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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末
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第194話 心境の変化

挿絵(By みてみん)





 約100年間に渡る復讐は果たされた。


 家族を奪い、ジークを同じ境遇に貶めた。


 後は闇堕ちを見届ける。それだけで良かった。


 ――しかし。


『悪いね。君を怨む気にはなれない』


「なぜだ……。どうして……」


『直接、手は下してないだろ? 黒幕は怨まない主義でね』


 待ち望んでいた回答は、思いもよらぬものだった。


 一時は怒りの感情を見せたものの、対象は私ではない。


 罪を憎んで人を憎まずとも言うべきか、格の違いを見せた。


「………………」


 私は言葉を失った。すぐに答えは出せなかった。


 ここまでは考えていても、ここから先は計画にない。


 人生の岐路になるだろうが、生きる意味を見失っていた。


『君よりほんの少し長く生きた先輩として、一つアドバイスしよう』


 沈黙を貫く私に対し、ジークは声をかけてくる。


 善意なのか、悪意なのか、意図は全く読み取れない。


 思索を巡らせる余裕がない。ただ茫然自失と待ち受ける。


『――内なる衝動に従え。それで道は切り拓ける』


 そう言い残し、白龍と余所者は別の場所へと飛び立つ。


 心の赴くままに、川の流れのように変化する戦場に溶け込む。


 翼をはためく音が消え、周囲は静寂に包まれ、残ったのは一人の男。


「…………」


 意を決し、踵を返し、私は放送局に熱い眼差しを向ける。


 やりたいことをやる。そこにはもはや、理屈が入る余地はなかった。


 ◇◇◇

 

 放送局内にある報道スタジオ。


 そこで行われているのは、生放送。


 必要最低限のスタッフでカメラが回る。


 広角レンズが向けられた先には一人の女性。


「――で、ですから、もう一度耳を傾けてもらえませんか」


 マイクを握り、そこに思いの丈をぶつける。


 サブクエスト『白龍解放』に向け、行動を起こす。


 約25万人の『賛成』の満場一致を目指し、孤軍奮闘する。


 『巨大生物攻略』には関係がなく、労力の割には見返りが少ない。


 ――だけど、効率だけが全てじゃない。


 人間には多かれ少なかれ、義理と人情というものがある。


 目的に必要ないからといって、『はいさよなら』とはいかない。


 一度やると決めたからには、筋を通すのがわたしの中の理想だった。


 ――でも、理想と現実にはギャップがある。


 人と人の間には壁がある。どうしても埋まらない溝がある。


 やりたいことをやり通すだけで上手くいくほど、人生は甘くない。


「「「「…………」」」」


 意見を全てぶつけた上で、返ってきたのは深い沈黙だった。


 聴衆の代弁者として、スタジオのスタッフが冷たい反応を示す。


 時には溜息なんかも聞こえてきたりして、現実はかなり厳しかった。


 ――こんな経験は初めてじゃない。


 Vtuberとして政見放送した時もそうだった。

 

 風当たりは強く、賛否で言えば否の方が多かった。


 あの時は仲間の……ジェノさんのおかげで、立て直した。


 近くにいたから頑張れた。精神を支えてくれたから前を向けた。


 ――だけど、今は。


「……………………………………………………」


 思うように言葉が出てこない。


 原因が分かるからこそ対処できない。


 スタッフの目線が厳しくなるのを肌で感じる。


「――――」


 向けられたのは、カンペだった。


 スケッチブックに、文字が刻まれる。


 ――『何も言えないなら諦めろ』。


 それは至極真っ当な客観的意見だった。


 間違ってないし、批判でもないし、正しい。


 ドミトリーのような、鼻につく一言はなかった。


 視聴者と無言を共有しても、きっと何も生まれない。


(やれることは、やったよね……)


 そう自分に言い聞かせ、マイクの電源を切る。


 政見放送の時のように、取り乱すことはなかった。


 ただ淡々と結果を受け止め、己の実力不足を痛感する。


 別に説得に失敗したからと言って、殺されるわけじゃない。


 何事もなく次の日が来て、しばらくすれば全員が忘れる出来事。


 ――それが、現実。


 二次元の先にある世界は、ひどく冷たく感じた。


 聴衆の感情に振り回され、多数派に結果を握られる。


 民主主義による光と闇と良し悪しを肌感覚で理解できた。


 今後の糧になるのは間違いなかったけど、胸中は複雑だった。


(何も言わずに去るのは失礼か。せめて……)


 後ろ向きな感情で、わたしは再びマイクの電源を入れる。


 人として最低限の礼儀を果たすために、カメラに目を向ける。


「…………………………え?」


 しかし、目に入ってきたのは、思いもよらぬ人だった。


 見覚えのある人物が、颯爽と報道スタジオ内に入り込んでくる。


「マイクを貸してもらえるかね?」


 澄んだ瞳でわたしを見つめ、懇切丁寧に尋ねる。


 まるで別人のようだった。憑き物が落ちたようだった。


 状況が理解できないまま、わたしは反射的にマイクを譲った。


「さて、諸君。先ほど、『永遠の国(ネバーランド)』の樹立を宣言したわけだが、棚に上げていることがあった。白龍解放に『賛成』か『反対』かの問題だ。彼女の政策が問題点だらけなのは疑いようもないが、それが『反対』に直結するかと言われれば、話が変わってくる。白龍が都市の発展に貢献したのは事実であり、ロマノフ王家の生き残りであるのも事実。どちらつかずに終わるのは、彼に対して失礼だ。少なくとも、白龍の恩恵を受けた我々は決断を下す義務がある。ただ現実問題として、どちらかの満場一致は厳しいだろう。だが、多数派の意見を『民意』とすることは可能だ。それが現状、最も誠実な手段であり、最も建設的だと思われる。……とはいえ、このままでは判断材料が少ない。白龍に関しては全てが伝聞であり、事実かどうかも分からない視聴者もいることだろう。そこで見せたいVTRがある。独創世界の主が作った、リアルタイムに連動するビデオテープの映像だ。これは元々、アザミが優勢になった時に備え、用意していた切り札だったわけだが、事情が変わった。私の心境は変化した。白龍……いいや、ジーク・ロマノフには敬意を払うべきだと痛感した。だからこそ私は、民衆に問う。白龍の処遇を、ジークの立場を、ロマノフ王家の存続を。これから流れる映像は、ジークの一人称視点で放送される。心の声こそ入らないが、現在時間軸による一挙手一投足が映し出される。フェイクだと疑うのは結構だが、私の立場と実績を信じ、どうか最後まで目を通して欲しい。そして、映像に一つの区切りがついたところで、決を採ろうではないか。……民主主義らしく」


 冷静に淡々と、ドミトリーは自分の意見を伝える。


 元帥として、というより、一人の人間の魅力を感じた。


 一個人に対して真摯に向き合い、批判的な言葉は一切ない。


 ――あれこそ、理想のリーダー像。


 不覚にも、そう思ってしまうぐらいの演説だった。


 内閣総理大臣として見習うべきものがいくつもあった。


 ただ感心してる場合じゃなく、これ以上ない追い風が来た。


 ――後は流れに乗るだけ。


「み、皆さん……刮目しましょう。彼の生き様を」


 ◇◇◇


 翼をはためかせ、エミリアを乗せ、私は螺旋の塔の頂上を目指す。


 理由は説明せずとも伝わっていた。ドミトリーとの会話で十分だった。


 ――ジーナの死に関わった者との決着。


 それを最優先にしてくれて、『都市の破壊』は後回しになった。


 しばらくすると見えてきたのは、結界を足場にしている数人の人影。


『どこのどいつかな? 私の妹に手を出したのは』


 感情を剥き出しにすることはなく、私は問いかける。


 見えた面々はジーノ、バグジー、ジェノ、ターニャ、ジーナ。


 それぞれが死に関係している可能性が極めて高く、事情聴取は必須。


 ――感情をぶつけるのは終わった後だ。


「役者は揃ったようですね。余が経緯を話しましょう。決議はその後で」


 対応したのは、ジェノではなく、内に宿った白き神。


 冷静に粛々と、ジーナの生死に関わる情報が語られていった。

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