3-15 ティエスちゃんは森域へ
「見えてきたぞ。国境線だ」
「あれが……」
開けて翌日のティエスちゃんだ。午後イチでレイフェンを発ってしばし、広大な耕作地帯を抜けて低木がまばらに分布する草原地帯を通り過ぎれば、目の前に迫るのは天を劈くばかりの高木が生い茂る森域の入り口だ。植生は全然違うけどナウシカの腐海みたいな、あるラインから向こう側が急に森になってるって感じ。
まぁこれは国境警備隊の不断の努力によるものだ。王国と森域統合府の取り決めによって、国境線は森域外縁部とされている。森の外縁が動けば自然と森域の領土も拡大するので、森の間引きは警備隊の重要な任務だ。
悪名高き侵略生命体は人間の取り決めなど知ったことかと、その生物的な本能に従って自らの領域を拡大させようと躍起だからな。おかげで国境警備隊員は他の基地の人間から林業従事者と揶揄される有様になっている。
それでいて刈りすぎると統合府と一触即発になるんすワ。いやーぜってぇ国境警備隊の指揮官にだけはなりたくねぇな。胃袋よっつある牛でも耐えられなさそう。ご勘弁ご勘弁。
「なんでそんなバカみてーな取り決めにしたんスかね」
キャビンの椅子の背をギッと鳴らして、ハンスが呆れたように言った。昨日よっぽどいい店にあたったようで、心なしかつやつやして見える。麻雀放浪記してた俺たちよりよっぽど有意義な時間を過ごせたようだ。ちなみにニアはあれだけ痛飲してたにもかかわらず朝にはケロッとした顔だった。今は警戒任務の当番なので外だ。
さて、そんなハンスの疑問も尤もではある。当時の王国の外交官がよほどチョロかったのか、ほかに思惑があったのかは知らないが、国境線をたやすく移動する可能性のあるものを基準に定めたのは非難されてしかるべき。
「おおかた、守る気なんてなかったんじゃないか。最初は」
「どゆこと?」
エルヴィン少年が椅子に逆向きに腰かけ、背もたれを抱きながら尋ねる。一応移動中の車内なんだから変な姿勢で座るのは危ないぞお前。キャリアは精密機械である強化外骨格の運搬車だからショックアブソーバーとかもいい奴使ってるけど、慣性の法則までは無視できねぇんだからな。自動車学校で見せられる事故のVTRとか見せてやりたい気分だ。まぁ、かなわぬことではあるが。
俺は車窓から覗く緑が色濃くなっていくのを眺めながら、続けた。
「そんな難しい話じゃない。当時の出来立てホヤホヤな統合府と、既に大国の地位を確固たるものとしてた王国のパワーバランスを考えれば、約定なんて反故にして押しつぶすことだって出来たろ」
「そりゃ、なんとも変じゃないっスか。王国は統合府の戦後復興にめちゃ協力してんスよ?」
「だよなぁ。まぁ俺も門外漢だからしらんけど、最初はそういう思惑もあったんじゃね? 程度の話だよ」
「意味深に始まった割には与太話で終わったなぁ」
エルヴィン少年が白けたようにぼやいた。うっせぇわ、誰がムーだ。俺は天才だが、こんな断片的な情報から本質にズバッとたどり着けるような名探偵タイプじゃないんだよ。蓄積がモノをいう科学者タイプなの、俺は。
「中隊長、ニア小隊長より通信です。前方に出迎えの姿を認む。車両1、強化外骨格3、騎馬10とのことです。なお、強化外骨格は国境警備隊の所属とのこと」
助手席側の通信士席から顔を出した整備隊員が、ニアから送られてきた通信を読み上げる。来たか。十中八九、森域統合府の水先案内人だ。国境のゲートまではまだ距離があるが、さすが記念式典というだけあって向こうも気合が入っている模様。ウチの所属の強化外骨格は国境警備隊から出した護衛だろうな。さすがに向こうさんの強化外骨格を王国内に入れるわけにもいかん。安全保障上の観点ってヤツ。
予定では国境警備隊の基地には寄らず、統合府のエスコートでそのまま出国する手筈だ。
俺はキャビンから運転室に上って、通信士の肩にポンと手を置いてから命じた。
「ん、わかった。ハラグロイゼ卿には俺から報告する。各車に通達しろ。エスコート役の誘導に従い、我々はこれより森域統合府へ入国する、とな」




