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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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第105話 異端

挿絵(By みてみん)





 法廷内で伸びるように放たれたのは、白い手。


 エリーゼ教皇が得意としている感覚系の意思能力。


 ――空触是色。


 触れた相手の心を読み取り、魂の形を掌握する。


 私の体に触れた瞬間、嘘はバレるし、計画は筒抜け。


 直接的な攻撃力はないものの、類まれな諜報力を秘める。


 心を読む精度の高さは、能力者の中でもトップクラスだった。

 

「…………」


 傍聴席にいる私は、迫る白い手を静かに待ち受ける。


 一触即発の状態だったけど、心は驚くほど落ち着いていた。


(意思能力戦は後出しが有利って、相場は決まってんだよね)


 抵抗する素振りを一切見せずに、白い手は私に触れる。


 これは、物質世界の交流じゃなく、非物質世界のやり取り。


 形ある肉体に囚われず、心と心で繋がる真の意味での意思疎通。


 グノーシス主義を掲げる私にとって、独壇場とも言える展開だった。


 ◇◇◇

 

 空触是色が通用しなかったことは、一度もない。


 触れる前に潰されることはあっても、触れたら確実。


 イギリス王室の始祖。初代王マーリンでさえも通用した。


 発動した後に利用されたけど、心を読む能力は機能していた。


 ――だけど、ここには。


「………………何も、ない」


 目を開くと、視界に入ってきたのは、白の世界。


 物質が一つも存在せず、読み取れる心が見当たらない。


 無限に奥行きがある、三次元を超越した空間が広がっていた。


「グノーシス主義という思想をご存じですか……教皇」


 そこに現れたのは、茶髪ボブヘアの修道女イブ。


 黒縁眼鏡をクイッと指で上げて、偉そうに語りかける。


 彼女が自信満々に口にした言葉には、当然聞き覚えがあった。


「物質世界を悪とし、非物質世界を善とする考え。物質的な鎧を纏って顕現する『白き神』。それを唯一神として信仰する白教にとっては……異端。冗談でも教皇の前で口にしていい言葉じゃないのは、分かってる?」


 相容れない思想に、わたしは脅すように尋ねた。


 最終警告であり、これ以上は擁護する気がなかった。


 謝ればギリ許せるけど、一部でも肯定すれば、敵対する。


 白教の関係者だからこそ、越えてはいけないラインがあった。


「もちろん分かっておりますよ。あくまでこれは、仮定の話。その上でお尋ねしたい。教義の前提が間違っていたとしたら? 白教の起源がグノーシス主義にあるとしたら? 物質に囚われた『白き神』こそ、我々の真の敵だとすれば?」


 垂れ流されるのは、陰謀論めいた宗教批判。


 仮定と前置いてはいるけど、聞くに堪えない戯言。 

 

 異端と切り捨て、武力行使に応じたい気持ちに駆られる。


「あり得ない。あなたは知らないのかもしれないけど、わたしは初代王を通じて、過去を見てきた。霊体として1000年前から干渉して、滅びかけた白教を再興した。陰謀論にハマるのは結構だけど、わたしの目で見たものが真実だから」


 野蛮な感情をグッと堪え、わたしは真面目に返答する。


 史実を基にしたものじゃなく、体験を基にした白教の歴史。


 いくら理屈をこねても、これに勝る一次情報は存在しないはず。


 反論の余地はなく、説得できるなら、それに越したことはなかった。


「教皇は滅びかけた団体を再構築したまで。白教の本当の成り立ちを知らない」


 イブは一歩も引くことなく、反論を続ける。


 声色は暗く、今までの明るい彼女の面影はない。


 世界の真相に迫るような、言葉の重みが感じられた。

 

 ――ただ。


「そう思う根拠は? 主観的でも抽象的でもなく、客観的で具体的に話して」


 現状、ソースが一切存在せず、それっぽく聞こえるだけ。


 わたしは、教皇と信徒の立場を崩さず、徹底的に問い詰めた。


 理屈が破綻しているのが分かれば、目を覚ましてあげられるはず。


「白教の起源は純血異世界人によるもの。1000年前に『白き神』が降臨し、当時の純血異世界人が支配したシチリア島南部が襲撃され、集落は壊滅。逃げ延びた民を束ね、教皇が立て直した。ここまでは客観的な事実で構いませんか?」


 想像を膨らませたのか、元から知っていたのか。

 

 イブは畏まった口調で、淡々と情報を膨らませている。


「そーだね。だから?」


 そこに間違いはなく、見てきた通りの情報。


 問題は後。ここにどんな陰謀を乗せるかが重要だった。


「では、どうして……純血異世界人は『白き神』に滅ぼされかけたのでしょう」


 そこでイブが突っ込んできたのは、本質的な部分。


 盲点というべきか、考えが至らなかったというべきか。


 少なくとも、過去に戻ったタイミングは『白き神』襲撃後。


 襲撃前の情報は詳しく知らず、マーリンからも聞かされてない。


「それは……」


 だからこそ、言葉に詰まる。反論できなくなる。


 頭の中では繋がった。それでも、認めたくなかった。


 1000年前から介入し、手塩をかけて育ててきた宗教団体。


 誰よりも情があり、誰よりも信じ、誰よりも目が曇っていた。


 認めれば、終わる。教皇としての立場、白教の存続が危ぶまれる。


「元より信仰した神であれば、おかしい。辻褄が合わない。襲撃される理由がない。『白き神』の復活、その教義とはそぐわない。襲撃してきた神を信仰するなんて、前提から破綻している。私の所感から申し上げると、『白き神』は幻想。後発者によって作り出された架空の存在。宗教団体を立て直すためにでっち上げられた、偽物の神。そう思いませんか? 『白き神』の創作者、エリーゼ」


 イブが突きつけたのは、認めたくない現実。


 頭の中では薄っすら浮かんでいた、一つの可能性。


 守護霊。白銀の鎧。過去介入。マーリンが秘匿した意味。


 全て繋がる。辻褄が合う。イブの主張が肯定される材料が揃う。


「わた、し……わたし、は……」


 視界が歪む。常識が歪む。世界が歪む。


 信じ続けていた価値観の根底が揺るがされる。


 記憶を忘却され、数々の困難を経て、教皇に至った。


 純血異世界人の残党虐殺。その罪を背負い、ここまで来た。


 ――だけど、根底から間違っていた。


 信仰と思想を捻じ曲げ、襲撃者を神と崇めさせ、従えた。


 挙句の果てには虐殺し、独裁者のように権力を振りかざした。


 前向きな責任感を背負って生きてきたけど、そもそもがズレてる。


 自分自身に吐き気を催し、人生観や人間としての在り方が否定される。


 短い時間の中で懊悩を重ね、やがてそれは、一つの言葉として集約された。


「教皇を名乗る資格がない……」


 白い世界は元に戻る。元居た法廷へと戻される。


 そこで開かれるのは、白教徒を裁くための異端審問。


 何という皮肉。誰よりも異端なのは、わたしだったのに。

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