第194話 心境の変化
約100年間に渡る復讐は果たされた。
家族を奪い、ジークを同じ境遇に貶めた。
後は闇堕ちを見届ける。それだけで良かった。
――しかし。
『悪いね。君を怨む気にはなれない』
「なぜだ……。どうして……」
『直接、手は下してないだろ? 黒幕は怨まない主義でね』
待ち望んでいた回答は、思いもよらぬものだった。
一時は怒りの感情を見せたものの、対象は私ではない。
罪を憎んで人を憎まずとも言うべきか、格の違いを見せた。
「………………」
私は言葉を失った。すぐに答えは出せなかった。
ここまでは考えていても、ここから先は計画にない。
人生の岐路になるだろうが、生きる意味を見失っていた。
『君よりほんの少し長く生きた先輩として、一つアドバイスしよう』
沈黙を貫く私に対し、ジークは声をかけてくる。
善意なのか、悪意なのか、意図は全く読み取れない。
思索を巡らせる余裕がない。ただ茫然自失と待ち受ける。
『――内なる衝動に従え。それで道は切り拓ける』
そう言い残し、白龍と余所者は別の場所へと飛び立つ。
心の赴くままに、川の流れのように変化する戦場に溶け込む。
翼をはためく音が消え、周囲は静寂に包まれ、残ったのは一人の男。
「…………」
意を決し、踵を返し、私は放送局に熱い眼差しを向ける。
やりたいことをやる。そこにはもはや、理屈が入る余地はなかった。
◇◇◇
放送局内にある報道スタジオ。
そこで行われているのは、生放送。
必要最低限のスタッフでカメラが回る。
広角レンズが向けられた先には一人の女性。
「――で、ですから、もう一度耳を傾けてもらえませんか」
マイクを握り、そこに思いの丈をぶつける。
サブクエスト『白龍解放』に向け、行動を起こす。
約25万人の『賛成』の満場一致を目指し、孤軍奮闘する。
『巨大生物攻略』には関係がなく、労力の割には見返りが少ない。
――だけど、効率だけが全てじゃない。
人間には多かれ少なかれ、義理と人情というものがある。
目的に必要ないからといって、『はいさよなら』とはいかない。
一度やると決めたからには、筋を通すのがわたしの中の理想だった。
――でも、理想と現実にはギャップがある。
人と人の間には壁がある。どうしても埋まらない溝がある。
やりたいことをやり通すだけで上手くいくほど、人生は甘くない。
「「「「…………」」」」
意見を全てぶつけた上で、返ってきたのは深い沈黙だった。
聴衆の代弁者として、スタジオのスタッフが冷たい反応を示す。
時には溜息なんかも聞こえてきたりして、現実はかなり厳しかった。
――こんな経験は初めてじゃない。
Vtuberとして政見放送した時もそうだった。
風当たりは強く、賛否で言えば否の方が多かった。
あの時は仲間の……ジェノさんのおかげで、立て直した。
近くにいたから頑張れた。精神を支えてくれたから前を向けた。
――だけど、今は。
「……………………………………………………」
思うように言葉が出てこない。
原因が分かるからこそ対処できない。
スタッフの目線が厳しくなるのを肌で感じる。
「――――」
向けられたのは、カンペだった。
スケッチブックに、文字が刻まれる。
――『何も言えないなら諦めろ』。
それは至極真っ当な客観的意見だった。
間違ってないし、批判でもないし、正しい。
ドミトリーのような、鼻につく一言はなかった。
視聴者と無言を共有しても、きっと何も生まれない。
(やれることは、やったよね……)
そう自分に言い聞かせ、マイクの電源を切る。
政見放送の時のように、取り乱すことはなかった。
ただ淡々と結果を受け止め、己の実力不足を痛感する。
別に説得に失敗したからと言って、殺されるわけじゃない。
何事もなく次の日が来て、しばらくすれば全員が忘れる出来事。
――それが、現実。
二次元の先にある世界は、ひどく冷たく感じた。
聴衆の感情に振り回され、多数派に結果を握られる。
民主主義による光と闇と良し悪しを肌感覚で理解できた。
今後の糧になるのは間違いなかったけど、胸中は複雑だった。
(何も言わずに去るのは失礼か。せめて……)
後ろ向きな感情で、わたしは再びマイクの電源を入れる。
人として最低限の礼儀を果たすために、カメラに目を向ける。
「…………………………え?」
しかし、目に入ってきたのは、思いもよらぬ人だった。
見覚えのある人物が、颯爽と報道スタジオ内に入り込んでくる。
「マイクを貸してもらえるかね?」
澄んだ瞳でわたしを見つめ、懇切丁寧に尋ねる。
まるで別人のようだった。憑き物が落ちたようだった。
状況が理解できないまま、わたしは反射的にマイクを譲った。
「さて、諸君。先ほど、『永遠の国』の樹立を宣言したわけだが、棚に上げていることがあった。白龍解放に『賛成』か『反対』かの問題だ。彼女の政策が問題点だらけなのは疑いようもないが、それが『反対』に直結するかと言われれば、話が変わってくる。白龍が都市の発展に貢献したのは事実であり、ロマノフ王家の生き残りであるのも事実。どちらつかずに終わるのは、彼に対して失礼だ。少なくとも、白龍の恩恵を受けた我々は決断を下す義務がある。ただ現実問題として、どちらかの満場一致は厳しいだろう。だが、多数派の意見を『民意』とすることは可能だ。それが現状、最も誠実な手段であり、最も建設的だと思われる。……とはいえ、このままでは判断材料が少ない。白龍に関しては全てが伝聞であり、事実かどうかも分からない視聴者もいることだろう。そこで見せたいVTRがある。独創世界の主が作った、リアルタイムに連動するビデオテープの映像だ。これは元々、アザミが優勢になった時に備え、用意していた切り札だったわけだが、事情が変わった。私の心境は変化した。白龍……いいや、ジーク・ロマノフには敬意を払うべきだと痛感した。だからこそ私は、民衆に問う。白龍の処遇を、ジークの立場を、ロマノフ王家の存続を。これから流れる映像は、ジークの一人称視点で放送される。心の声こそ入らないが、現在時間軸による一挙手一投足が映し出される。フェイクだと疑うのは結構だが、私の立場と実績を信じ、どうか最後まで目を通して欲しい。そして、映像に一つの区切りがついたところで、決を採ろうではないか。……民主主義らしく」
冷静に淡々と、ドミトリーは自分の意見を伝える。
元帥として、というより、一人の人間の魅力を感じた。
一個人に対して真摯に向き合い、批判的な言葉は一切ない。
――あれこそ、理想のリーダー像。
不覚にも、そう思ってしまうぐらいの演説だった。
内閣総理大臣として見習うべきものがいくつもあった。
ただ感心してる場合じゃなく、これ以上ない追い風が来た。
――後は流れに乗るだけ。
「み、皆さん……刮目しましょう。彼の生き様を」
◇◇◇
翼をはためかせ、エミリアを乗せ、私は螺旋の塔の頂上を目指す。
理由は説明せずとも伝わっていた。ドミトリーとの会話で十分だった。
――ジーナの死に関わった者との決着。
それを最優先にしてくれて、『都市の破壊』は後回しになった。
しばらくすると見えてきたのは、結界を足場にしている数人の人影。
『どこのどいつかな? 私の妹に手を出したのは』
感情を剥き出しにすることはなく、私は問いかける。
見えた面々はジーノ、バグジー、ジェノ、ターニャ、ジーナ。
それぞれが死に関係している可能性が極めて高く、事情聴取は必須。
――感情をぶつけるのは終わった後だ。
「役者は揃ったようですね。余が経緯を話しましょう。決議はその後で」
対応したのは、ジェノではなく、内に宿った白き神。
冷静に粛々と、ジーナの生死に関わる情報が語られていった。