第197話 話し合い
螺旋の塔上空に展開される銀色の結界上。
そこに現れたのは、予期していなかった三人。
ひょろっとした白軍兵と、ベクター。……そして。
「――私も混ざてもらえる? 一応、この子は私の弟子だから」
リーチェは師匠面をして、淡々と言った。
並々ならない銀光を纏って、周りを威圧していた。
――侵入経路は不明。
いつから都市にいて、何をしていたのかは分からない。
目的がなんだとしても、今の取引を快く思っていないのは確か。
「今更、師匠面しないでもらえますか……」
俺は対抗するよう銀光を纏い、問いかけに応じた。
相手には劣るものの、張り合えるほどの光量があった。
緊迫した空気が流れ、その場の大半の人間が身構えている。
『先に話を聞こう。闘争はそれからでもいい』
仲裁するように語りかけたのは、白龍ジークだった。
背中にはエミリアを乗せて、フワフワと宙に浮いている。
焦る素振りや、センスを纏うこともなく、極めて冷静だった。
「理由は単純よ。この子が変な契約をしなくても、私がジーナとターニャを元に戻せる。それ以上でもそれ以下でもない」
懐から黒縁の眼鏡を取り出し、リーチェは語る。
あれは俺が苦労して手に入れた、神話級のアイテム。
――大罪伝世鏡。
八咫鏡を素材にして、失われた製法を基に加工。
眼鏡の形状をしているけど、真価は魔眼の制御にある。
――反転の魔眼。
それは、リーチェが両目に宿す異能の発生源。
彼女が心から願った願いは、反転して叶えられる。
死んでほしいと願うなら、相手が生き返ることになる。
――俺は実際、彼女に蘇生された。
魔眼に死を願われて、この世界に生き長らえた。
彼女の言い分は、ハッタリでもなんでもなく本当だ。
あの奇跡みたいな願いの力は、身をもって体験している。
――だけど。
「その目……反転の魔眼は、リーチェさんの願いを無意識的に反転して叶える。その眼鏡……大罪伝世鏡があれば、無意識の願いの反転は制御され、レンズの一部が欠けるのを代償に、意識的に能力を行使できる。ただそれは、そこまで万能な力じゃない。この二人に死んで欲しいと心から願えば生き返るけど、相応の熱量がなければ実現しない。本当に心の底から死を願えますか? 俺の時のように」
引っかかったのは、発動するための前提条件。
俺の場合は、内に宿る白き神が復讐相手だから叶った。
千年に渡る怨みが反転し、皮肉にも生き長らえることになった。
――果たして、彼女たちはどうなのか。
都市に来てから知り合っただろうし、関係値は薄い。
大して積み重ねのない相手に、本気で願えるかは疑問が残る。
「可能だと言ったら? あなたが知るものが全てとは限らない」
当然だけど、リーチェは簡単に非を認めない。
嘘か事実かは不明だけど、議論は平行線をたどる。
ここから先は水掛け論だ。事実がないと証明できない。
『できる』『できない』の論争が、無限に続いていくだろう。
『確実なのはソーニャの案だけど、ジーノとジェノの死後に魂の所有権がソーニャの魔獣に移る。一方でリーチェの案は、レンズの一部が欠けるぐらいで犠牲は出ないってところかな。恐らく、その眼鏡が欠けるごとに魔眼の制御が効かなくなるのが、最大のデメリットだろうけど、今のところ新品のようだ。少しレンズが欠けたぐらいで魔眼が暴走することはないはず。……とはいえ、実際に魔眼の力で二人が蘇生されない限り、証明できない。これ以上の議論は不毛なわけだが、どちらかが意見を譲ることはないだろう。議論以外の方法で、どちらかの案を選ぶべきだと考えるが、ジェノ君とリーチェは何がお望みかな?』
白龍は出揃った意見を端的にまとめ、仲介役に徹する。
議論は平行線になると読んだ上で、代表二人に話を振った。
次の展開の判断は委ねられ、互いに納得できる方法が望まれる。
あらゆる選択肢が頭の中をかけ巡るものの、答えは一つに絞られた。
「「――決闘裁判」」
期せずして一致したのは、古めかしい白黒の付け方。
証人や証拠が不十分な事件を解決するために行われた手法。
『双方の代理人による一対一の決闘か。悪くないね。むしろ、それ以外の方法はないように思える。見届け人も揃っているし……反対意見もなさそうだ。それぞれの案に同意する者が出場条件だとして、誰を選出するのかな?』
白龍は公平に意見をまとめた上で、選択を迫る。
何人か候補はいたけど、当事者じゃないといけない。
ジーノは動けないだろうし、俺が出るわけにもいかない。
自ずと候補は絞られて、中でも最も勝率が高そうなのは……。
「白龍ジーク」
「ベクター・フォン・アーサー」
俺とリーチェは、互いの代表を口にする。
空中には結界が展開され、決闘裁判が始まった。