ヘロスとの出会い
朝の決まった時間に起き、工場へ出勤した。そして鯨の如く鎮座する幾つもの巨大な機械を制御する人員として働いた。私が働いていた工場では機械部品を作っていたのである。そしてそれを作るための鉄を溶かすため溶かす高炉があり、それを整形するための鋳型の並列があり、それを流すためのコンベアがあり、それらを私達労働者は不調が起きないように管理、機械の操作、製品の成形、仕分けをしていた。仕事が終われば日々の疲れを癒すため娯楽街で英気を養った。安い酒場でその日の疲労を無かったことにするように酒を飲んだり、女楼に赴き一晩女を買ったりした。そんな労働者としての生活が板についてきたのは私が一五になった頃であった。こんな生活を続けていたある日、夜の酒場で私は運命的な出会いをしたのである。
品のない客、主に労働者や浮浪者が集まるような酒場で私はいつものように酒を飲んでいた。そこでは賭博、異言い争いや喧嘩は日常茶飯事で馴染みきっていた私にとってとても居心地の良い場所であった。たまに賭け事に混じり、時には顔を腫らし、そんな不健康な習慣が私の一部であった。そんな怒鳴り声や呂律の回らない歌声が鳴り響く、酒や嘔吐臭が交じるその酒場に彼はいたのだ。ふと一人だけ、なぜかこの場とは場違いな感じが、なんとなくではあるがしたのである。そしてその方向を振り向くと彼がいた。私は彼が気になってしまいたまらなくなった。アルコールに抑制された私の脳でも、彼の異質さを感じて気になるほど私の目にとって彼は不自然であった。容姿は煤に汚れて入るが淡麗で所作は飲んでいる酒が相応しくないと感じるものの上品なものであった。私はなぜ彼がここにいるのかと疑問に思った。もちろん彼も個々にいるのなら労働者に違いはないのであろうが、それにしてもあまりにも上品すぎる彼の様子はその事実と噛み合わなかった。しかし、彼をただ眺めているだけでも何も始まらない。私は酔いに任せた勢いで彼に絡むことにした。これが私とヘロスの出会いである。
私はヘロスに話しかけた。
「見ない顔だね、新入りかい」
「あ、はい。最近引っ越してきたので」
彼と話した第一印象は、非常に大人しく礼儀正しい青年であった。その様子が彼の所作に漏れ出していたのが、私は違和感捉えたモノであった。
「最近引っ越してきたとなるとどこだ。アシアン地区とか」
「まぁ、そこら辺ですね。中央通りに近いんですけどね」
「となると「無煙通り」か」
「「無煙通り」?」
「そうそう。煙臭くないから「無煙通り」。でもあそこはあそこで薬中荘があったりもするからそうでもないんだがな。はは」
初めはそんな他愛もない話から始まった。