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ティエスちゃんは中隊長  作者: 永多 真澄
わくわく! 入院編

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21/173

1-20 夜半、エライゾ城にて

 エライゾ領の都はなだらかな丘の上に広がっており、その最も高い場所に領城は築かれている。中世期の意匠を色濃く残したその館は石積みの4階建てで、俯瞰してみれば東西に長い扁平な形をしていた。

 領主の居所として恥ずかしくない程度の装飾こそあれ、ことさらに華美な印象を受けないその城は、なるほど質実剛健な辺境伯の居城としてこれ以上なくふさわしい雰囲気がある。

 その館の最上階、東の端に領主の執務室はあった。格子の長窓からさす光は既に月のものになっていたが、電灯に照らされた室内は煌々と明るい。

 城の主である辺境伯スゴスギル・エライゾはいかにも高級そうな木造の執務机にどっしりと構えて、うず高く集積された紙束を淡々と処理しているさなかであった。優秀な官僚が市政を回すこの時代においても、最終的に領主の判が必要な書類は多い。それでいて王国軍の基地司令官を兼ねているという立場であれば、なおさらだった。つまり今日も残業である。しばし手を止め、デスクのわきに寄せていたコーヒーを口に含むが、それもすっかり冷めてしまっていた。エライゾ卿の顔に疲労の色はない。が、それでも倦怠感のようなものはにじみ出ていたし、常日頃の彼の為人を知るものからすれば、ずいぶんと不機嫌に見えたことだろう。

 いかんな、と思う。それは彼自身も自覚的だった。両手のひらで顔面をごしごしぬぐうと、冷めたコーヒーを飲み干す。時刻は既にてっぺんを回っていて、そろそろ切り上げようか、というころあいだった。

 規則正しいノックが3回、執務室の扉を鳴らす。


「お届け物でーす。ハンコくださーい」


「ン、はいりたまえ」


 エライゾ卿は目頭を数度揉んでから、そのすっとぼけた声の主に入室の許可を出した。重い木戸を開いて入ってきたのは、若い女だった。よく確認するまでもなく、それが軍病院でティエス付になっていたあの看護士であることがわかる。もっとも今は白を基調とした病院の制服でなく、黒を基調とした、それもかなりボディラインが出るタイプの服を身にまとっているため、その印象はずいぶんと変わって見えているが。


「ミッティ、その服はどうにかならんのかな。人目を惹くのではないかね?」


「そんなへまはしませんよー。それにこの服、それなりに実用的なので。ほら、衣擦れの音とか全然しませんし―」


「そうかね?」


 苦言をさらりと流されて、エライゾ卿はあきれたように一息つく。その間に看護士――ミッティは音もたてずに執務机の前までやってきて、そこそこの厚みのあるファイルを一冊差し出した。


「これが?」


「はい。ティエス中隊長の調査報告書です」


「ふむ」


 エライゾ卿はそのファイルを取ると、パラパラと中を見分した。この世界では高等技術に当たる写真の添付された経歴書に始まり、入院中の観察記録から魔導鎖判定結果、思考盗聴の書き出しやら、とにかくティエスという個人の赤裸々な情報がすべてそこにつまびらかに記録されていた。

 その資料の中で、「異世界人の可能性」の表題が記されたものに目が留まる。些末な考察を読み飛ばして結果だけを確認するにいわく、「ティエス・イセカイジンは99%の確率で異世界人である」。


「間違いはないのだね?」


「そこは私の腕を信頼してほしいですねー」


「ふむ」


 エライゾ卿はしばし顎に手を当て黙考する。その様子を見て、ミッティが発言した。


「一応の確認ですが、この件に関してはエライゾ領内で止めてます。よろしいんですよね?」


「無論だ。情報部のほうはどうかな?」


「その辺もぬかりなくー」


「よろしい」


 ミッティは軽く返事をすると、執務机を離れて応接用のソファにだらしなく座った。とても座り心地がいい。どの角度から切り取っても領主の前でする態度ではないのだが、エライゾ卿はそれを咎めることをせず、しばし調査資料を読み込むことにつとめた。いつもの、という雰囲気があった。


「……なるほど。ミッティ」


「はーい」


 数分後。資料をあらかた読み終えたエライゾ卿はファイルから目を上げた。ソファーで爪をいじっていたミッティが呼びかけに答えるのを待って、エライゾ卿は続ける。


「継続してティエス中隊長とエルヴィン殿の監視を命ずる。転属の辞令は近々に用意させよう。やってくれるね?」


「せっかく今の職場でいい感じだったんですけどねー。これが宮仕えのつらさって奴ですか」


「お前の働きにはそれだけ期待しているということだよ」


 拒否はしないまでも文句を垂れるミッティに、エライゾ卿は優しい笑みを向けて言った。ミッティはしらけた顔をした。


「ティエス中隊長にこれほどかかずらうのが不服かね?」


「不服っていうか、不思議ではありますねー。異世界人っていうのは確かになかなか珍しいですけど、それでも五年に一人くらいは見つかります。別にこちらにブレイクスルーを起こさせるほどの知識の持ち主じゃないですしー。そりゃ、いいキャラしてますよ? わたしも結構好きです。でも、ここまでする必要あるのかなってのは思っちゃいますよー」


「フ、まあそうだな」


 エライゾ卿はそこはかとなく不満のたまっているミッティの言に肯定の意を示しながらも、だがな、と人差し指を立てた。


「アレはな、異世界人どうこうを抜きにしても優秀なのだ。いかに前世の記憶があろうと、それだけで大学の首席を争えるものではないし、強化鎧骨格で無類の戦果を挙げられるものでもない。無論そればかりではないが、純粋に手元に置いておきたいのだよ。――アリナシカの義姉にもなるわけだし」


「あー、あの人、素で素行不良ですもんねー」


「そういうことだな」


 ミッティは得心がいったように半笑いになった。要するに引き抜きの防止と不祥事の未然の発見及び抹消を求められている。特に後ろのほうは家のメンツにもかかわるわけだし。


「ヒョーイ君のほうは進捗どうです?」


「お前の部下たちが良い働きをしてくれているよ」


「そりゃよかったー。あんまりウチの子たちをいじめないでくださいよー、父上?」


「善処しよう。あと一応今は職務中であるからな、エライゾ卿と呼びなさい」


「はーい、お仕事お疲れ様です。じゃ、私はもう寝ますねー」


「うむ。――ああ、いや、待ちなさい」


 ふわぁと大あくびをしたミッティ・エライゾ――エライゾ辺境伯家の次女にしてエライゾ領軍公安課長――はソファから立ち上がり、部屋を辞そうとする。それを呼び止めたエライゾ卿は、一つだけ質問を投げかけた。


「一つ調べてほしいのだがね。向こうの言葉で「異世界人」を指す語は何であったかな?」


「ええ? なんです藪から棒に?」


 ミッティは胸元から小さな手帳を取り出すと、パラパラとめくった。持ち帰って調べるまでもない話である。5年に1度は異世界人が現れるのだから、その言語についてもそれなりにまとめられていた。無論これはそれなりのセキュリティクリアランスを持つ者しか知りえない話ではある。

 しかしミッティが取り出した手帳の表紙には大きくマル秘と書かれているが、それでいいのだろうか。エライゾ卿は訝しんだ。

 ミッティはすぐに該当するページを見つけ、読み上げ、変な顔をした。


「ええと……「イセカイジン」。あっ」


「なるほど、嫌な顔をするわけだ。ハッハッハ」


 夜更けのエライゾ城に、今日も愉快な笑い声が響く。


第1部「わくわく! 入院編」 / 完


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