46.報い
体感時間だがいくら経っても背筋に痛みが無く、ゆっくりと目を開けて振り向く、するとカイン様が自身の心臓に突き刺していた。
「ナッ――!」
俺はこの状況を飲み込めずに絶句する、カイン様は自身の心臓を突き刺した事で倒れだす。
何とか抱き寄せて声をかける。
「カイン様、カイン様! 気を確かに持ってください!」
▲▽▲▽▲▽
カインは奥深く抑え込んだ狂気が溢れ出し、意識が朦朧としていた。
何度も取り戻そうと這い上がっていた、だが今まで抱え込んでいた憎悪、嫉妬、劣情、悲嘆が勝って正気に戻れずに諦めようとした時、一人の少女が身を挺して一人の青年を守っていた。
その様子を見ているカインは呆れだす。
(何で知らない奴を守るんだ? そんなの無駄じゃないか……)
彼は少女の行動を無駄だと思い、呆れるがなぜか身体から後ろに下がらせる。
なぜ理性を失って血を求める怪物と化したのに、血を吸わないどころか躊躇していた。
カインはその行動に理解できずに混乱していた。
(何でだ? 何で躊躇する。何で心奥底から否定したがる!)
カインはその心を否定しても脳裏に流れ込む記憶にもだえ苦しむ、その記憶は自分の気持ちを偽って生きていた記憶だ。
その記憶におかしくなるくらい悲しみに満ちて、己を殺そうとした時に少女の声が響く。
『お兄様、何でアレスさんをいじめるのですか? もう無理はしないでください。お願いですから戻ってきてよ……お兄ちゃん!』
カインはその言葉を聞くと、黒いもやに出来た自分が質問する。
『お前は堕天吸血鬼として認めずに生きるか? それとも認めて血を求めさまよう異形の怪物になるのか?』
カインはその質問に躊躇する、しかし彼は少しだけ考えた。
確かに自分は堕天吸血鬼だと認めなかった、しかしレノンが恐怖に耐えて自分を兄として認めてくれた。
だから彼は黒いもやが質問の答えを言う。
「俺は堕天吸血鬼として認め、だれも襲わずに生きる。それが答えだ」
黒い靄は少し黙り込んで安心するように笑う、そして黒い靄は堕天吸血鬼としてのカインの姿になって言う。
『俺はその答えを得てとてもうれしい、だが急がないと手遅れになってしまう、だから急いでこの世界から出るぞ』
「アア、分かった」
カインはそう言って堕天吸血鬼の手を掴んで意識を取り戻していく。
▲▽▲▽▲▽
俺が何度も声をかけるとカイン様が意識を取り戻す。
「もしかして意識が戻りましたか!? 心臓を突き刺したから危なかったけど良かった……」
俺は安心すると、お嬢様は頬に涙を流しながらカイン様を強く抱く、それを見たカイン様はお嬢様の頭を優しくなでる。
「お兄ちゃん、元に戻ってよかった……!」
「俺もアレスをいじめて、レノンを悲しませて済まない」
カイン様は優しくお嬢様に謝る、それはまるで慎ましい兄弟愛だ。傍観者に近い俺もさすがに涙を流れそうだ、だがそんな中空気を読まずに隼人は二人向けて詠唱する。
『闇の根源よ。今一度、影の矢を撃ち出せ! 影の矢!』
詠唱し終えると、隼人の足元から黒い矢が生み出されて、そのまま発射する。俺は無盾を発動させて防ぐ、だが防ぎきれなかった影の矢は、カイン様が所持する生命武装紅の禍月ですべて消し飛ぶ。
カイン様はお嬢様を抱えながら状況を聞く。
「今の状況はどうだ?」
「状況は悪い方です。アイヴァンはいろいろな魔法を売っても息切れもせずに詠唱しています」
俺はあえて今の隼人の名前で状況を説明する、もしこのままアイツの名前を言うと、こんがらがってしまううちに、魔法を連射するだろう。その証拠にさっき不意打ちで魔法を放ったからな。
アイツらしいズル戦法だ。
隼人は魔法を放つ構えを取りつつ先ほどの事を小バカにする。
「さっきのくだらない兄弟愛ごっこして何が楽しいの? そいつは堕天吸血鬼なのに、奴隷級は何考えているか分からないよ」
「何考えているのか分からないのはそっちだろ? 力がない人たちをいたぶり、コケにして何が楽しいんだ?」
俺はコイツのくだらない言い分に反論する、すると隼人はムッと不機嫌になる。
「何でそこまで剥きになるんだ? そんなの無駄だろ?」
「さっきは無駄じゃない、お前はいつも自分の事を棚に上げて他人をいじめていたな。そういうところでろくな人生を送って来ただろ?」
俺は鎌をかけると隼人は俺を睨んで叫ぶ。
「バカと雑魚はホント身の程知らずだな! そんなに死にたいなら死なせてやる!」
「だったら、今までやって来たことの報いを受けさせるまでだ!」
俺も叫んで接近しようとするが、体が引き裂かれる痛みに耐えれずに、脂汗をかきながら足を崩してしまう。
いくら治癒水を飲んでも痛みを抑える事は出来ないだろう。
俺がさっきの痛みに苦しんでいると、カイン様が俺を守るように詠唱する。
『力の根源よ。今一度、大切な人を守る守りの陣を組み立て! 慈悲の守護陣!』
詠唱し終えると俺とお嬢様を包めるくらいの結界が展開する、カイン様は振り返らずに言う。
「アレス、お前の発想力であの男を倒す。お前が勝てる方法を思いつくまで時間稼ぎをする。一人じゃなく俺達を頼ってくれ」
カイン様はそう言うと隼人に接近する、隼人は腰につけている片手剣を抜いて殺陣を行う。
隼人の剣術は荒々しくも豪快で、逆にカイン様は繊細ながらも少しずつ追い詰めて、両者譲れぬ雰囲気になっている。
カイン様は少し距離を取って紅の禍月を強く握って叫ぶ。
「変化、双剣!」
叫んだと同時に紅の禍月が強く光って……二つに分裂した!?
カイン様はそれを掴むと、一気に攻撃の手を休まずに剣を振るい続ける、さすがに矢とも打ち消せれずに、斬撃を食らうだろうと思っていた。
しかし謎のバリアが守るように斬撃を防ぐ。
まさか旦那様が戦う時にする様に魔力で全身を包んでいるのか!?
俺は何とかしようと考える、拳銃で攻撃しても弾かれるだろう、〈ソードオフショットガン〉で攻撃したらカイン様も傷ついてしまう。それに徐々に息を荒くして時間は長く持たないだろう。
どうすれば良いか分からずに一つしか思いつかず、しかしこれは一か八かの運ゲーだ。
しかしこれ以外思いつけない、俺は腹を括ってお嬢様にこの作戦を伝える。
それはかなり運ゲーに近いがお嬢様の力を使えば――! 無理覚悟で頼むと彼女は承諾した。
さっそく作戦開始だ! 俺はそう思いながら〈ソードオフショットガン〉にある物を装填する。
そしてカイン様に向けて大声で合図を送る。
「カイン様、避けてください!」
カイン様は俺の声を聞いて少し頬を綻び、横に回避すると同時に俺は引き金を引く。
銃口から一つの薬莢が飛び出てくる、隼人は見下すように薬莢を切り裂く。すると薬莢から強烈な光を発して隼人は叫ぶ。
「ギャァァァ!? 目が、目が焼けるぅぅぅ!」
隼人は目を強く覆って転がる。よし、作戦成功だ!
さっき撃ったのは発光性がある石を埋めた薬莢だ。強度はとてももろい分、発光力はかなり強い代物だ、アイツが純吸血鬼なら、かなり効くだろうと思ったがまさかここまでとは……。
コイツが苦しんでいるうちにお嬢様に支えながら近づき、〈ソードオフショットガン〉を構えて質問する。
「質問するけどだれが悪いと思っているんだ?」
「た、頼む……イ、命だけは……!」
コイツは俺の質問を無視して命乞いをする。なるほどそれがお前の答えか。
そう思いながら引き金を引く、すると隼人は断末魔を上げる。
「ギャァァァァァァァァァァ!」
醜い断末魔を上げて後ろに倒れ込む。
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