3-12 ティエスちゃんは身を清める③
「まずはこうやってな、掛け湯をする。一杯目は右肩から、二杯目は左肩から。そんで最後に……こう!」
「わー!」
なんか一人でうろちょろしてたガキに参拝の仕方をレクチャーしてるティエスちゃんだ。
こう、のタイミングで頭からざばーっと湯をかぶると、ガキはキャッキャと騒いでいた。まぁガキってのは水遊びが大好きだからな……。俺も経験ある。なんなら今でもちょうどいい水場を見かけたら飛び込みたくてうずうずしちゃうもんな。前世の前世はハリガネムシに寄生されたカマキリだったかもしれん。
ちなみに最後に頭から湯をかぶるのはふざけているわけでもなんでもなく、正当な参拝マナーだ。掛け湯は神社でいうとこの手水みたいな感じだな。湯桶に向かって傅いてやるのが本式だが、立ったままでもそこまで不作法というわけではない。ガキに手桶を渡してやると、見よう見まねでばしゃばしゃと湯をかぶっていた。おいおい周りに飛び散らさないようにな。あと、使った後の手桶はこうやって濯いでおくんだぞ。
「あんた、そういうとこ妙に面倒見がいいわよね」
「そうか? 人として当然だろ、こんくらいのことは」
「うへ。たまにマトモになるの、不気味だからやめなさいよ」
「おまえねぇ」
憎まれ口をたたくニアに言い返すのも面倒だったので、肩をすくめるにとどめる。真っ白な湯気の充満する浴室は、俺たちのくだらないお喋りや物音を混ぜ込んで反響し、どこか浮ついた非日常感を醸し出している。スパンコールのような小さく丸いタイルの敷き詰められた床や壁も、照明をマジョーラに反射させてその雰囲気を助長するのに一役買っていた。
内湯は浴槽も洗い場もそう混雑しておらず、しわしわのばあさんたちがちらほら、とろけた顔で湯に浸かっていた。あいかわらず何もうれしくない光景だ。
俺たちは特に示し合わせることなく、露天湯へ続くドアへ向かった。さっきのガキもとてとてとついてきている。
「そろそろ夏だけど、外はまだ冷えるからな。びっくりして転ぶなよ?」
「うんっ」
「お母さんかあんたは」
元気よく返事をしたガキの頭をわしゃわしゃ撫でてやっていると、ニアが少しすねたような声で言った。なんや、お前もしてほしいんか? ん? ん? ……ひどく冷たい目を向けられた。なんだよぅ。
露天湯に続くドアを開けると、初夏とはいえまだ寒い夜風が吹き込んできて震える。気化熱って奴はすごいな。ガキはさぶーい! とか言いながらキャッキャしている。子供は風の子ってのは万国共通やね。ほら浴室の温度が下がるからさっさと戸を締めなさい。
「へぇ。結構いい感じね」
「ああ。エリカの奴に話は聞いてたんだが、なかなか立派じゃねーの」
ごつごつとした大岩で組まれた湯舟は野趣にあふれ、大人が20人浸かってなお余るほどの広さがある。その岩肌を伝って湯が流れ落ちるさまはさながら滝川のようで、美観の形成に一役買っていた。
照明は植え込みの中に隠され、足元を暗闇にならない最低限の光で照らしている。そして視線を上へもっていけば――そこには満天の星空が広がっていた。
「いいか、がきんちょ。タオルは湯船に入れるなよ。こうやってたたんで、頭の上に乗せる」
「こう?」
「そうそう。そんで、湯舟に入る前にもう一回掛け湯をする。湯舟の湯をすくって……こう」
「こう!」
「オーケー、上出来だ」
ざばーと右肩から掛け湯。ガキも手桶をとって、俺に倣ってざばー。うん、ナイス掛け湯。物覚えがいいじゃないか。
「ここでまた掛け湯するんだ。王都だとそのまま入るのが一般的なのよねー」
ニアが5へぇくらいのテンションでつぶやいた。まぁ地域差って奴やね。辺境流はこうだ。郷に入っては郷に従えってね。
「湯船に入るときは、なるべくバシャバシャしないように心がけて静かにな。お星さまはうるさい奴は嫌いなんだ」
「うん!」
「はーい」
ニアまで返事をしているのは若干バカにされている感があるが、まあいい。俺は手本を見せるようにしずしずとつま先を湯船に差し入れた。いい湯加減だ。熱くもなく、温くもない。
「あつーい!」
「ちょっと熱いかもな。ま、じき慣れる。ほら、最後の仕上げだ。肩まで浸かって、100数えながらお祈りをする。お祈りの最中、空は見ちゃいけないぞ。お星さまはシャイだからな」
「シャイ?」
「恥ずかしがり屋さんってこった。お祈りしてる時はお星さまも俺らを見てくだすってるからな。そんなときに目が合っちまうと、お星さまは恥ずかしくなってどっか行っちまうんだ。だから、お祈りしてる時は目をつぶってること。わかったか?」
「わかった!」
ガキは元気よく答えた。うーん素直。なんか心まで洗濯されちゃう気分。子供っていいよなァ~。まだ自分で産む気にはならんけども。やっぱ無責任にかわいがれる他人の子が一番いいんスわ。前世もいとこのガキどもをさんざ甘やかしてやったからな。
「あんたって意外と信心深いのねー」
「そんなんじゃねーよ。雑学みたいな感じで覚えちゃっただけだ」
どこか感心した風に小声で言ってくるニアに小声で返す。その間にもガキは肩まで湯船につかって準備万端だった。なんか俺の号令を待ってる感じ。俺も肩まで浸かってから、手のひらを胸の前で合わせた。合掌である。ちなみにお祈り中の手の形については特に規定はない。ガキが数を数えるのに使っても、特別おとがめはないわけだ。
「よーし、そんじゃあ一緒に100数えるぞ。いくぞー。い~ち、に~ぃ……」
「い~ち、に~ぃ……」
貸し切り状態の露天風呂にしばし、三人のカウントだけが唱和していた。




