3-9 ティエスちゃんは遊ぶ④
「では、始めましょうか」
「へぇ、意外だな。あんたも打つのか?」
「ええ、たしなむ程度ですが」
うそこけ絶対強いゾ。虚勢を張るので精一杯なティエスちゃんだ。掌は脂汗でしとしとである。悟られないように乾かそうとして、内心舌打ちする。魔法が使えないというのは非常につらい。俺くらいのレベルになると日常のふとしたタイミングで使いまくってるからな。仕方ないので気合を入れるふりをしながらズボンで拭く。
「お相手は私アサイエルと、当カジノいちの腕利き、ボッシュが務めさせていただきます」
「へへ、ティエスさんは負けなしの玄人だとか。ひとつお手柔らかに頼みますぜ」
ボッシュという男は見た目スタッフと同じ黒服でちょっとアヒル口なとこ以外は無個性な風貌だったが、妙な凄みのようなものを感じる。これがモノホンの玄人なのか……? なんか純正九蓮宝燈を天和しそうな感じ。
「おいちゅ……ティエス、大丈夫なのかよなんかあのおっさんすげー強そうだけど」
「なぁに、問題ないさ。あいつもいってたろ? 俺は負けなしだ」
エルヴィン少年もボッシュの放つ異様な凄みに気づいたようだった。俺は盛大に虚勢を張った。ちょっとお腹痛い。
さて、確かに俺は今まで麻雀に負けたことがない。それは事実だ。ただそれは俺がすごい魔法使いだからであって、すごい雀士だからではないというのがミソ。
つまり今までは全部イカサマで勝ってきたわけやね。某漫画でもやってただろ? 麻雀牌の表面を指圧でこすり取って白一色みたいな。俺はあれを指圧でなく魔法で、白のみでなく全ての牌に施すことができるわけだ。それこそ、息をするような自然さでな。
他方、素の麻雀の腕前はというと、これが芳しくない。点数計算はできるようになったが、河をみて相手の思惑を読むとか超苦手である。もちろん牌を切るセンスも、自慢するわけじゃないがめっぽう悪い。イカサマなしで麻雀をやると、大体河の方で役ができちゃうのが俺だ。
物理的なイカサマ(積み込みとか拾いとかな)のほうも、できなくはないがそこまで巧みでもない。もっとも俺は目がいいから、相手のイカサマを見とがめることに掛けちゃ大得意だがね。
だからこういう魔法禁止空間は、俺にとって下手な魔法防御よりよっぽどたちが悪い。
じゃあなんで一般的な雀荘は魔法禁止をやらないのかというと、それには大きく二つばかりの理由がある。
まず一つはそもそも並の人間は魔法防御を突破できない、という大前提がある。俺が毎度毎度サクサク魔法を使っているせいで麻痺しているかも知れないんだが、そもそも魔法というのはこの世界の基幹テクノロジーであるくせに習得難度がバカ高いのだ。俺が6歳の時に取った認可だって、取れない奴は死ぬまで取れない。
しかも、こういうカジノに設置されてる魔法防御は大体俺たちエーテル取扱者甲種一級持ちの仕事だ。ちなみにこの資格は大学でいい成績を修めてるような奴でも余裕で落ちるようなレベル。一般人がこの魔法防御をどうこうできるはずがないのである。
まぁ俺はどうこうできるわけだが。
そして二つ目だが、そもそも魔法禁止空間を作るのが難しいという点が挙げられるだろう。
さっきも言ったが魔法はこの世界の基幹テクノロジーだ。パソコンがどうやって動いているのかという原理がわからなくてもパソコンは使える、みたいな話で、こっちの世界には魔法を使った様々な電化製品であふれている。例えば照明とか、カジノであれば全自動麻雀卓とかも、動作時には微細な魔法反応が出るのだ。
つまりそういうものから発生する微弱な魔法反応をすべてシャットアウトしないと、魔法禁止空間は作れない。でないとなんもしないのに警報が鳴り続ける部屋ができちゃうわけだな。
そんな設備を整えようとすると莫大なお金がかかるので、普通のカジノはやらないわけである。
逆を言うと、こういう金持ち向け裏カジノならやれるよねって感じ。イカサマなしのガチンコバトルをしたい奴がそんなにいるのかねぇ? あるいは――見たい奴、か?
俺たち四人は静かに張り詰めた緊張感の中、見るからに高級そうな牌をじゃらじゃらと洗牌する。心なしかマットの手触りもいい。前述のとおり機械が使えないため、VIPルームの卓は手積みだ。つまり、積み込みができる。俺は目を皿のようにして相手コンビの動きを注視した。イカサマをしている気配は……ないように見える。しかしボッシュのあの顔はなんだ? 何をにやけてる?
賽子が振られ、起家が決まった。エルヴィン少年が東家、俺が南家、アサイエルが西家、ボッシュが北家だ。東一局はエルヴィン少年の親番で粛々と始まった。始まってしまった。
配牌中も相手方をつぶさに観察するが、これといった怪しい動きはない。不可解だ。まさかマジで天運だけで勝負しようってのか? 俺の手牌を見る。びっくりするほどのカス手だった。俺は努めてポーカーフェイスを保った。
しかしまったくポーカーフェイスできてないのがこの卓に一人存在していた。エルヴィン少年である。エルヴィン少年はひどく困惑した様子で、助けを求めるような視線を俺によこしている。よほどのカス手だったのだろう。とりあえず自風牌だけとかで上がっとけとアイコンタクト。伝わったかどうかはわからんが、エルヴィン少年は小さくうなずいていた。やはり俺が見逃しただけで、何かされていた? くそ、ボッシュのにやけづらがいちいち気になる。
エルヴィン少年が、微かに震える手でツモる。そんなに緊張すんな。俺が何とかして……何とか……何とかなるかなぁこれ??
「……………」
エルヴィン少年が、固まったように長考する。いや、ホントに長考かこれ? 普通に固まってるだけじゃ……。
「……ツモった」
「えっ?」
俺がそう思い始めた矢先、エルヴィン少年は心なしか震え声で宣言した。耳を疑う俺をよそに、エルヴィン少年は静かに牌を倒す。
目を疑うような光景が、そこには広がっていた。
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「――天和。大三元、四暗刻単騎」




