、すぎる……!!!」
しかし、ベクターは目の前に現れ、頭上で両手を組み、振り落とす。
『……ッッ!!!?』
槌の如く振るわれたベクターの両手は、私の頭部に直撃。
怯むなんてレベルじゃ済まず、身体は意図せぬ急降下を開始。
結界を突き破り、居住区がある方向へと真っ逆さまに落ちていく。
(速い上に、重い。不確定性原理の応用か? いや違う、これは……)
急速に落下しつつ、追撃を試みるベクターを見て確信する。
人類の運動性を超越した立体的機動を見て、能力の本質を察する。
(空間ベクトルの操作……。またの名を〝ベクター〟……!!!)
自動迎撃の赤雷を易々と回避し、繰り出されるのは拳、拳、拳。
武器に頼ることはなく、人間に備わる元来の機能を極限まで強化する。
――根源となるのは、あの鎧。
彼の意思を色濃く反映させ、秘めた願いを叶える願望器と化す。
もはや、ただの人では相手にならない。人外でないと満足できない。
化け物の誕生を讃えよう。人類を超越した新人類を温かく迎え入れよう。
『Viva la libertà!!! (自由に万歳)』
猛攻を受ける果てに、口から出るのは何の戦術性もない賛辞。
帝国語でもなく、ロシア語でもなく、自然に出たのはイタリア語。
生まれ育った世界や環境に左右されない、魂が有する原初のメロディ。
「辞世の句はそれで十分か……?」
私は道路に墜落し、空中浮遊するベクターは右拳を握り、言った。
渾身のセンスが込められ、恐らくどの部位で受けても決着がつくだろう。
――唯一の有効打であろう赤雷は意味を成さない。
どれだけ凶悪な性能を秘めようが、当たらなければ無意味。
全身を満遍なく覆えるほどの出力はなく、守れる範囲は限定的。
ベクターは瞬時に見切る。赤雷が薄い箇所に移動して、即座に叩く。
私の反応速度では到底追えない。白龍の鱗をもってしても防ぎ切れない。
(万事休すか。殺されるわけではないが、負けるのは癪だな……)
敵の手腕を認め、己の非力を感じ、その上で策を巡らせる。
脳裏に思い浮かぶのは、どれも手間と時間がかかるものばかり。
戦略的な思考に特化する代わりに、戦術的な窮地にはとことん弱い。
長尺を前提とした自身のスタンスに辟易とするが、泣き言は言えないな。
良くも悪くもこれが自分だ。否定せずに付き合い、結果と向き合うしかない。
――ただ、その中でも最善を尽くす。
降参するのは簡単だ。諦めるのは誰でもできる。
時には必要かもしれないが、少なくとも今じゃない。
全力で挑まなければ彼に失礼だ。雇い主にも面目がない。
とうに一人の問題じゃなく、この勝敗は王家の威信に関わる。
(あれは……)
拳が振るわれるまでに与えられたわずかな時間。
その間に思考を整理し、垣間見えたのは居住区の部屋。
テレビが放送されており、住民は映像に釘付けになっている。
傍らで起きている非日常に気付くことはなく、戦闘の趨勢を見守る。
――マッチアップは白龍対ベクター。
わざわざ振り向いて見るよりも、高性能なカメラが赤い鎧を映す。
恐らく、頭上に置かれた目玉だ。臓物庫地下にあったものと全く同じ。
(生放送してるのか。だとすれば、目的は何だ。誰が牛耳っている)
都市に供給される電気と接続しない今、想像で補うしかない。
その奥底には形勢を覆す陰謀があると信じ、貴重な時間を消費した。
「万策尽きたのなら、ここで――」
時間切れの意図を示し、ベクターは攻撃に転じようとする。
ここがラストチャンス。何か手を打つとしても、一手が限界だ。
反撃、回避、防御、説得。あらゆる択が浮かぶが、選べるのは一つ。
二回行動や三回行動なんて都合のいい考えは、目の前の現実が許さない。
――だとすれば。
『都市民よ!! この一撃を耐えきった暁には、私に万雷の拍手を!!!』
求めるのは、声援。放つのは、彼をヒール役にする言葉の刃。
行動は一回まで。残酷にも時間は消費され、渾身の拳が懐を打ち抜いた。