58.キラークイーン
隼人が撃たれて数分が経ち、兵士達やウォーロックの部下はおろそかウォーロックでさも、木に隠れて息を荒くしていた。
兵士の一人が様子を見ようと少し顔を出す。すると一筋の弾丸が鼻先をかすり、兵士は悲鳴を上げる。
「ヒィッ!」
兵士はあまりの恐怖に尻もちをついて、終わらぬ恐怖に怯えて体を丸める。
ウォーロックは息を荒くしていると、レヴィンの言葉を思い出す。
『たかが弱者に怯える必要なんて無いだろ!』
ウォーロックはその言葉を思い出すと、今すぐレヴィンを殴りたいか、地面を強く叩いて考える。
(仮にお嬢様が弱者だと? ふざけるな! 旦那様より厄介だぞ!)
あの兄弟は味わった事が無いから言えることだ。ガロンから運良く逃げて戦わずに済める、だがレノンの場合はその逆だ。
謎の魔法具から放たれる攻撃はどれくらい距離が離れても、彼女が持つ天授〈探知眼〉を使えば百発百中で当たってしまう。それに何処からか来る攻撃に日夜気を付ければいけないのだ。
自分たちの命だって気付かずに散ってしまうだろう。
しかし隼人の事を考えれば自分達を嬲り殺しにすることもできる暗示をかけている。
その中で兵士の一人とウォーロックの部下の一人が無謀にもこの森から出ようとする。
「ワァァァ! もうこんなの無理だ!」
「いくら金が積まれても割に合わねえ! こんなところにいたら命がいくらあっても足りねえよ!」
兵士とウォーロックの部下は俊敏でこれでもかと速度を上げてこの森から脱出しようと試みる。だがそれは儚い希望であり、それは死神の鎖であった。
レノンは引き金を引いて兵士は左太ももを、ウォーロックの部下は肩を撃ち抜かれて倒れ込む。
近くにいた兵士が先ほど撃たれた兵士とウォーロックの部下を引きずって安全な場所に隠す。
その時に雲が少しだけ晴れて月夜の光が降る、皮肉にも光が降った場所はレノンがいる山頂だった。
ウォーロック達は物陰に隠れながら、レノンの様子を見ると何やら唇をかすかに動かしていた。
距離が離れて聞き取りづらいが、何やら聞いた事が無い音楽を歌っていた。レノンが歌っているのはアレスが教えた『Killer Queen』と呼ばれる曲だった。
アレスが日本に生きていたころ、高校の成績の中で特に英語が苦手科目だった。しかし『Killer Queen』の曲に聞き惚れて必死に暗記した。
それをレノンに聞かせると彼女も気に入ったのだ。今は軽減しているがいじめのトラウマで人前では喋れなかったが、この曲を口ずさむと集中力と命中率が上昇したと力説したのだった。
レノンは口ずさむ。
「彼女は高級シャンパンを可愛い棚にそろえてる「ケーキを食べればいいじゃない」なんて言う彼女はまるでマリー・アントワネットさ《She has a pretty shelf of fine champagne, and she says "Why not just eat cake?", just like Marie Antoinette》」
「彼女の生まれ持った魅力は、フルシチョフとケネディをも引き合わせるほどだ。私はいつでも彼女の誘惑に抵抗できない《Her natural charm was enough to bring together Khrushchev and Kennedy, and I have never been able to resist her seduction》」
「キャビアと葉巻、完璧なマナー、並外れた魅力。彼女はキラークイーン、火薬、爆発物、レーザービーム付きダイナマイト、あなたはいつでも魅了されるでしょう《Caviar and cigars, perfect manners and extraordinary charm. She is Killer Queen, gunpowder, explosives, dynamite with laser beams, you will be charmed at any time》」
「彼女は気が向いたらためらわず、子猫のようにじゃれて、そして急に動かなくなる、一時的にガス欠みたいに、君を夢中にさせる、彼女は君を狙っている《She doesn't hesitate when she feels like it, she plays like a kitten, then she freezes up, like she's out of gas for a moment, she drives you crazy, she's got your eye on her》」
「彼女はキラークイーン、火薬、爆発物、レーザービーム付きダイナマイト、いつでもあなたの心を奪うこと間違いなし《She's Killer Queen, gunpowder, explosives, dynamite with laser beams, guaranteed to steal your heart at any time》」
「オススメのお値段、飽くなき欲求、試してみたい?《Recommended price, insatiable desire, want to try it?》」
心優しき声とは裏腹に、彼女が抱えているどす黒い武器が鈍く光り、すべての敵の命を刈り取らんとばかり威圧的だ。
白と黒、善と悪、生と死、光と闇、神聖と邪悪。
それはこの世全てが幻想的で畏怖的に錯覚してしまう。
彼らはその美しさに見惚れてかつ恐ろしさに怯えていると、分厚い雲が月夜の光をさえぎって、再びレノンの姿が闇に溶け込んで消えた。
しばらくの静寂、ウォーロック以外の全員がこの場から逃げたいが、自分が狙われる恐怖に動けずにいた。
「ふっ、ふっ、ふっ……!」
ウォーロックは息をさらに荒くしている。彼は恐怖を感じている。
勝ちが決まった鬼ごっこではない。自分たちは悪魔の森、死地へと誘いこまれたのだった。
しかしまだ負けてはいない、ユミルに着けてある隷属首輪には位置を知らせる機能があり、この森を抜け出せれば勝てれる。
(どうにかしてこの森から抜け出し、そして奥様の現在地を把握して襲撃するのみ――)
ウォーロックは折れかけた心を持ち直して、どうやってこの森から抜け出す方法を考えてだす。すると空高くあがり破裂する光。
それはアレスが『首輪を外した』という、レノンに撤退の合図だとウォーロックは知らずに何かしらの攻撃かと身構える。
そしてレノンは戦地から撤退した。ウォーロック達はそのこと知るまで30分後であった。
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