第100話 出会い
数年前。Vtuber事業に参入するよりも前のことです。
宮崎県沿岸には、青い鳥居が特徴の港神社がありました。
由来は謎で、誰が何の目的で奉納したのかは不明の場所です。
地域漁協が管理していますが、記録や文献は全く残っていません。
青い鳥居に何のエビデンスもなく、祠に祀られる神の名も分からない。
――私はそこに目をつけました。
小規模な神社でしたが、土地と山を買い取って、開拓。
鳥居の奥に高度な結界を張り、不可侵の領域を作りました。
敵意や殺意を察知して、仮想敵だけを自動的に弾く仕組みです。
その策がハマり、主な敵となる滅葬志士は手出しできませんでした。
最低限の生活基盤ができ、そこから境内を広げ、住居兼職場としました。
――鬼の数は十数名程度。
決して多いとは言えず、鬼の共同体の中では弱小。
ただ、参拝者や出資者のお布施によって、収入は安定。
鬼の主食となる『血』の食糧問題も、地域漁協が全面協力。
当時としては異例の待遇であり、鬼の理想郷との呼び声も高い。
噂を聞いた同胞が、駆け込み寺のように訪れるようにもなりました。
――そこに迷える鬼がまた一名。
「…………っっ」
その日は台風が接近して、大雨。時間は深夜でした。
青い鳥居をくぐり、倒れ込んだのは、長い銀髪の幼い鬼。
フードが付いた黒のポンチョはズタボロで、全身は傷だらけ。
顔は俯き、身体は震えて、ひどい目に遭ったのが想像つきました。
「――――」
紅白の巫女服を着る私は、白いバスタオルを持って近寄ります。
言葉を発する余裕はなく、顔を上げる力も残っていないようでした。
意識があるかどうかは分からず、助けられるかどうかは鬼でも怪しい重傷。
「もう大丈夫です。安心してください。あなたは助かりますよ」
私は前提を無視し、前向きな言葉をかけ、バスタオルで包みました。
それが鬼道葵さんとの出会い。厳しく残酷な世界がもたらした縁でした。
◇◇◇
現在。養老の滝奥にある鍾乳洞での戦闘後。
夜助さんに斬り飛ばされ、凄まじい勢いで南下。
速度を全く制御できず、伊勢湾の海上に迫りました。
海面の衝突はセンスで防げそうですが、その後が大問題。
カナヅチなので、海中に入れば二度と浮上できないでしょう。
「危ないところでしたね、お義母様。代わりといってはなんですが、御助力いただけますか?」
絶妙なタイミングで受けてくれたのは、葵さんでした。
因果が巡って、助ける側から助けられる側になったようです。
嬉しいような、寂しいような不思議な気分で満たされていきました。
――ただ、その感情は消え失せます。
目の前に立ち塞がるのは、かつての師。八重椿様。
命を救ってくれた恩人を敵に回す可能性が高い展開でした。
「その申し出は簡単に受け入れられませんね。事情を伺う暇はありますか?」
私は即断即決できず、事の発端を探りました。
偏った意見じゃなく、最低でも両者の言い分は聞きたい。
「ありません。何も言わずに助けてもらえませんか。……あの日のように」
「耳を貸すな、ナナコ。そいつの人格は葵ではなく、イザナミという神だ」
葵さんと椿様。意見は対立するものの、一部情報は開示されます。
夜助さんが抱えていた状況と重なり、すんなりと受け止められました。
(つまり、葵さんは神に乗っ取られて……。いえ、逆のケースもあり得る……)
事情が分かってどうにかなるほど、簡単な問題ではないことに気付きます。
本来なら裁判のように熟慮して、決断したい場面ですが、無理な話でしょう。
ここは――。
「申し訳ありません、椿様。ひとまず私は葵さんの肩を持ちます」
最低限の情報で決め打ちし、葵さんを横抱きして、戦線を離脱。
海面上にセンスを張り、即席の足場として、西に駆け抜けていきました。
「え……あの、お義母様? 一体、どちらへ……」
きょとんとした表情を作りながら、顔を見上げ尋ねられます。
向こうから申し出とはいえ、行き先を告げる義務があるでしょう。
「東京方面です! 何があったかは道中で聞かせてもらいますね!」
私は進む先に自信をもって、先へ先へと進んでいきます。
気付けば陸について、道路にある看板が目に入ってきました。
「あれ……?」
私は違和感に気付きます。思い浮かべた内容とは違う結果。
『伊勢方面』と書かれた青い看板は、あることを意味していました。
「もしかして、これって……」
それに付随して、頭に浮かんだきたことがありました。
再三、忠告を受けながら、その詳細を聞けなかったもの。
便利な効能を得てから30分後に訪れるという、デメリット。
「共鳴草の副作用って、『方向音痴』ですかぁぁぁぁぁ!!?」