第101話 異端審問
トルクメニスタン。首都アシガバート。最高裁判所。
白の大理石を基調とし、金の装飾が施された荘厳な空間。
裁判官席。検察官席。弁護人席。被告人席。傍聴席。証言台。
役割に応じた席が設けられ、深夜でありながら満員となっている。
――集ったのは、悪魔と白教とブラックスワンの面々。
三つ巴の勢力が集結するが、争いはなく、調和がもたらされる。
理由は一つ。正面右側の被告人席に座る白教の修道女が関係していた。
「これより、イブ・グノーシスの異端審問を執り行う」
正面奥の裁判官席から声を発したのは、金髪坊主姿の男。
白のスーツに身を包み、角と羽根と尻尾という特徴を有する。
場の視線を一斉に集めながら、物怖じすることなく語りを続けた。
「第一級悪魔、蓮玲様の代理として進行を務めさせてもらうのは、この僕。第二級悪魔クオリア・アーサーだ。自由に傍聴してもらって構わないが、くれぐれも静粛にしてくれよ。この場の崩壊は、悪魔と人類の戦争を意味するからね」
簡単な自己紹介のついでに語るのは、ある種の脅し。
戦争を抑止力として、場を上手く掌握するためのものだ。
実際、各組織の首脳級が集まり、些細な衝突でも影響力は大。
状況を理解する傍聴席の誰もが口を閉ざし、進行を見守っている。
「はいはーい。しっつもーん! 異端審問って、そもそもなんぞ?」
そんな中、空気を読まず声を発したのは緋色髪の女性。
後ろ髪は赤いシュシュで結われ、左目は前髪で隠されている。
黒のエージェントスーツに身を包み、傍聴席の最前列で手を上げた。
――ソフィア・ヴァレンタイン。
アメリカの組織『ブラックスワン』所属の代理者。
事の発端となる、意思衝突騒動の場にいた重要参考人。
無知を装うか、純粋な疑問か、場をかき乱すつもりなのか。
いずれも不明。事件の鍵を握っているのだけは間違いなかった。
「僕の話を聞いてなかったのかい? 恐怖の感情が欠如しているか、筋金入りの馬鹿なのか。……まぁいいや。どのみち、触れる必要があった案件だし、お答えしよう。異端審問とは、白教の考えや方向性にそぐわない異端者を発見、処罰、予防するための制度だ。裁判所を舞台とさせてもらっているが、通常の裁判とは大きく異なる。台本や筋書き通りの口頭弁論や意見陳述はないし、現行法と照らし合わせる手順が存在しない。ただ、被告となる彼女が『白か黒か』をハッキリさせるのが目的だ。手段は問わず、進行はライブ感で行われる。……というのが僕のおおかな認識だが、合っていたかな? エリーゼ教皇」
クオリアは独特の解釈で説明し、右側の座席に視線を向けた。
そこには、白いローブとロゼッタ帽を被る小さな教皇が席に座る。
白教の代表者であり、『異端審問』は白教側が提供しているコンテンツ。
文化を尊重するためにも、お伺いを立てて、足並みを揃えるのは必須だった。
「概ね問題ないかな。何かあったら適宜介入するから、好きにやっていいよ」
エリーゼは快い反応を見せ、大元の許可は出た。
「……というわけだ。ご納得いただけたかな。――黒級代理者」
異議申し立てをしたソフィアに、あえて肩書きで呼びかける。
牽制であり、警告。立場が上であるほど、組織への波及は大きい。
黒級は、組織『ブラックスワン』の構成員の中だと、最も役職が上だ。
よっぽどの狂人じゃない限り、立場に応じた分の節度は守ってくれるだろう。
「あぁ、おっけー。ルールは把握した。……だから、先手は私ね」
分かったようで分かってない反応を見せたのは、ソフィア。
黙っている気はないという意思表示が、場の空気を不穏にさせる。
だからといって、立場上の問題で止められず、ルールから外れてもない。
――無敵の人だ。
やればできるけど、誰もやらないことを平然とやってのける。
不安やリスクを考慮していなそうな彼女は、続く言葉を口にした。
「意思衝突騒動の犯人、私だから」
それが、異端審問の幕開け。早くも暗雲が立ち込めようとしていた。




