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ティエスちゃんは中隊長  作者: 永多 真澄
とべとべ! 森域動乱編

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5-1 ティエスちゃんは太公望

 「うん、なかなかのロケーションじゃねーの」


 んむ~~~っ! 大きく背伸びするティエスちゃんだ。現在バカンス中。

 準決勝から開けて翌日。決勝までは三日の準備期間があるらしく、また姫のほうもホテルに缶詰めだから護衛もライカとオティカで十分。ハラグロイゼ卿と隊のみんなからも羽を伸ばして来いと背を押され、そういう経緯で奇跡的に発生した寸暇を楽しむべく、俺は森域最大の湖である「レイフィールの井戸」にやってきていた。

 この湖は賢狼人(レイフィール)の名を冠しているものの、特に賢狼人が管理しているというわけではないらしい。場所も統合府にほど近く、賢狼人が本拠としている森域中央部からは遠い。

 とはいえ森域全体の水資源を賄う貴重な水源地であることは確かで、井戸、というのはあながち的外れでもないようだ。

 ちなみに森域の地理を語る上で厄介なのが、「森域の中心」というワードだ。一般的な日常会話で森域の中心がどうの、という話が出た時、それは統合府のことを指すのだが、地理的にみると統合府はかなり王国に近い森域の外縁部にあることがわかる。

 では地理的な森域の中心には何があるかというと、先述した通り賢狼人の本拠がある。統合府からはかなり遠く、また手つかずの原生林が自然の要害となり攻めるに難い。クーデターが始まればこちらから逆侵攻をかける必要も出てくるわけで、ちょっと頭が痛い問題だ。どうすっぺかな。


「っと、いけねぇいけねぇ。せっかくの休みにまで仕事のことを考えるなんざバカのやるこった」


「社会人は大変だなぁ」


 連れてきたエルヴィン少年が、どっこらせとクーラーボックスを地面に置いて額の汗をぬぐった。

 エルヴィン少年は見た目こそさほど変わっていないが、この1か月と少しの訓練はしっかりと身になっているらしく、重たいクーラーを担いで歩いても額に汗かく程度で済むくらいには体力が付いた。うんうん、若者の成長っていいもんですね。


「……なんだよその気持ちわりぃ目は」


「いやぁ。がんばっててえらいなって」


「アンタがやらせてんだろ、ったく」


 言葉では毒づいて見せるものの、照れくさそうに顔をそらしたのおねーさんちゃんと見てるかんね。

 俺も担いできた荷物を湖畔におろし、ひとまず目の前に広がる雄大なパノラマを堪能することにした。なみなみと清水をたたえた湖面は、さざ波が立つたびに陽光をきらきらと反射して眩しい。なるほど、森域の水事情を一手に担う貯水量というのは誇張でもなんでもないらしく、見渡す限りが巨大な水面だ。琵琶湖よりもデカいんじゃないかな。琵琶湖見たことないけど。


「いい景色だなぁ、少年」


「それは……確かにな」


「天気もいい。ピーカンだ」


「ちゃんと帽子被っとけよ。決勝前に熱中症になったら、ハラグロイゼのおっさんに何言われるかわかんないぜ」


「お母さんかオメーは。……あとハラグロイゼ卿はまだお若いんだから、おっさんはやめて差し上げろ」


 俺はキャップのつばをくいと上げ、位置を整える。グラサン越しにも太陽がまぶしいぜ。麦わら帽子をかぶったエルヴィン少年が、クーラーからスポドリを取り出して渡してくる。本当にできたガキだなコイツ。ありがたく頂くことにする。

 俺は降ろした荷物の中から折り畳み椅子を二脚取り出すと手早く組み立て、湖畔の岸壁に据えた。ちなみにこれは軍の備品を勝手に持ち出したものなので、厳密には横領になる。バレなきゃええねんバレなきゃ。


「ぜってぇ手痛いしっぺ返し食らうぞそれ」


 エルヴィン少年がなんか言っているが、俺は大人なので華麗にスルーだ。そんなん言うなら座らしてやんねーぞ。


「かてぇことは言いっこなしだぜ少年。クーラーに釣り餌はいってたろ、取ってくれ」


「ハイハイ」


 エルヴィン少年がおっかなびっくりといった手つきでパック詰めされたイソメ(のような生物)を手渡してくる。都会っ子め、男の子が虫を怖がっててどうするよ。

 仕掛けを組み立てながら、俺はエルヴィン少年に尋ねた。


「少年は釣り、はじめてか?」


「……まあ。中隊長は?」


前世(むかし)はよくやったが、最近はとんとご無沙汰だったな」


 今世だとあんまりでかい水場に縁がなかったからな。川魚なんかは基本手づかみか罠だったし。こうやってちゃんと釣り竿を使ってやる魚とりはだいぶ久しぶりだ。だもんで私物の竿なんて持ってないから、竿は湖の管理小屋みたいなとこで貸し出してたやつを使う。レジャーフィッシングが普通に根付いてるんだよなこの世界。


「っし、出来たぞ。あとはこいつをちょん切って、針にかける。少年もやってみ」


「うげぇ~……」


 エルヴィン少年は環形動物を千切るのにだいぶ抵抗があるようだ。情けねぇなあ。ま、こういうのは慣れだよ慣れ。手本とばかりに餌を貼りにつけると、自分のもやってほしそうな眼をこちらに向けてくる。ダメダメ、こういうのは自分でできるようにならねぇとダメなんだよ最初だけだからな?


「投げ方はわかるか?」


「ぜんぜんわかんねー」


「じゃあ見てな。まずこのリールについてるストッパーみたいのを外すだろ。んで、糸を指で押さえて、ヒョイッと投げ落とす。やってみな」


「遠くまで投げるんじゃねーの?」


「そういうのは慣れてからだな。まずはこのやり方でできるようになってからにしとけ」


「りょーかい」


 エルヴィン少年は言われたとおりに、ポチャンと針を落とした。うんうん、なかなか筋がイイじゃないの。


「これからどうすんの?」


「特にすることはねーな。ひたすら待つ」


「えぇー、暇じゃねぇ?」


「暇を楽しむのも釣りなんだよ。……ん?」


 俺がしたり顔で講釈を垂れていると、落とした針の先に何かがちょんちょんと触れる感触があった。さっそくだ。


「きたきたきた」


「えっ、もうかかったの!?」


「今は啄んでる感じだな。ここであせったらいけねぇ。慎重に待って、食らいついたところで……掛ける!!」


 グッと確かな感触。糸がぴぃんと這って、竿が一気に重くなる。おいおい、こいつはデカいぞ!


「こいつはめちゃくちゃ大物かもしれねぇ……! 喜べエルヴィン、今日は魚尽くしだぜぇ!」


「中隊長って魚捌けんの?」


「あたぼーよ。こちとら6つの頃から自炊してんだぞ。……ってかこいつマジで重いな、まさか湖のヌシでも掛けたか!?」


「ヌシ! そんなんいんの!?」


「いや聞いたことはねぇけど、それくらい重いってことだよウオオ!」


 引きずり込まれそうになる。竿がえげつないしなり方をして、糸もはち切れそうなくらいにビンビンだ。このままじゃ、道具がもたねぇ! 俺は身体強化のちょっとした応用で釣り竿と糸の強度をブーストした。もちろん剛性だけじゃなく靭性だって増強している。硬くし過ぎて折れる、なんてへまはやらねぇぜ。


「……っ!」


 一瞬、魚が怯んだ。泳ぎ回る勢いが、一瞬だけ落ちる。俺はここぞと糸を巻き上げた。水面に上がってくる。デカい、デカすぎる! まるで人間くらいはある魚影が浮かび上がってくる!

 最後の踏ん張りどころだ。俺は渾身の力で、竿を振り上げた!


「フィィィィィィィッシュ!!!!!」


「ぐわーーーーーーーーー!!!」


 俺の快哉と、誰かの悲鳴が唱和した。うん? 悲鳴???

 次の瞬間、耳をつんざくようなホイッスルが鳴り響く。


「こらぁーーーー! 何をしとるかぁーーー!」


 すっ飛んできたのは犬のおまわりさんだった。かわいいね。犬人の警官である。お勤めご苦労様です。何か事件だろうか。

 そう思っている間に犬のおまわりさんはずいずいと距離を詰めてきて、しまいには俺の両手に手錠をかけた。


「確保ォーーーーーーーーー!!!」


「えぇーーーーーーー!?!?!?!?!?」


「ぐわーーーーーー!!!」


 俺が驚いて竿を取り落とすと、何かが岸壁にべちゃりと落ちた。再び悲鳴が響く。俺は恐る恐るそちらを見た。


「うわーーーーーーーーー!?!?」


「ぐわーーーーー!!!!」


 そこにいたのは、口の端に釣り針を引っ掛けてもがく、半人半魚の怪物――もとい、魚人(シーマン)の男……男? 声色からしておそらく男。マジで人相で判別できねぇんだよな。とりあえず男だった。



///



「――と、いうことがありまして……」


 ほわんほわん回想終わり。


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