第200話 歴史的発明
白銀の鎧は溶けた。赤雷によって、分解された。
現れたのは、ありのままの相手。白服を着たベクター。
それを見て、決闘の勝ち負けよりも、気になることがあった。
『君も白教徒か。これはまた奇遇だね』
赤雷を纏う私は、気兼ねなく話しかける。
ここで相手が降参するとは微塵も思っていない。
純粋な好奇心。次の攻防に向けた、ほんの箸休めだ。
「だからどうした……。この決闘になんの関係がある……」
折れた万能ナイフを懐にしまい、ベクターは言う。
頼りの綱を失いながらも、彼の闘志は失われていない。
少なくとも、雑談に興じるだけの余裕は残っているらしい。
強がりか、勝算があるかは知る由もないが、今は今を愉しもう。
『この決闘は白き神が御覧になられている。くれぐれも粗相のないようにね』
私は視線を送り、離れた結界上にいる少年を見つめる。
白教の信徒であるなら、卒倒ものの偶像がそばに存在した。
心理的揺さぶりというより、彼の信仰心を知っておきたかった。
――本物なら後々に使える。
目先の決闘も大事だが、見据えるのは更に先。
諸々の問題が片付いた後の、世界的情勢に関わる。
恐らくだが、白教とそうでない者で世界は二分される。
熱心な白教徒であるのなら、同胞になる可能性は高かった。
「教皇の次は主か……。今更、誰が居ても驚かんよ……」
そんな期待に反し、ベクターは淡泊な反応を見せた。
振り返る様子はなく、揺るぎない赤いセンスを身に纏う。
信じていないか、はたまた、目の前の戦闘だけ考えているか。
『冷たいな。君の信仰心はそんなものなのか?』
「マルタ福音書26章17節……。主は常に天より見そなわし、心正しき者が愛と善意で行う人道には報いを、心悪しき者の利己と暴虐で行う所業には赦しを与えられる……。近くにいようが遠くにいようが、本質は変わらない……。主は何処にでもおられ、我々の行く末を見守られている……」
純粋な問いに対し、返ってきたのは100点に近い回答。
敬虔深い信徒だからこその静観。動揺しないことが真の信仰。
本来なら終わってもいいタイミングだったが、彼に俄然興味が湧いた。
『だとすれば、この戦いの果てに君は何を見出す』
「限界の超越……。武の神髄に至るまで、成長に終わりはない……」
動機が言語化され、センスが膨れ上がるのを感じる。
追い込まれたはずだが、それを感じさせない圧があった。
芸達者な彼のことだ。玩具がなくとも、手札があるのだろう。
もしくは、限界に直面したからこそ、新たな手札を編み出すのか。
『だったら、期待は裏切られないでくれよ。赤雷の決着では味気がない!』
彼のスタンスを知った上で、私は吶喊を開始する。
身に纏う赤雷と共に、10メートル級の巨体は人間を襲った。
◇◇◇
迫るのは赤雷を纏う白龍。触れれば物質は分解される。
有効打となりそうな武器を生成しても、潰されるのが関の山。
吸収しようが、能力の性質上、物理的に不可能なことが証明された。
(聖遺物も邪遺物も強化外骨格もない……。頼れるのは己だけ……。タイマン状態で独創世界は意味を成さない……。武器の生成も通用しない……。力も図体も頭脳も技量も全てが劣っている……。残された切り札は存在しない……)
頭の中で情報を並べ、今置かれている状況を整理する。
今までにない崖っぷち。誰がどう見ても追い込まれている。
賭けが行われているなら、俺のオッズは十倍以上の倍率だろう。
支持率で換算するなら、勝利を期待する者は一割にも満たないはず。
(あぁ、これだ……。この展開を俺は待っていた……っ!!!)
内から溢れ出るのは、趣味嗜好に対する底なしの熱量。
追い込まれるほど熱を帯び、意思の力に、センスに直結する。
――残す課題は、想像力。
この多大なるエネルギーをどこに向けるか。
目の前の障害に対し、どのような回答を示せるか。
見せかけの衣では駄目だった。だとすれば、何が最適か。
系統は芸術系。達成困難なモノづくりにこそ、真価を発揮する。
「我が意思に呼応し、身に纏う鎧と化せ。――聖意物」
この日、意思能力者の常識は一変する。
汎用性の高い鎧の具現化は、革命をもたらした。
龍に対抗する人間が、後世に語り継がれることによって。