5-40 後手
純白の腕が中空に舞う。鉄が鉄を引き裂いたにしては、あまりに澄んだ音が、きぃんと後を追った。
(――ッ!?)
ハナッパシラが瞠目する。自機の腕が飛ぶさまを見て、はじめて何が起きたかを理解した。
十歩の距離が、一瞬でゼロに詰まっていた。まさに縮地としか言いようのない踏み込み。大太刀を逆袈裟に振り上げるマケンの蒼い強化鎧骨格の姿。
(さすが、疾い――……!)
胴を狙った逆袈裟に、腕の2本だけで済んだのは、ほぼ無意識に機体を半歩引き、大上段の構えから大太刀による迎撃をしていたからだ。マケンの動きを、ハナッパシラは確かに見ていた。それが脳に伝わるより先に、体が動いたのだ。思考を介さない、まさに反射的な動き。
しかし隔絶した剣技の差は埋められず、ハナッパシラの振り下しを児戯とばかりにすり抜けたマケンの剣が、テンチュイオンⅡTSの両腕をぬるりと断ち切ったのだ。
純白の腕が中空に舞う。放物線を描いて、くるくるときりもみをして。制御を離れた腕に握られていた大太刀が零れ落ちて、腕に先んじて石舞台に突き刺さる。その間にも状況は動く。
(ッ!!)
返す刀が閃く。袈裟懸けの一撃。辛くも前方に滑りこむように転がって避ける。行きがけの駄賃に足払いを掛けるが、マケンはこれを器用に跳んで避けた。
(こなくそっ!)
両腕の肘より先を失ったテンチュイオンⅡTSでは、倒れ込んでしまえば亀になる。しかしハナッパシラは転倒時の慣性と体のばねを総動員して、パワーにあかせてヘッドスプリングの要領で跳ね起きる。並の強化鎧骨格ではできない芸当も、徹底的にチューンアップされ、出力が通常機から145%アップしているテンチュイオンⅡTSなら可能だった。機体フレームが軋みを上げ、コクピット内のハナッパシラを絶大な慣性が襲うが、そこは気合と根性でカバーできる領分だ。
そしてそれを耐え抜いた褒美とばかりに、今目の前にはマケンの蒼い強化鎧骨格の背中がある。急激な重力加速度に三半規管をシェイクされながらも、判断力を手放してはいない。
(こいつは、知らないだろう――ッ!!)
マケン機の背後をとったハナッパシラは、そのがら空きの背中に蹴撃を放つ。それに合わせてトリガーを弾くと、脛の装甲の一部が弾け飛ぶように展開し、露出したフレームとそれに組み込まれた回転刃が高速回転を始めた。
国境守備隊が装備しているチェーンソーを参考に開発された、名付けてチェーンソーキック。
凶悪な鋸刃がぎらつくソーチェーンを高速回転させ、強化鎧骨格の体重を支える脚力でぶつければ、大体のものは致死のダメージを追う。それが例え、鋼鉄と高強度樹脂で身を固めた人造の巨人であっても。
破砕音が響く。しかしマケンの蒼い強化鎧骨格は……。
(無傷!!? 投擲した? 小太刀を!?)
しかしインパクトの直前、後ろ手に投擲された小太刀が高速回転刃に衝突して火花を散らした。まさに神速の抜き打ち。小太刀の鋭利な白刃は一瞬でボロボロに削り取られ、砕ける。しかしその衝撃で蹴りの終端速度は著しく減少し、マケンは身を翻して距離をとるだけの時間を作った。テンチュイオンⅡTSの蹴りは空を切る。
(強い、あまりにも……ッ!)
ハナッパシラが舌を巻く。しかし呆けている時間は微塵もない。一瞬で反転したマケンの蒼い強化鎧骨格は、蹴りぬいた無防備な姿勢のテンチュイオンⅡTSに対して水平に白刃を薙いだ。
(間に合う!!)
ハナッパシラは蹴りぬいた姿勢から、出力に任せてテンチュイオンⅡTSを振り回す。果たしてそれは――間に合った。
水平切りを引き戻したチェーンソーキックで受ける。大太刀とソーチェーンが接触し、盛大な火花が飛び散った。このまま大太刀を破壊すれば、というハナッパシラ薄い希望は、しかしかなわない。肉厚の刃は毀れこそすれ、しかし小太刀のように砕けることはない。
剣気が増す。峰に手を添え、マケンはチェーンソーごとテンチュイオンⅡTSの主脚をへし切らんと力を込めた。
(っ、バランサーが!?)
そもそもテンチュイオンⅡTSは一本足で機体を支えている状態で、そもそも踏ん張りがきかない。無理な姿勢で大太刀を受けたことも災いした。コクピット内に転倒警告が鳴り響く。機体がゆらりと傾ぐ。
あるいはこれを狙ったのか。マケンの蒼い強化鎧骨格はその隙を見逃さず、大太刀を膂力の限り振りぬいた。刃がダメになることもいとわずに。
弾き飛ばされる形になったテンチュイオンⅡTSはたまらず、けんけんとたたらを踏む。防御に回していた脚を接地させるが、時すでに遅く。大地とのグリップを失った足が跳ね上がって、ついにどうと仰向けに倒れ込んだ。石舞台がずしんと揺れる。
「ッッ、カハッ……!?』
視界が空の青に染まる。背に強い衝撃を受けて、ハナッパシラの目に星が飛ぶ。肺にため込んでいた空気を根こそぎ吐き出す羽目になった。試合が始まってこれまで、ひと呼吸のうちの出来事である。
ずいぶん長く滞空していた真白い腕が、がらんとあっけない音を立てて石舞台に落ちた。
光画盤に映る一面の青空に、空の色を更に濃縮したような巨躯がぬっと影を差す。それは死に体のテンチュイオンⅡTSにとどめを刺すように、陽光を白くきらきらときらめかせる太刀を静かに振り上げて。
(……ッ、まだ、まだだ……まだ僕は!)
ハナッパシラはそれに、半ば無意識に肘から先を失った腕を上げることしかできず。そして――。
青天の霹靂が、轟いた。




