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ティエスちゃんは中隊長  作者: 永多 真澄
断章 一方そのころ、みんなは

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Fragment.8 エルフの楽しげなお茶会

「やあやあ、古龍のオールド・ラグラルキーン。随分久し振りじゃないか。100年ぶりくらいかな?」


「20年ぶりだよ長老(エルダー)。ずいぶんと耄碌したらしいね。もうお嬢さんリトル・フェンヴェールとは呼べそうもない」


「ふふふ」


「ははは」


 エルフの居城、通称「世界樹」のてっぺんにある長老の居室に、来客があった。払ったフードの下からまろび出たのは、目が覚めるような水色の髪に尖った耳。見るものが見れば、それだけでその人物が何者かを推し量ることができる。

 アマリエル・エヴィロン・ラグラルキーン。創世記の昔より生き続けているという魔女は、当然のようにエルフ長老とも知己であった。

 彼女を笑顔で迎えたウィエル3世(サード)は、()()のこもったハグヲ交わした後、アマリエルに応接セットの長椅子を勧めた。その際に多少の()()()()などをしたりもしたが、互いにそれには気づかないことにする。

 二人の魔女の乾いているのに湿り切った笑い声に、側近のアサイエルなどは滝のような汗を流して部屋を辞す始末だ。その不甲斐ないさまについては、ウィエルサードは小さく嘆息するだけにとどめた。


「後進の育成にずいぶん苦労しているようだね」


「ええ。若いのは気位ばかりが高くていけない。まったく、貴女のような独り身がこういう時ばかりはうらやましくなるよ」


「そういうなよ。これでも何かと辛い身でね」


「ほう、そうなのかい。……さて、世間話に花を咲かすにも、喉を湿らせるものがないといけない。紅茶でいいかな?」


「いただこう」


 ウィエルサードがパンと手を叩くと、応接セットのローテーブルに二人分の茶器がポンと出る。一緒につまめる焼き菓子も一緒だ。バターの混じった甘い香りがふわりと広がって、アマリエルもついつい手が伸びてしまいそうになる。

 ウィエルサードはそんなアマリエルの様子を眺めて少し機嫌をよくしながら、手から湯を出してティーポットにそそいだ。


「ストレート・ティーか。懐かしいな」


 カップに注がれる赤茶色の澄んだ液体を眺めながら、アマリエルはひどく郷愁を感じさせる声で言った。


「ああ、"炎の心臓"の入れ物だったという?」


「うん。一緒に戦った時間はずいぶん短かったがね。私がホラ、デミウルゴスの器になってしまっていたし」


「ラスボスがなんとまぁいけしゃあしゃあと」


「それを言われると辛いところだね」


 ウィエルサードは半笑いになりながらも、手ずから淹れた紅茶をアマリエルに勧めた。一応の礼儀として、まず自分から口をつけて見せる。


「さ、どうぞ召し上がってくださいな」


「ああ」


 アマリエルはウィエルサードの律義さに小さく笑みをこぼすと、カップに口をつけた。舌先に感じる苦みの刺激と、鼻腔に抜ける芳醇な香りが実に楽しい。カップをソーサーに置くかちゃりという音が、静かな部屋にはよく響く。


「……うん、腕を上げたねラジー」


「その名前はずいぶん前に捨てたものだよ。……クッキーも自信作でね」


「もちろん頂くとも」


 バスケットの中のクッキーを拾い上げて口許に運ぶ。サクッとした軽い食感と、それに反比例するようなバターの重みが紅茶にはよく合った。


「……本当に腕を上げた。あの少年と会うのがよほど楽しみだったようだね」


「ふふ。まあ、そうなるね」


 ウィエルサードは照れ臭そうに笑う。その顔色には、何ら腹芸も取り繕いの痕跡もない。エルフのトップにあるまじき、緩んだ顔だ。アマリエルはそれをしばし眺めて、小さく嘆息した。


「随分と幸せそうなことだ。良いのかい、ここはじき、戦場になるんだろう」


「……ああ。心配ではあるがね」


 ウィエルサードは神妙な顔つきとなった。アマリエルは手の中に残っていたクッキーをひょいと口に入れて飲みこむと、紅茶を一口すすった。


「ティエス・イセカイジンのこと、ずいぶん高く買っているようだね」


「まったく、最初に聞いたときはどんなふざけた輩だろうと心配したのだけどね。どうやら杞憂だったらしい。いや、ふざけた輩ではあるのだけどね」


「まったく、隠す気があるのかないのか、わかりかねるな」


 アマリエルはくつくつと愉快そうに喉を鳴らした。それにはウィエルサードも同意見のようだ。


「それで、古龍のオールド・ラグラルキーン。貴女から見て、あの人物はどう映ったね」


「すくなくとも、マレビトではない」


 ウィエルサードはアマリエルのきっぱりとした言葉を聞いて、ひとまず肩の力を抜いた。


「では偶然開いたワールドゲートの隙間を、偶然エーテル体であったからすり抜けただけと、そういうことかね」


「そうなるな。そこにカガセの意思は介在しない。むろん、デミウルゴスの意思もね」


「……そういう冗談はやめてくれたまえ。まだあれの残滓が残っているようないい方じゃあないか。創世記の昔に討たれたんだろう?」


「ああ、討たれたとも。ただ、あれは一時とはいえカガセをも取り込んだ。その依り代となった私がこうして死ぬこともなく生き続けている以上、残滓が残っていたっておかしくはない」


「だからフェンヴィーの復活を急いでいると?」


「そういう側面もある」


 アマリエルはそういって、紅茶をまた一口すすった。ウィエルサードは神妙な顔をより深刻にして、何かを思案しているようだった。


「……レイフィールの正統がコトに及んだのも、貴女の仕込みかね」


「まさか。私もエルディオルも、このような流れは望んでいない。ウィドーの坊やには彼なりの考えがあるのだろうけどね」


「どうだか」


 ウィエルサードは大きく肩をすくめた。まるで信用できないという態度には、さすがのアマリエルも頬を膨らませる。


「そこまで信用がないのかね、私は?」


「まあね。私が言えたことではないけれど、貴女は暗躍しすぎているものな」


「どの口が言うんだか。まったく、ラジーのお嬢さんも随分と生意気になったものだね」


「その名前は捨てたと言ったよ。これだから年寄りは」


 ウィエルサードとアマリエルはちくちくと嫌味を言いあった後、白けたように笑うと揃って紅茶を口にした。


「おかわりはいるかね?」


「うん、貰おうか」


 ウィエルサードが二杯目の紅茶を淹れている間、アマリエルは手持無沙汰に部屋を見回した。ある一転に視点が止まる。それは古い写真の一枚だった。古びた額縁に入れられて、隠れるように置かれているそれには、数人の若い男女が並んで写っている。


「……捨てていなかったのか」


「ン? ああ、ずいぶんと目ざとい」


 アマリエルのつぶやきに、ウィエルサードが目線を上げる。そして彼女の見ているものに気づいたのか、立ち上がってその額縁をとって戻ってきた。


「おばあさまの在りし日を伝えるものは、もうこれだけになってしまったからね」


 写真に写っているのは、色々な背格好をした若者たちだ。青い髪の少年少女を中心に、緑髪のエルフの女性、銀髪の男女、黒髪の男性と茶髪の女性の姿がある。そして端のほうには、今より少しばかり若い水色の髪の――アマリエルの姿もある。

 ウィエルサードはその中で、緑髪のエルフの女性に指を這わせながら言った。ウィエルサードの言が正しければ、その女性は先々代のエルフ長老……ウィエル1世なのだろう。


「……そうだな」


 アマリエルはちらりと青い髪の少年に目をやって、すぐにそらした。


「なんだい、まだ未練があるのかい?」


 ウィエルサードは淹れなおしたカップを差し出しながら、ひどく意地悪く笑った。アマリエルは分捕るようにカップを受け取ると、唇をとんがらせる。誰にも触れられたくない事柄というのはあるのだ。当の本人はそのへんまったく斟酌しない性格なのではあるが。


「うるさいよ。君だってフェンヴェールにはまだ未練たらたらだろうに」


「そりゃあね。フェンヴェール王国はおばあさまが護り、復興させた国だ。いつまでもレイフィールの大森林に間借りしたままではいられないとも」


「あまり野心を燃やしすぎるなよ、ウィエルサード・スプリット・フェンヴェール。エルフのともがらを思うならこそね」


 アマリエルは釘をさす。剣呑な目線がウィエルサードを射抜いたが、当のウィエルサードはそれをどこ吹く風とばかりに受け流した。


「気には留めておくよ」


「危ういなぁ。幻想機はもう戦争には手を貸さないんだぞ」


 アマリエルはやれやれとばかりに深く嘆息して、籠のクッキーをむんずと掴み、ばりんと噛み割った。それでどこか危うい緊張は霧散していく。


「なに。私だって何も、武力で国盗りをしようなんて思い上がってはいないさ。そこは安心したまえ」


「まったく、あの少年も前途多難だな。そうそう、キラルとラグーンが彼に会ったと言っていたよ。順調に育っているようで何よりだ」


「うん。いろいろ手を回した甲斐があったというものだよ」


 アマリエルは肩をすくめると、クッキー一枚を咀嚼してからカップに残っていた紅茶を干した。


「……もう行くのかい?」


「ああ。聞きたいことは聞けたからね」


 アマリエルはカップを静かにソーサーにおいて、するりと立ち上がった。ウィエルサードは見上げる形で問う。立って見送る気はないようだった。


「つぎはどこへ?」


「そうだなぁ、一度レイフィールの荘へ」


「戦争は止められないぜ?」


「だろうね。だから、最後に顔を見に行くのさ」


 アマリエルは寂しく笑う。彼女はこうやって、今まで何人もの人物を見送ってきたのだろう。そういう積み重ねがある笑みだった。もっとも、それもすぐにフードで隠してしまったが。


「ではね。巡り合わせがよければまた会おう、フェンヴェールの長。これは私の勘だが、きっとすぐまた会うことになるだろうがね」


「良い旅を。暫らく顔は見たくないね、偉大なるラグラルキーン。親愛なる大おばさま」

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