第104話 タイムライン
『不純異性交遊。わたしくと子作りしていただけませんか? 第三王子』
砂漠地帯で闘うきっかけは、その一言から始まった。
相手は、和食レストランで遭遇したミーナという演奏家。
金髪の両側を縦ロールにした、黒色のゴスロリ服を着る女性。
体躯は小柄で、容姿だけ見れば、十代前半と言っても遜色がない。
ただ、接触してきた理由は『子作りしたい』という不純な動機だった。
『俺とタイマンしろ……。そうすれば、振り向くかもしれんぞ……』
そこで提案したのが、一対一の勝負だった。
軽く手合わせしたところ、相手は間違いなく格上。
他人と群れずに更なる高みを目指すには、外せない展開。
それも舞台は、砂漠地帯。誰かに介入されず、迷惑もかけない。
『手加減は無用だ……。最初から全力で来い……』
『委細承知。……では、心行くまで踊りましょう』
場と相手。双方ともに最高の条件でタイマンは始まった。
ダンテたちに介入されたのは、これよりも少し後のことだった。
「……つまり、君とミーナが騒動の始まりだったわけだね」
ここまでの内容を証言台で話し、進行役のクオリアは総括。
聴衆にも情報が共有され、この場の全員の足並みが揃った形になる。
「そうなるな……。少なくとも、そこに彼女はいなかった……」
俺は証言台の右側にある被告人席に目を向け、言い放つ。
そこに見えるのは、白色の修道服を着た茶髪ボブヘアの女性。
黒縁の眼鏡をかけており、奇抜というよりも地味な印象を受ける。
――イブ・グノーシス。
聞いたところによると、それが被告人の名前らしい。
面識はなく、白教に属する修道女ぐらいしか情報がない。
ただ、一つだけ確実なのは、異端審問を開かせたのは彼女だ。
話しながら腹を探っていく必要があるが、俺の役割は明確だった。
――騒動前のタイムラインを埋めること。
気絶した後のことは分からないが、気絶した前は分かる。
一つずつエピソードを埋めていけば、いずれ彼女は詰むだろう。
「確認したいことは山ほどあるが、全て事実だと仮定しよう。その上で問うが、君の魂が入れ替わったのは、ミーナと闘う前か後だと、どちらかな?」
「後だ……。原因は傍聴席にいる『ブラックスワン』の構成員……。ソフィア、ダヴィデ、この体の持ち主のダンテが戦闘に介入し、結果として入れ替わった……。発動条件は不明だが、三名の誰かの能力で間違いないだろう……」
「事前に聞いた情報と概ね辻褄が合うね。ただ気になるのは、『意思衝突騒動』に君が直接関わったのかどうかだ。ミーナとの戦闘、もしくは、その三名が介入し、魂の入れ替えが原因で生じた可能性もあるが、実際はどうだったのかな?」
「両方とも意思の力が扱われたが、直接的な原因とは思えんな……。もちろんこれは俺の主観ではあるが、少なくとも、数百キロメートル先の『地獄の門』まで届くようなセンス量ではなかったと記憶する……」
俺は役割に徹し、『意思衝突騒動』前の時系列を埋める。
前提は共有され、また一つ既成事実が積み重なっていった。
「…………」
そこで再び俺は、被告人に視線を向ける。
無表情を貫き、騒ぎ出すような素振りはない。
『真実』には繋がらない、そんな余裕が感じられた。
「ふむふむ。今までの情報を踏まえると、『意思衝突』は魂の入れ替え後から、衝突を察知した僕たち悪魔サイドが到着するまでの間だね。そこに出くわしたのが、気絶した君、ソフィア、アンドレア、ダヴィデ、ミーナ、ラウラ、イブという面々になる。この中に犯人がいるのは、ほぼ確実。現状、被告人が自らを告発し、異端審問に至ったわけだが、どうも『黒』だと思われたい節がある。その動機と背景について詳しく聞かせてもらっても構わないかな? イブ・グノーシス君」
クオリアは今までの意見を踏まえて、騒動の核心に迫る。
ここがボトルネックだ。回答次第では一気に解決に向かう。
矢面に立たされたイブには、聴衆の目線が一斉に向けられた。
話を無駄にデカくした原因でもあり、答える義務があるだろう。
「…………言いたくないので、黙秘します!!!」
そこでイブが取った行動は、黙秘権の行使だった。
一般的な裁判なら、被告人に認められる正当な権利だ。
答えたら不利に働く場合などに有効だが、印象は悪くなる。
原告の意見が通りやすくなり、罪が重くなる確率は極めて高い。
――しかし、原告と被告人は同じだ。
罪が重くなっていい場合なら、最強の手札。
『黒確』をもらうのが目的なら、黙秘は有利に働く。
(やられたな……。完全に被告人のペースだ……)
風向きが悪い方に変わるのを肌で感じる。
負けるのが目的なら、無敵の論法だと言える。
形成逆転には当事者の自白が必要だが、厳しいな。
国際問題上、アメリカ側の面々は介入を認められない。
ただでさえ、代理者たちにスパイ疑惑がかけられた状況だ。
ここで認めれば、アメリカとトルクメニスタンの関係は悪化する。
各々の目的は不明だが、顔色を見ている限り、名乗り出る様子はない。
「黙秘か……。これは困ったね。振り出しに戻ってしまったようだ」
進行役のクオリアは眉をひそめ、イブの手腕を認める。
時系列は埋まったが、原因が特定できない事実は変わらない。
(約束は守ったが……。これ以上は……)
異端審問に協力するのは、当然ながら理由があった。
ダンテとの約束によるものだが、厳しい局面を迎えている。
このままいけばイブの『黒』が決まり、報酬は反故になるだろう。
「――異議あり。さすがに調子乗り過ぎ。能力を行使するけど、いいよね?」
そこに待ったを唱えたのは、エリーゼ教皇だった。
異端審問を監修する者であり、白教のトップ。発言権は絶大。
「……なるほど、その手があったか。能力をチラつかせたソフィアなら、共謀の疑いがあったが、イブ君の場合は話が違う。話題の外から出てきた事象に対してなら、嘘をつく理由がない。能力の是非が主観であっても信憑性がある」
クオリアは、咀嚼するように並んだ情報を噛みしめる。
彼女が発言した言葉の合理性を、淡々と並べ立てていた。
「やっていいの? やっちゃ駄目なの? どっち?」
一方エリーゼは、合理性よりも結論を迫っていた。
あくまで異端審問を進行する権限はクオリアにある。
行動の是非を決めるのは、彼以外の何物でもなかった。
ただ、先ほどの発言から考えるに、返答は決まっている。
「構わない。やってくれ。僕たちには『真実』を知る義務がある」
すぐさま許可が与えられ、クオリアは判断を下す。
「はいはいっと。そういうわけだから、いくよ。――『空触是色』」
教皇が右手をかざし、軽いトーンで放たれたのは、白い右手。
対象の身を貫けば、『真実』を知れる意思能力が発動した瞬間だった。




