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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末
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第193話 生か死か

挿絵(By みてみん)





 バクジーに抱えられ、移動した先には塔があった。


 螺旋状に曲がりくねり、道路中央にそびえ立っている。


 てっぺんが先細り、土台は広くて、四つの柱に支えられる。


 文献の情報が正しいのなら、エッフェル塔の螺旋型って感じだ。


 上中下で三つの展望フロアがあり、ジーナがいたのは中階層のはず。


「上まで運んでもらえる……?」


 異様な雰囲気を放つ塔を下から見上げ、僕は言った。


 辺りは驚くほど静まり返り、目立ったセンスは感じない。


「ええ……」


 同じ感想を抱いたのか、バグジーは戦々恐々と返事し、跳躍した。


 空中に展開された結界をいくつか経由し、すぐに中階層が見えてくる。


 天井が崩落して、外からだと中の状態を事細かに把握することができない。


「ひどい……ここで何があったんだ……」

 

 感情的になることはなく、僕は冷静に反応する。


 天井が崩れたのは見ていた。改めて驚くことはない。


 母の死が確定したら取り乱しただろうけど、現状は不明。


 暴れた形跡や血痕はなく、下の階に逃げ延びた可能性もある。


 まだ慌てる時間じゃない。そう自分に言い聞かせつつ、観察する。


「冷静ね。母親の安否が心配じゃないの?」


 僕らの関係性を知らないバグジーは、もっともなことを言った。


 一般論なら正しい。子供なら真っ先に危惧することなのは間違いない。


「色々と複雑なんだ。僕ですら僕のことを把握しきれてない。生死が不明だから落ち着いているのか、関係値が浅いから他人事のように思っているのか、近くにいる第三者の影響を受けているのか。……気付いてるでしょ? 塔の頂上付近に誰かいる。人数までは分からないけど、精神に干渉する能力者の可能性がある」


 現実から目を背けるように、僕は違う話題を持ち出した。


 ひどく心が落ち着いてる理由。それを誰かのせいにしたかった。


 だって、あまりにも人間味がなさすぎる。自分でも思ってしまうんだ。


「え? 何も感じないけどねぇ……」


 しかし、返ってきたのは、意外な反応だった。


 確かに反応は弱いけど、気付けないほどじゃない。


 彼ほどの使い手なら、見逃すような気配には思えない。


「ひとまず向かってくれる? 母が救出されているかもしれない」

 

 違和感を抱きながらも、僕たちは希望に縋り、塔の頂上付近を目指した。


 ◇◇◇


 都市上空300メートル。螺旋の塔、頂上付近の空中。


 下側から死角となる場所には、小さな結界が展開される。


 そこには、二人の女性が横たわって、血だらけになっていた。


「…………」


 それを見つめるのは、ジェノ・アンダーソン。


 表情に色はなく、冷淡な眼差しを女性に向けている。


 片方は、小さな黒熊のぬいぐるみを抱いている白髪の少女。


 もう片方は、満足げな笑みを浮かべ、瞳を閉じる短い金髪の女性。


 ――双方共に、無数の刺し傷があった。


 お互いの白い軍服は赤く染まり、血だまりができている。


 生死は不明。ただ、状況から見れば、生きているのは絶望的。


「反転が適用されるか、世界の理が優先されるか、あるいは……」

 

 ジェノに宿る白き神は、二人の考察を始める。


 助ける素振りはなく、あくまで中立を貫いている。


 そこに訪れたのは、腹部を負傷する子供と抱える大人。


「お前が、母さんを……っ!!!」


 抱えられたままジーノは、感情を露わにする。


 白き神は振り返り、無表情のまま温かく出迎える。


「ごきげんようジーノ……。いいえ、ジェノ・アンダーソンの自己像幻視」


 ◇◇◇


 心が凍てつくようだった。


 耳にしたくない言葉が聞こえた。


 受け入れたくない現実が襲いかかった。


『ジーナ・ロマノフは死んだ。その感想をお聞かせ願おうかね?』


 この目で直接確認したわけじゃない。


 たまたま察知できないだけかもしれない。


 それでも、死んでいる可能性は存在している。


 世界の理を無視し、塔の餌食になった確率はある。


 少なくとも元帥は、死を確信できる材料を持っている。


『何が決め手だ。彼女が死んでいることをどう証明する』


 私は睨みつけるように鋭い眼光を向け、問い詰める。


 なぜ彼女の死を願ったのか。そんなことはどうでもいい。


 生死に紐づく情報を引き出すこと。それが最優先事項だった。


「ふむ。教えてもいいが、少し昔話に付き合ってもらっても構わんかね?」


 ドミトリーは情報を餌にして、話をすり替える。


 『どうやって』、ではなく、『なぜ』へと方向転換する。


『手短にしてくれ。今の私は、ものすごく気が立っているんだ』


 戦うムードではなく、話の主導権を相手に渡す。


 種が明かされるまでは、聞く耳を持つしかなかった。


 感情を剥き出しに、暴れ出してしまう展開だけは避けたい。


「1919年11月。白軍対赤軍の内戦が激化し、都市オムスクは陥落した。シベリア鉄道で東に向かい、終着駅にある港……ウラジオストクから海外に亡命するのが、白軍の唯一の勝ち筋だった。結果として失敗に終わったわけだが、我々は覚醒都市を手に入れた。100年間に渡る安寧を築き上げた。……それにすらありつけない者がいた。列車に乗れる者と乗れない者がいた。ロマノフ家のご息女は乗れ、私の妻は乗れなかった。実に平等で、民主的な物語とは思わんかね?」


 そこで明かされるのは、ドミトリーの過去。


 歴史と思想に翻弄された、一人の男の物語だった。


 意味は分かる。皮肉的だが、言いたいことは十分伝わる。


『逆恨みか。だから、あの時……』


 言われて思い出したのは、列車内で交わした会話。


 当時、中尉だったドミトリーの様子は少しおかしかった。


 ようやく答え合わせができた。おおよそ100年越しの今になって。


「今更、気付いても遅い。列車が動き出してから、私の物語が始まった。この時を夢見て、私は軍隊と都市に隷従した。国民の感情を読み取れない名ばかりな王を地下に幽閉して、奴隷以下の環境で労働を強いてやった。それでも、私の気分は晴れなかった。お前には家族がいて、都市に貢献することで、皮肉にも王の面子を保った。眠り続けるお前を殺すのも、お前が眠っている状態で妹を殺してやるのも、私の性に合わなかった。お前が目覚めた状態で、かつ、助けられたかもしれない状況を作り出し、ジーナを間接的に殺してやるのが、私の夢だった。……今やそれは叶った。私とお前は同じ境遇となった。家族を奪われ、後ろ暗い感情を抱くこととなった。今、どんな気持ちだ。教えてくれ。100年抱えてきたのだ。私を満足させる反応を見せてくれ!!!」


 語られるのは、彼のルーツだった。


 元帥にまで上り詰めた原動力とも言える。


 ここまで計画を語らず、悟られず、隠し通した。


 白龍の索敵範囲を読み切り、胸中だけで留めていた。


 もし、全て事実だとすれば、思い浮かぶ感想は一つだった。


『驚嘆に値する。その執念深さは誰にでも再現できるものじゃない』


 怒るでもなく、悲しむでもなく、私は褒めた。


 当てつけでも、皮肉でもない。素直に思ったことだ。


 もし、妹が本当に死んだとしても、同じことを言うだろう。


「は……? なんだ、それは……。哀れみのつもりかね? ……怒れよ。もっと醜い感情を露わにしたまえよ!!!」


 ドミトリーは私が知る限りで初めて、人間らしい感情を見せていた。


 同じ境遇に貶めて、自分と同じような立場にしたい。それが狙いだろう。


 意図は分かる。気持ちは理解できる。ただ、目論見通りになるかは別の話だ。


『悪いね。君を怨む気にはなれない』


「なぜだ……。どうして……」


『直接、手は下してないだろ? 黒幕は怨まない主義でね』


 語るのは、私が心の底から思ったこと。


 それを経て、どう動くかは、彼次第だった。

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