第192話 怨みの果て
白龍の姿になっても、基本的な戦い方は同じだ。
身体を使った攻防が主体であり、能力は付随的なもの。
その根本を無視して強くなるのも可能だが、大抵は失敗する。
センス頼りになり、燃費が悪く、ガス欠になれば、ポンコツと化す。
――ただ、何事にも例外は付き物だ。
「バンバンやっちゃっていいよ。アタシが肩代わりするから」
龍の背に乗るエミリアは、景気のいい言葉をかける。
真偽は定かではないが、言動には確かな『活力』を感じる。
恐らくそれが能力の本質。周りに元気を振りまくのが彼女の強み。
『では、その言葉に甘えさせてもらうよ』
発言を全面的に信用し、右前肢を突き出し、狙いを定める。
対象は放送局に背を向ける白軍元帥ドミトリー・クズネツォフ。
どす黒いセンスを身に纏い、仁王立ちで、こちらの様子を見ている。
鬼気迫る圧を発しているものの、心ここにあらずといった印象を受ける。
(何か裏があるのか? いや、どちらにせよ……だな)
短い問答を重ねるが、すぐに意味のないことだと気付く。
裏があろうとなかろうと、『都市を壊す』には邪魔な存在だ。
『―――――』
言葉を発することなく、私は戦闘を開始する。
まず最初に右前肢で操ったのは、地上の湿度だった。
高まるごとに水蒸気が増え、ジメジメとした空気が生じる。
――それを冷やす。
口から冷たい息を吐き出し、地表にぶつける。
急激に温度が下がり、水蒸気は飽和状態となった。
そこに地面を抉って粉末化したコンクリートを投げる。
細かい粒子が凝結核となり、水蒸気が付着し、水滴と化す。
湿度を上げる、温度を下げる、凝結核を作り、発生したものは。
「雲……いや、定義上、霧か。工程が多い割に大したことはない。まるで子供の課題研究レベルだね。都市の発展に貢献した『白龍殿』には敬意を表明したいところではあるが、ハッキリ言って期待外れだ。何か弁明することはあるかね?」
霧に覆われたドミトリーは、厳しめの意見を口にしていた。
確かに彼の仰る通り、攻撃力は皆無で、効果は目くらまし程度。
現状、上空に雲を作り、赤雷を落とした方が戦術的に優位に見えた。
――ただ。
『行動で語るまで。終わってから、話を聞くよ――』
私は冷気を帯びた息を吐き出し、さらに周囲の温度を下げていく。
やがて霧を構成する水滴が凍り始め、息によるベクトルが付与される。
――生じるのは、無数の巨大な氷晶。
霧の中にいるドミトリーに対し、容赦なく降り注ぐ。
中の様子は窺えず、代わりに幻想的な光景が目に入った。
数々の氷晶が街灯の光を反射して、眩い煌めきを放っている。
極寒の地なら、まれに起こる自然現象であり、こう呼ばれていた。
――ダイヤモンドダスト。
「――――――」
氷晶が絶え間なく降り注ぐ中、響いてくるのは打撃音だった。
恐らく、身に迫った氷晶の一発一発を体術で弾いているのだろう。
表面的な合理主義なら正解だが、アレはそこまで単純なものではない。
『ご感想は?』
霧が晴れる。空気中の水分が枯渇し、彼に全てをぶつけた。
放送局には無数の氷晶が突き刺さり、ドミトリーの姿も見える。
左肩から赤い血液をこぼし、口端を歪めるようにして、こう言った。
「及第点だ。褒めて遣わす」
◇◇◇
先の氷晶は『ダイヤモンドダスト』と呼ばれる現象だ。
あれほど巨大なものはないだろうが、地上でも起こり得る。
状況から見て予想可能だったが、予測不可能な効果が付随した。
(氷晶のダイヤモンド加工。想定以上の切れ味と耐久性だ)
地面に突き刺さる血に染まった氷晶を見て、評価を下す。
意思の力は言葉のイメージを強め、時に性能にバフをかける。
語源は、ダイヤモンドのような輝きを放つ氷晶だが、今のは違う。
それを拡大解釈して、氷晶にダイヤモンドの如き性質を付与していた。
――だから、効いた。
能力を低く見積もり、初撃の対応で誤った。
拳で弾き損ね、センスを貫き、左肩を切り裂いた。
無論、致命傷ではないが、不覚を取ったのは確かだった。
この戦闘だけに重きを置くなら、劣勢と言わざるを得ない状況。
――だが、対ジーク戦の勝敗は私の全てではない。
『そろそろ魔獣化したらどうかな? このままだと体がもたないよ?』
何も知らない白龍は、知ったような口を叩いていた。
センスが目減りした様子はなく、ハッタリとは思えない。
隠し玉の一つや二つは、持っていてもおかしくはないだろう。
彼を倒すのが目的なら『魔獣化』で正しいが、私の目的は異なる。
「そろそろ明かしても構わんか。……たった今、お前の家族が一人死んだ」
頃合いを見計らい、私は遠くに視線を送り、告げる。
そこには、一部天井が崩れ落ちる螺旋の塔が見えていた。
『愛』を伝える滑稽な文字列を残し、中の女性は押し潰される。
『そんな……。まさか……っっ』
血相を変えた白龍は振り返り、事態を確認する。
目を細め、遠くを見つめ、塔内の事情を把握していく。
答えにたどり着く前に、私から教えてやる必要があるだろう。
それが復讐だ。おおよそ100年間心待ちにした、私だけの価値観だ。
熱く、氷晶を溶かすように感情を込め、冷淡な顔つきで、私は言い放った。
「ジーナ・ロマノフは死んだ。その感想をお聞かせ願おうかね?」