5-63 カテル・ウルフマン
(――強い)
カテルがライカたちを連れて石舞台に到着したとき、既にマケンとトマスの決闘は佳境であった。拳打と剣戟の苛烈な応酬は常人であれば目にもとまらぬ速さで、それなりの武の心得があるカテルであってもすべては追い切れない。
マケンの強さについては、身に染みて知っている。それに、決勝戦で見せた迷いも今はない。まさに全力、全霊のマケン。
だからそれに対峙して遜色ない動きを見せている――それも、得物の不利がありながらも伯仲しているトマスには、驚愕を禁じ得ない。ともすれば、ティエス・イセカイジンに勝るとも劣らないほどの武芸者。
(……!)
その時、一瞬だけカテルはマケンと目が合った。カテルとわかって見たわけではないはずだ。ただ、こちらに接近してくる一団に注意を払ったら、それがカテルだったというだけ。そこに何らの意思の交感もなかったことだけは確かだろう。
しかし、その一瞬とも言えないほどの微かな間隙を、トマスは見逃さなかった。直後、まともに投げ技を食らったマケンは無様に地に転がされ、さらには四肢を射抜かれて完全に無力化される。誰が見ても、決着がついたことは明らかだった。
カテルは、ちらりと傍らのハラグロイゼをうかがう。自分たち青の武士団に命令することができる存在はライカだが、この場の決定権を持つ存在はハラグロイゼだったからだ。
ハラグロイゼは小さく肩をすくめた。マケン・ウルフマンがウィドー王の腹心と呼んでよいポストにあったことは、ハラグロイゼも当然把握している。それでもいかにも恩着せがましい態度をとるのは、政治的には正しいのだとしても、カテルはあまり好感は抱けなかった。
(……親父殿は、これでよかったのか)
とどめを見舞う直前のトマスを制止するハラグロイゼ。その姿を見ながら、カテルは悩んだ。『野生の後継者』の勝利に何ら寄与せず、こんな私闘めいた死闘でその役割を終える。ティエス・イセカイジンへの雪辱も果たせぬまま。そんな、義理も果たせない、どっちつかずの終わりで。
カテルは胸中にくすぶる複雑な思いを軽く頭を振って振り払うと、身動き一つできないマケンを見下ろせる場所にまで歩を進めた。
「……カテル、積年の忠義を捨てた不心得者よ。何をしに参った」
見下ろす父は、やけに小さく見える。
マケンは、憎々しげな声を作ってカテルをなじった。下手な三文芝居だ。ライカですら看破できるほどの。これを見破れないのは、チャドラを始めとした王城に巣食う愚か者どもくらいだろう。
それでもカテルは、その建付けを壊さぬように硬い声で返す。
「簒奪により王位をかすめ取ったウィドーに徳は無し。賢狼の正統な王統は、ここにおわすライカ様をおいてほかにない」
ライカが、意を決したようにマケンを見る。カテルは続ける。
「我ら青の武士団こそ、レイフィールの剣。この忠義は、正当なる王にのみ捧げるものなり」
カテルの宣誓にあわせて、武士団の全員がライカに跪く。カテルもまた、ライカの正面に膝をついた。
「ライカ様、下知を」
「――統合法の定める通りに」
「ハッ!!」
それはただ見せつけるための、わざとらしいほどに儀式めいた所作だった。それはトマスに、ハラグロイゼに、なによりもマケンに。青の武士団が賢狼の正統な王の下におり、また、新たな王は統合府への帰属を明確に示す。
このような混乱の渦中では大々的な発表などかなうべくもないが、少なくとも、マケンを安心させるだけの効果はあった。
カテルは立ち上がると、太刀の代わりに十手を抜いて、それをマケンに突き付けながら言った。
「マケン・ウルフマン。国家転覆幇助、要人殺害未遂で逮捕する。神妙に縛につけ……!」
「……こうも無様を晒しては、やむなしか。煮るなり焼くなり、好きにするが良い」
マケンはフンと鼻を鳴らして、どこか険の取れた顔で言った。青の武士団の構成員に安堵が広がる。ここで抵抗されれば殺すほかなかった。彼らにとって、マケンは数日前までは自分たちの棟梁であった男だ。恩のあるものも多い。事情のすべてを言い含められているとはいえ、みすみす手にかけるようなことはしたくない。手傷を追った状態ですら仕留めきれるかの不安があったというのも、団員たちの偽りない本音ではあるが。
武士団のうち二人がかりでマケンを武装解除し、てきぱきと縄を掛けていく。あっという間にマケンは拘束されてしまった。鮮やかなものだ。普段から領内の警察業務を担う青の武士団では捕縄術にも精通している。
「よし、護送するぞ! ライカ様、お見苦しいこととは承知ですが――」
「問題ない。同道を許す」
「ハッ!」
いちいち傅かれて、ライカは微妙な表情を浮かべた。つい昨日までは、自分が姫に傅く立場だったのだから、この状況はどうしても慣れない。それでも、慣れるしかないことは承知していたから、せめて堂々とカテルの言葉に応えた。
『……ふん! 所詮は犬ころ風情、やはり役には立たんようだな!』
移動の準備を整え、さあ出発となる矢先。石舞台に声が響いた。青の武士団とSPが即座に護衛対象を固める。しかし、表情は硬い。なぜならその声は、明らかに。
「その声、チャドラ・コンカチネートか!」
カテルが犬歯をむき出しにして叫ぶ。その視線の先には、群青の強化鎧骨格が一機、忽然と姿を現していた。ウィドー王の乗騎によく似た意匠だが、サイズは一般の強化鎧骨格と同等。それでも、生身で相手取るには過剰なまでの戦力差がある。
『フン、汚い口で我が高貴なる名を呼ぶでないわ。家名に瑕がつくというもの』
群青の強化鎧骨格は嘲るような口調でそう言うと、手にした杖を一団に向けた。カテルは即座に撤退の判断を下す。しかし。
『無様に逃げるか、負け犬めらが! くっくくく、喜ぶが良いマケン・ウルフマン。貴様の失態を見込んで、王がわしを後詰で残したのだ。この『ヤーラ・レイアーク』を下賜なさってまでな!』
スピーカーから聞こえてくる声は、愉悦に歪んでいた。目の上のたん瘤を手ずから始末できることが、この上なく嬉しいとでも言いたげな、他人の神経を逆なでするあざけりの声。
カテルはもう、一切の問答を放棄して、退却だけに全神経を集中させる。このような雑な展開で、ライカを失うわけにはいかなかった。
しかし無情にも、杖の先端にはエネルギーが充填されて――
『王の覇道のため、目障りななライカともども、蒸発して死ぬがよい! ククク、はは、はーっはっはっは――――ヌゥォ!?』
高笑いが響く中、引鉄が引かれんとするその刹那。横合いから飛び込んできた白い強化鎧骨格――バイパーⅢの渾身のドロップキックが、ヤーラ・レイアークを吹っ飛ばした。




