5-42 決勝戦、決着
青天の霹靂とは、つまり雷のことである。
雨雲の一切ない晴天に、突然稲妻がとどろく様から、「思いもよらない出来事が突然起こること」を指した慣用句。
しかし、今。闘技場を揺るがした雷鳴は、慣用句とするにはいささかばかり、破壊力があった。
「う、お、お、おぉぉぁーッ!』
裂帛の気合が闘技場を切り裂いた。
湿ったような嫌なにおいの漂う闘技場で、どよめきすらも忘れていた観客たちが、みな、弾かれるようにその声の発生源を追う。
いた。地に倒れ伏し、まさに終わりを待つばかりだったテンチュイオンⅡTS。両腕をもがれたその巨人が、頭だけで立っていた。あまつさえ、その状態から両足を振り回しながら回転しだしたのだから、一瞬、観客たちは何が起こっているのか、という思考を放棄した。
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(効果あり……!)
上腕部に仕込まれていた「雷の矢」による完璧な不意打ちが決まったのは、ハナッパシラにとっては千載一遇の好機だった。威力と指向性を極限まで落とす代わりに、光量と効果範囲を限界まで拡大させるよう調整した「雷の矢」は、もはや矢ではなく幕だ。その幕がマケンの視界とイヌガミマルの電装系を一時的に焼いている、この一瞬のみが、ハナッパシラに残された最後の踏ん張りどころだった。
(負 け ら れ る か ! !)
トリガーを二つ同時に弾く。両足に仕込まれたチェーンソーキックが唸りを上げて高速回転を始めた。これを石舞台に押し付けてやって、キックバックを意図的に起こしてやれば、それは瞬間的な推進力となる。制御下に置けなければそのままきりもみして死ぬだけだが、窮地を脱するにはこれしかないと、ハナッパシラは半ば確信めいて断行する。
足の角度を数度傾けて、石舞台へソーチェーンを接触させる。火花を散らして深々と刻まれたわだち。数トンもの重量を持つ強化鎧骨格が、中空へ軽々と投げ出されるほどの反作用を、テンチュイオンⅡTSの法外なパワーで無理やり制御下に置く。すると機体は倒立した状態で、頭部を支点に高速回転を始めた。
ブレイクダンスで言うところのヘッドスピン。はたまた、この場にティエスが居れば、きっとこう例えただろう。
「竜 巻 旋 風 脚 ! !』
ハナッパシラが叫ぶ。かつて、訓練のさなかにティエスが魅せた技の名を。実用性皆無の魅せ技と笑っていた技の名を。
回転刃が唸る。頭部ユニットが自重に負けて、ひしゃげる音がする。光画盤の何枚かがブラックアウトする。それでも。
マケンは動けない。犬人の身体構造上、強い光には特に敏感だったのもいけなかった。
イヌガミマルの回復だけは早かった。純正機ベースであることが奏功した。だからまだ回復しきらぬ視界の中で、機体は動くのだからと大太刀を振り下ろしたのは、もはや意地のなせる業だ。
しかし、そこまでだった。
ハナッパシラの振りまわしたチェーンソーキックがマケンの振り下した大太刀と接触した瞬間、大太刀は回転の二乗にいともあっさりと巻き込まれて、次の瞬間宙を舞う。回転しながら放物線を描く大太刀が石舞台に突き刺さるより先に、チェーンソーキックがイヌガミマルの腰部に深々と突き刺さった。
「う、お、おぉぉぉーっ!」
衝突の衝撃で、支点である頭部ユニットが完全にひしゃげた。光画盤の8割が光を失う。それでも、三半規管に甚大なダメージを受けながらも、ハナッパシラが叫んだ。
破滅的な、まさに破滅的としか表現できない破砕音が響く。
それはイヌガミマルの堅牢な一次装甲を食い破り、二次装甲をずたずたにして、装甲内部に脈打つ人工筋肉を断裂させ、上半身と下半身を支えるフレームを削り取り、それにあきたらず、同じ工程を逆順に踏んで、腰の反対側から機外へ出た。
チェーンソーキックを振りぬいて、テンチュイオンⅡTSは回転をやめた。石舞台にソーチェーンを食いこませ、制動の慣性を利用して膝立ちの状態で静止する。
イヌガミマルの腹からは断線したケーブル類とオイルがさながら血肉のように飛沫いて――。やがて、下半身と泣き別れした上半身が、ゆっくりと傾いだ。
ずぅんと重い音を立てて、イヌガミマルの上半身が地に墜ちる。宙を舞っていた大太刀が石舞台に深々と突き刺さり、それを最後に、闘技場からは一切の音が消えた。
たった数秒前までの激戦すら嘘であったかのような、凪。水を打ったように静かになった闘技場の中で、ばさりと、フラッグが上がる音だけがやけに大きく響く。
『―――そこまで』
審判役の強化鎧骨格が、静かに、厳かに告げる。旗色は――。
『勝者、森域統合軍青の武士団――マケン・ウルフマン』
旗色は、青色。フェンヴェール王国を示す金ではなく。
『フェンヴェール王国軍、ティエス・イセカイジン。大会規定違反により、失格』
『………………は?????』
「え、それはどういう――あっ」
倒れ伏したイヌガミマルから、マケンの困惑しきった声が聞こえる。
いまだ辛うじて立つテンチュイオンⅡTSから、ハナッパシラの疑問の声が聞こえる。そう、ハナッパシラの。ジャスティン謹製の変声装置は、頭部ユニットの中に格納されていて――今や、見る影もなく損壊している。
『大会期間中の選手の交代は、認められていない』
審判の無慈悲な宣告が、闘技場に響く。一拍遅れて轟いたのは、状況を理解した観客たちからの、超ド級のブーイングの嵐だった。
……ちなみにこれは完全な余談だが、倒立して回転しながら襲撃を放つ技はスピニングバードキックであり、竜巻旋風脚ではない。ティエスのにわか知識による覚え違いであるが、ハナッパシラは知りようもないことだ。




