第195話 奇跡の対価
ジェノに宿る白き神を通じ、一部始終が語られた。
螺旋の塔の性質。独創世界の能力。二人が倒れた経緯。
知り得る限りの情報は全て共有され、考察材料が行き渡る。
『ジーナを穴だらけにした要因を作ったのは、ターニャ。ただジーナは、自ら望んで穴だらけになった。息子ジーノに思いを伝えるために、自殺紛いの行動を取った。結果として、ターニャとジーナが穴だらけになった。ターニャが巻き込まれた原因は不明。生物学上、二人は死んでいるが、独創世界の性質上、生死は確定していない。一つ一つの出来事は単純だが、状況は思ったよりも複雑だね。複数の糸が絡み合って、スパゲティのようになっている』
私は情報を簡潔にまとめて、全員の足並みを揃える。
この場にいる全員は、被害者であり、加害者でもあった。
――親子問題を早めに解消していたら。
――螺旋の塔の処理を優先していたら。
――白龍を結界に閉じ込めなかったら。
――ジーノを早い段階で通していたら。
――ジーナを塔に閉じ込めなかったら。
――中立の立場を忘れ、助けていたら。
――リーチェを都市に導かなかったら。
――前もって息子に愛を伝えていたら。
関係ないと言い張れる者はどこにもいない。
一人が意識を変えれば、対処可能な問題だった。
打開可能な力を持つからこそ、その責任が伴う場面。
それ以前として、人や神としての在り方が問われていた。
誰もが口を閉ざす中、重々しく語り始めたのはジーノだった。
「『こいつが犯人だ』っていう簡単な問題じゃない。特定の誰かに責任をなすりつけるのは難しい。原因も問題も因果関係も明白だけど、答えが出ない。ジーナとターニャさんが生き返れば万事解決だけど、そこまで都合のいい世界でもない。螺旋の塔の詳しい性能と、ターニャさんが共倒れしている理由を本人に聞きたいけど、物理的に話せない状態になってしまっている。現状、二人の生死を曖昧にしている独創世界の主……ソーニャを呼んでくるのがベストだろうけど、それでも解決しない可能性がある。そうなった後は、考えたくもないな……」
状況を整理した上で、導き出されるのは現状の最適解。
ソーニャを呼び、蘇生可能か確かめる。もっともなご意見だ。
「立ち往生してるのもなんだし、アタシが迎えに行こうか?」
空気と状況を読み、声を上げたのはバグジーだった。
話を聞く限り、彼は一番自由に動けるポジションにいる。
ソーニャの位置も共有済みで、すぐに引っ張り出せるだろう。
「それが今のところ最善かな……。他の人が良いと言うなら」
全員が揃う結界上で、膝をつきながらジーノは話を振る。
本来なら瀕死級の重傷を負うものの、世界に生かされている。
意見を出すのは辛うじて可能みたいだが、当分は動けないだろう。
「任せます。余はあくまで中立。誰にも属さない」
「勝手にしたら。アタシは興味なし。闘争を募集」
問いかけに応じたのは、白き神とエミリアだった。
目的やスタンスが違うものの、提案に異論は示さない。
ジェノ、ジーナ、ターニャは答えられず、保留中なのは一名。
『事は一刻を争う。ソーニャがいると思われる場所は、尋問室だったね?』
私は否定こそしなかったが、この中で唯一、異を唱える。
目線を下に送り、中央本部に開いた三日月状の穴を見ていた。
地下の司令部とも繋がり、位置的には、尋問室に直結するはずだ。
「うん。恐らくそのはずだけど、どうして?」
『少し手荒だが、面倒な手順を省略させてもらおう』
私は上空に雲を作り出し、狙いを絞る。
無駄に都市を壊す必要はなく、威力は最小限。
狙いは尋問室というよりも、もっとミクロなものだ。
『――――』
右前肢を振り下ろし、発生するのは赤い雷。
中央本部の穴を通過して、地下へと落ちていった。
時間差でバチリという音が鳴り、同時に手応えを感じる。
彼女の行動を縛る手錠は分解され、制限するものはなくなった。
「………………」
息をつく暇もなく、ソーニャは颯爽と現れる。
結界上に着地し、円を描くように並ぶ面々を見つめる。
『状況説明は必要かな?』
「いらない。全部見てた。その頭上にある目玉でね」
彼女は私を睨みつけるようにして、視線を飛ばした。
死角になって見えないが、どうやら監視されていたらしい。
『だったら話が早い。結論から教えてくれ。二人の蘇生が可能かどうかを』
私は回答を求める。ソーニャを呼んだ理由を告げる。
この場の全員に関わる問題。その解決策を彼女に求める。
独創世界の効果範囲は曖昧で、可能と不可能が混在する状況。
『空間内の事象に干渉する』、その具体的な定義と答えが示される。
「私は無理。生死や事象を曖昧にできても、確定した事実は干渉できない」
下されたのは冷たい正論だった。
能力の説明を聞く限り、妥当に思える。
「そんな……。じゃあ、二人は一生このまま……」
真っ先に反応を示したのは、ジーノだった。
顔を俯かせ、家族としてもっともな反応を見せる。
「「「…………」」」
バグジー、白き神、エミリアは沈黙。
口を挟める立場じゃないのを察している。
結果に一喜一憂できるほど、関係は深くない。
あくまで他人。ある意味もっともな反応を示した。
そこはどうでもよく、気になるのは彼女の発言の一部。
『私は無理、と言ったね。つまり、他の誰かなら可能なのかな?』
ソーニャを試すように、私は尋ねる。
表情を見定め、一挙手一投足に注目する。
下手な嘘をつこうとも、見抜く自信があった。
「はぁ……。口が滑ったか。あんまりこれはオススメできないんだけどな」
彼女は観念したような態度を見せ、半ば認める。
気になるのは中身だ。その内容次第で、行動が決まる。
『お聞かせ願おうか。少なくとも、君を解放した私には知る権利がある』
恩着せがましい言葉を付け加え、反応を待つ。
周りにいる面々も、顔を引き締め、無言を貫いた。
熱量に違いはあれど、多少の責任は感じているはずだ。
白き神以外は、協力を申し出る可能性が高いように思える。
まぁ、なんにしても、知っておかなければ何も始まらなかった。
「私の『状態4』。魔獣に主導権を握らせ、出力が上がった状態なら可能。だけど、タダってわけにもいかない。彼女は対価を求めてる。ジーノとジェノを差し出すならいいってさ。ようは……自分の孫と見ず知らずの子供を殺す覚悟はおあり?」
告げられたのは、ある種の等価交換。
命には命でお代を払わなければいけない。
欲望に比例する大きな痛みが伴うものだった。
――妹か、孫か。
冷酷かもしれないが、ようはこの二択になる。
ターニャとジェノに関しては、考える余裕がない。
やると決めれば、無理矢理にでも欲望を叶えるだろう。
現状、会話の主導権は私にあって、判断を委ねられる状態。
相手がどう思うにせよ、何らかの答えを示さなくてはならない。
『少し…………考えさせてくれ』
その上で下した結論は、判断を保留にすること。
もはやそれは、一人で決めるには大きすぎる問題だった。