5-51 封鎖線突破①
『うひょー、すげぇ。見てくださいよニア小隊長。あれ、中隊長っスよね?』
『――ほんと、もう少し静かにできないのかしらね、あいつ』
背後で轟いた爆音と噴煙に、車列の右側面を警護していたハンス機が快哉を上げた。同じく警戒に当たっていたニア・テッテンドットは、厳重に外界から遮蔽されているはずのコクピットブロックにまで漏れ聞こえてくる轟音に、フンと鼻を鳴らす。
噴煙の先、仰ぎ見た青い空には、すでに爆音の発生源であるティエスのアマツカゼの姿はない。青いキャンバスにひとすじの飛行機雲だけを残して、既に強化鎧骨格の望遠カメラでも捉えられないほど遠くに飛んで行ってしまった。
『人間が乗るマシーンが出していい速度じゃないわね、あれは』
『でも、いっぺんくらいは乗ってみたくないっスか?』
『私はパス。ごめんだわ』
『ガンズ5、ガンズ7。作戦行動中の私語は慎むように』
ニアが器用に上記の肩をすくめてみせると、さすがに見かねたガンズ2――ピーター・フック小隊長がそれを窘めた。ピーターは車列の最後尾、しんがりについているから、浮足立った様子の二名の動きがよく見えていた。
『了解! もーしわけありません!』
ハンスが強化鎧骨格で敬礼をして見せる。強化鎧骨格の柔軟な操縦システムに掛かれば、そういった戦闘とは直接関係ない動作も自在に行うことができる。習熟すれば、人間よりも人間らしく動くことだって出来るだろう。
ピーターはそれを見て、マイクも拾わないほどの小さなため息をついた。
『そうきつくやるつもりはないが、自分は中隊長ほどやさしくはないということだけは覚えておくように』
『了解です、ガンズ2。……あいつの下にいると、ついここが軍隊だってこと忘れそうになっちゃうのよね』
ニアが応える。後ろの呟きこそ余計であったが、ピーターはそれを指摘することはしなかった。強化鎧骨格を用いた戦闘は達者でも、戦争という状況は初めてな二人のガス抜きは必要だったし、ことさら口うるさくすれば隊の士気も下がる。部隊のコンディション維持は隊長として、ともすれば純粋な戦闘力よりも重要な仕事だ。
(まったく、面倒ごとはすべて自分に押し付けるのだから……)
ピーターは状況が開始されて数分も経たないうちに、こんな面倒な役回りを押し付けてきたティエスに対して胸中で恨み言を吐いた。とはいえ、そんなシリアスなものでもない。その証拠に、ピーターの口の端はわずかに上がっていた。惚れた弱みというやつだ。
現在。スプリガンズの本隊は、陣地の移動のため資材と非戦闘員を満載した5台のキャリア・ビークルを護衛しながら、統合府庁舎にほど近い統合軍基地を目指して移動中である。
統合府の目抜き通りは予め、親善試合の優勝者によるパレードのために交通規制がされており、一団は渋滞に巻き込まれるでもなく順調に歩を進めていた。
沿道の人々は王国軍の一団を物珍しそうに見物していたり、先ほどの轟音に驚いて騒然としていたりこそすれ、そこまで目立った混乱はないように見える。
闘技場に背を向ける方向へ移動していることもあり、『野生の後継者』の決起とそれに付随する騒動は、未だ民衆に伝達しきっていないらしかった。通信技術が未発達であったことが、今回はプラスに働いている。
(このまま平穏無事に、とは思わないが――)
ピーターは時折手を振ってくる民衆に手を振り返したりしつつも、一切の油断なく警戒を続けた。闘技場から遠ざかるに従い、民衆の数はまばらになっていく。事が起こった際に踏みつぶす心配をしなくていいのはずいぶん気が楽だ。
『そこの一団!』
やがて車列が大通りのラウンドアバウトに差し掛かった時である。スピーカー越しのがなり声が街に響き、先頭を固めているガンズ4――エーリカ・テッペ小隊長が全車停止のハンドサインを出した。一気に緊張が高まる。
前方。一個小隊規模(6機)の強化鎧骨格が、こちらのゆく手を阻むように立ちふさがっていた。声はそのうちの一機、やたらに華美な装飾の施された機体から響いている。紋章は……小猫人。
『こちらは森域統合軍黄金騎士団である。所属不明の集団に告げる。直ちに停止し、武装解除せよ!』
その居丈高な声音に、エーリカの機がちらりとピーター機を見た。ついに来たか。ピーターは小さく頷いてから、外部スピーカーのスイッチを入れた。
『こちらはフェンヴェール王国陸軍特殊作戦隊『スプリガンズ』だ。統合府からの許しは出ている。照会されたし』
さて、どう出るか。ピーターは粛々と述べてから、これですんなり話が通るとは微塵も思えなかった。黄金騎士団はティエスが1回戦でけちょんけちょんにした相手である。『野生の後継者』に与していなかったとしても、話がこじれる予感しかしなかった。
『照会の必要はない! 王国人にはかる便宜などあるものか。即刻武装解除せよ。武装解除命令に応じない場合は、強制執行も辞さない』
黄金騎士団の隊長機が嘲りと侮蔑を含んだ声でそう言うと、それに呼応するようにビルの陰から、次々と強化鎧骨格が顔を出した。ひぃふぅみぃ……3個小隊規模、といったところか。ピーターは冷静に状況を観察した。相手は敵意を隠そうとしていないが、それでも『野生の後継者』に与しているという決定的な物証は何も出していない。
ニアやハンスあたりが暴走しなければいいが……。ちらりと確認するが、今は抑えてくれているようだ。杖を向けるようなことはしないでくれている。
『断る。重ねて言うが、こちらは統合府からの正式な依頼により行動している。すぐに照会されたし。……それとも、何か照会できない理由がおありか?』
『照会は不要といっている。――再三の武装解除命令に応じなかったため、これより強制執行を開始する! 不服あらば、あの世でエンマにでも申し立てるが良い!』
黄金騎士団の18機が、一斉に抜刀する。それと同時に、足元の民衆がばさりと自身の衣服をはぎ取り始めた。その下から現れたのは、無機質でつるりとしたフォルム——エヴィロンスだ。
『ずいぶん雑に尻尾を出したな。これだけの多勢で囲めば、勝てると踏んだか。まったく、猫に小判とはまさにこのこと!』
『喋るな、王国人め! ——野生の復権を!!』
ティエスを真似て、ピーターが嗤う。激昂した敵隊長機が、手にした剣を指揮棒がわりに振り下ろす。戦いの火ぶたが切られた。
スプリガンズ各機がそれぞれの得物を構える。エーリカの部下、国境守備隊の装備するチェーンソーのモーター音が激しく響き渡るさなか、それに負けぬほどの大声で、ピーターは状況を決定的に動かすための号令を発した。
『全機、兵器使用自由! キャリア・ビークルの盾になりつつ敵中突破するぞ!』
『『了解!』』
『――押し通る!!!』
『『応!!!』』




