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ティエスちゃんは中隊長  作者: 永多 真澄
とべとべ! 森域動乱編

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178/208

5-38 先手

 あの日。あの決闘の日。ティエス・イセカイジンという女が、相当に手加減をしていたのだということをこの日、決勝戦の盤上でハナッパシラは知った。


(参ったな、動けない)


 旗が落ちてから数秒。ハナッパシラの駆るテンチュイオンⅡTSは、大太刀を大上段に構えたまま、まんじりともせず静止している。そのカメラ・アイが見つめる先、青い甲冑の鎧武者めいたマケンの強化鎧骨格は、鞘払った大太刀を下段に構えたまま、やはり動かない。そのほとんど自然体といえる佇まいはしかし、ハナッパシラの機先をことごとく殺していた。

 ハナッパシラは、フェンヴェール王国エライゾ領の筆頭武家、イキリマクッテンネン家の嫡男である。その生まれ故から、彼は幼少より武芸百般に通じるよう、武家としての英才教育を一身に受けてきた。だからわかる。彼は剣術チョットデキルから、わかってしまう。

 いま、迂闊に……それこそ、構えた剣先を数センチでも動かそうものなら、次の瞬間、自分は死ぬ。胴を両断され、あっけなく地に伏すことになる。


 信じがたいことだが、審判の旗が落ちた瞬間から、石舞台のすべてはマケンの殺し間となった。


 思えば、あの日。あの決闘の日。ティエス・イセカイジンがどれほど手を抜いてくれていたのかがわかってしまう。ほんとうに、胸を貸してくれていただけだったということがわかってしまう。あの時、自分は動けた。彼女に一太刀入れるヴィジョンが見えた。ただの一度も剣は届かなかったが、それでも挑みかかることだけはできた。

 だが、今はどうだ?


 ……困った。まったく動けない。

 

 道筋を考える。脳をフル回転させ、高速で未来をシミュレートする。しかしどんなルートを辿っても、3手。3手で必ず詰む。終わってしまう。

 このマケンという老犬(おとこ)は、これで純粋な実力ではティエスには及ばないという。ほかならぬティエスの言だ。

 彼女は本当にいい加減で、ちゃらんぽらんで、不真面目で、ふしだらだが、それでも戦いにかけては誠実だった。

 己の実力をクレバーに評価し、相手の戦力を正確にはかったうえで、決してフカさない。その性格と口調にうっかり騙されそうになるが、ティエスの彼我評価は何よりも信頼できる。少なくとも、ハナッパシラはそう確信している。

 そのマケンに、ティエスが自分未満だと評した、そんなマケンに。きっと、自分は手も足も出ずにやられてしまうのだろう。

 脳の回転が緩まる。未来が霞んで、今にも消えてしまいそうだ。

 それでも。


 ――ああ、遠いな。追えば追うほどに届かなくなる。


 ハナッパシラは覚えず張っていた肩肘から、努めて力を抜いた。諦観からの虚脱ではない。決して。それはひとえに、前に進まんがための。

 操縦桿を握りなおす。すでに掌は汗でじっとりと濡れていた。


 マケンは動かない。舐められているのか。いや、これは量っているのだ。栄えあるこの大一番に、無粋にも寄こした代役(じぶん)のことを。そんな筋合いは何一つないというのに、ハナッパシラは無性にむかっ腹が立つのを感じた。

 いっそおちょくってやろうか。例えばこの構えた大太刀を、おもむろに揺らしてみたりして。きっとティエスならそうするだろう。必ずする。今月分の給料を賭けたって良い。

 そうしたって己の勝利は揺るがないと、そう確信した格下相手には舐め腐ったムーブをかます。ハナッパシラですら眉を顰めたくなる悪癖だ。性根が小悪党なのである。それで高確率でピンチを呼び込んで、窮地に立たされて、にっちもさっちもいかなくなって……それなのに結局最後はどうにかしてしまうのが、あの女のよくないところだ。

 そんなだから、例えばマケン・ウルフマンであるとか、ガメッツィーゼ・ガメッツィーであるとか、ドンカッツ・イベリコであるとか、カッチ・カチカチカであるとか、自分――ハナッパシラ・イキリマクッテンネンであるとかを、憧れの火で焼き尽くして、どうしようもなくしてしまうのだ。まったく、ほんとうに。


『心配すんな、お前ならできるさ。ズニノール卿のお子様だからじゃないぜ。あの決闘の時、俺に立ち向かってきたガッツがありゃ、何とかなる。俺が保証してやるよ』


 ティエス・イセカイジンは。あの(ヒト)は。そう言って、このハナッパシラ・イキリマクッテンネンの肩を叩いたのだ。


(なら、諦めている暇はないか)


 結んだ口許が、僅かに上がる。

 頭を回せ。グルグル回せ。せめて4手、せめて5手。可能性を探れ、か細い糸の、その突端を掴め。引き寄せろ。


 石舞台の空気が、どんどん張りつめていく。引き絞られた弓の弦のように。いつ弾けてもおかしくないほどに。はたまた、触れれば切れる刃のように。研ぎ澄まされていく。

 試合の動きのなさに不満を垂れていた観客たちですらも、その異様な圧におされて固唾を呑んでいる。闘技場全体が、凪いだ。


 一触即発。


 マケンの強化鎧骨格が、その足裏が。石舞台を擦るズリ、という音が、バカに大きく闘技場に響いて。



 次の瞬間、純白の腕が宙を舞った。

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