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ティエスちゃんは中隊長  作者: 永多 真澄
断章 一方そのころ、みんなは

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Fragment.6 ジャック、受験する

 魔法の認可をとるための試験は、各週の週末に、各属性ごとの割り当てで、定期的に実施されている。ミルナーヴァの暦ではひと月はきっかり5週間であるから、頑張ればひと月のうちに全属性の認可をとることも可能だ。現にティエス・イセカイジンなどはすべての認可を大学在学中に取得しているが、先んじて取得していた土魔法の認可を除けば、他の三属性魔法の認可についてはひと月のうちに取得したという。

 とはいえこれはあまりにも異例なことで、あのシャラン・アプリコット(現:マースカルト)をして全取得には四半ヵ年の期間を要したというのだから、あまり参考になるものではない。そもそもを言ってしまうと、魔法の認可などというのは、常人ならば一つの属性を取得するだけでその一生を費やすケースすら珍しくもないのだから、どちらにせよ参考にはならない話である。

 ちなみに残った一週では、エーテル取扱者の試験が行われている。とはいえ受験するには全属性の認可をとっている必要があるので、その条件の厳しさから年に一人受検者がいれば多いほうとすらいえるありさまだ。開催されないことがもっぱらで、一般的には休みの週という認識になっている。

 試験会場は主に、市以上の規模の都市であればその公会堂や類する施設や公学、私学などの教育施設だが、国軍の基地がある場合はそこでも試験が行われている。

 ジャックが訪れているのも、試験会場に設定されたエライゾ領駐屯地の一室だった。


「意外と受験者っているもんだな……」


 自分の受験番号が貼られた席に着いて、室内を見回したジャックは、率直な感想を述べた。この日は火魔法の認可の試験があり、広々としたミーティング・ルームには20名ばかりの同業者が行儀良く席に着いている。皆が皆、手帳を穴が開くほど読みこんでいたり、うわごとのように何かを呟いては頷いていたりと、余裕がない様子だ。


「フフ……皆様、ずいぶんと余裕がなくていらっしゃるのね」


まさに試験前といった雰囲気に、自身も覚書を読み直そうかと迷ったところに、横合いから声が聞こえた。ちらりと目を向けると、声の主は隣席の女だ。金髪の縦ロールを弄びながら下々を睥睨するように眺める貌に、ジャックは覚えがあった。覚えがあったのですぐに視線をそらしたが、しかし相手からはすでに補足されていたらしい。


「あら、誰かと思えば"置いてけぼり"のジャックじゃありませんの。あなたも試験をうけにいらしていたの? よっぽど堪えたみたいですわねあいたぁ!」


 まるで嘲るような物言いに、ジャックは無言で予備の消しゴムを指で弾いて相手の眉間にヒットさせた。女は素っ頓狂な叫び声をあげたものだから一瞬会場中の視線を集めたが、しかし当該の人物がジャックとこの女だということがわかると、みな舌打ちをして興味を失った。「騒いでんじゃねーぞ殺すぞ」「テメーのせいで過去問が飛んだだろーが死ね」「くたばれ」などのささやきがひそひそと囁かれるなか、当事者の片割れであるジャックは胸ポケットから覚書を取り出してしれっと読み始める。居心地の悪さに肩を震わせているのは件の女只一人であった。


「ちょっと、いきなり何をなさりますの! 私をリシトール子爵家のアロットと知っての狼藉ですか!」


「うるせぇ黙ってろ。脳みその無駄だ勘当女」


 アロット・リシトールはエライゾ領の財務をつかさどるリシトール子爵家のご令嬢である。幼少のみぎりより蝶よ花よと育てられ、伸びに伸び切った鼻のまま社交界デビューをし、割と洒落にならない大問題を起こした結果罰として陸軍に放り込まれたという経歴を持つ女だ。碌なもんじゃない。


「ま、まだ勘当されたわけではありませんわ……!」


 実際、彼女は辛うじて、家との縁を切られるまでには至らなかった。軍にしっかりと奉公して性根を入れ替えれば、再び返り咲く道もないではない。

 現に、配属されたニアの第4小隊では、彼女はそれなりの活躍をしている。ジャンパーに分隊長の階級章をつけていることからも、努力家であることだけは間違いない。必要な能力を身に着けることにも貪欲だ。

 ただ、致命的に悪役令嬢ムーブが板についていることだけが玉に瑕である。ティエスからは「おもしれー女」認定を受けているものの、直属の上司であるニアからの人事評価は芳しくない。

 ジャックは一通り目を通した覚書を胸ポケットにしまうと、まだこちらを睨んでいるアロットに辟易としてため息をついた。


「なんだよ、まだ用か?」


「!」


 アロットは水を向けられると、一瞬びくりと肩を跳ねさせた。そしてわなわなと肩を震わせたかと思えば、次の瞬間渾身の正拳突きがノーモーションで繰り出される。突然の暴力! ジャックはまるで反応することが…………いや、反応はしている。目でその拳を追っている。それでも、ジャックはそれを回避しようとはしなかった。


「…………どうして、避けませんの」


「止めるだろうと思ってたしな」


 ハァ、と呆れたようにジャックは嘆息する。その吐息がかかるほどの距離で静止していたアロットのこぶしが、ピクリと動いた。


「本当につまらない男。……これ、返しますわ」


 アロットのこぶしが開かれると、その掌にくるまれていた物体が零れ落ちる。ジャックはそれを難なくキャッチすると、何食わぬ顔で机に置いた。先ほど弾丸代わりにした、予備の消しゴムだった。


「フン。せいぜい足掻くといいですわ。"置いてけぼり"のジャックさん?」


「おめーもハナッパシラに追い抜かれてんだろうがよ」


「痛いところを……!」


 アロットが顔をしかめたところで、試験官が会場に入室してきた。二人は即座ににらみ合いを切り上げて正面を向き直る。こんなくだらないことでカンニングを疑われては、悔やんでも悔やみきれない。


「それでは筆記試験の用紙を配布します。試験開始の合図があるまで接触しないように。燃えますので。試験開始の合図の後、記名してから解答を始めてください。無記名であった場合は即失格になります。お忘れなく」


 試験官が挨拶もそこそこに試験の説明を始める。並行して試験官補佐役が問題用紙を各受験者の机に配布していった。合図の前に触れると燃えるというのは本当なのだろうか。ジャックの中で好奇心がうずいたが、それを何とか宥める。それに前の席で火柱が上がったから、確かめる必要もなくなった。好奇心に負けたのは年かさの小隊長だった。好奇心には年齢も役職もかかわりないということか。しめやかに会場外へ連行されていく姿には哀愁を感じえずにはいられない。まぁ来月には再受験できるのであるが。


「私語厳禁とします。文房具が床に落ちた場合などは挙手でお知らせください。問題に関する一切の質問についてはお答えできません。試験中の不正行為を発見した場合は、問答無用で失格となります。また、試験中の中座は認められません。解答が終わり次第退出してかまいませんが、会場への試験時間中の再入場は禁止します。試験問題の持ち出しは試験開始から30分経過した後であれば可能です。……行きわたったようですね」


 よっこいせ、と試験官は壇上に時計を設えると、その長針と短針を12にあわせる。いよいよだ。ジャックは静かに唾をのむ。ちらりと横目にアロットを見た。アロットもまた、キリッと表情を引き締めて試験開始の合図を待っている。いつもああならいいのにな、と、ジャックは少しばかり関係ないことを思った。顔は悪くないのだ。


「試験時間は90分です。それでは――始めてください」


 一斉に、問題用紙をめくる音が会場に響く。次いで、カリカリとペンを走らせる音。ジャックも解答用紙にしっかりと記名した後、問題を確認する。設問1は、2択の問題であった。


***

設問1

次の文章を読んで、適当である場合は〇、不適当である場合は×で解答せよ


(1)火魔法は熱を操作する属性である

(2)火魔法を使用して、対象の氷を水に変化させることができる

(3)火魔法を用いて物体から熱を奪ったとき、奪った熱はエーテルに置換され放出される

(4)火魔法を使用する際は、必ず火魔法の認可を取得する必要がある

(5)火魔法を取り扱う際は、十分注意して取り扱わなければならない

***


 なるほど、全て×だ。これはいわゆる禁忌肢というやつで、一問でも間違えると他が全問正解していても不合格となる。

 ジャックはさらさらと解答用紙にペンを走らせる。これ、進研ゼミでやったところだ! てなもんである。進研ゼミではないがティエスが赤ペン先生をしてやったこともあるので、この辺はもう間違えようがない。

 まず(1)。火魔法はエネルギーを操作する魔法であり、それは熱エネルギーだけに限らず、機械的エネルギーや音エネルギー、光エネルギーといった多様なエネルギーにも作用しうる魔法だ。もっとも、専ら用いられているのは熱なので、初学者はまず引っかかるが、電源呪符の充填員に求められる資質が火魔法であることを知っていれば、回避は可能だろう。

 つぎに(2)。これも一見すると〇に思えるが、「対象の」とついているから×である。物質の三体を操るのは水魔法の分野で、火魔法はあくまでエネルギーの増減のみを行う。魔法の対象となった氷はたとえ温度が100℃を超えようが氷のままであり、状態が変化することはない。「対象の」とついていなければ怪しいところだ。対象とした氷の熱で周囲の氷を溶かし、水にすることは可能だからである。なお、対象となった氷も魔法の効果がなくなると徐々に通常の温度に戻っていき、完全にただの氷に戻った後は普通の条件で状態変化するようになる。

 続いて(3)。これは実証実験が行われており、エネルギー操作を行った前後で術者並びに対象の周囲のエーテル量を測定したところ、エネルギーの変化がプラスであろうがマイナスであろうが、周囲のエーテル量は変化なし~微減という結果が得られている。関係論文を一本でも読んでいれば知れる知識だ。

 (4)。これは明確に×である。在野の魔法使いがあふれている現状を鑑みれば当然だが、魔法の使用自体に制限はない。無論それを悪用して王国並びに王国民に不利益を被らせた場合は相応の戒めを受けるが、そうでない場合は自由だ。認可はあくまでも権威付けと、能力・知識の保証書としての役割でしかない。

 最後の(5)は有名な引っ掛け問題だ。答えは×。理由は火魔法以外も十分注意して取り扱う必要があるから。



///



「受験番号6番、ジャックです。失礼いたします」


「はい、どうぞよろしく。試験官のサンバンテ・ヒガミマッセです。まずはそちらに掛けてください」


 筆記試験が終わると、次は実技試験だ。会場を会議室から屋内訓練所に移して行われる試験では、試験官と一対一で課題をこなしていく形式となる。

 ジャックは屋内訓練所に適当に置かれた丸椅子に腰を下ろすと、試験官を観察した。

 先ほどの筆記試験の時とは違う人物だ。まだ若く、30歳には届いていないだろう。くすんだ金髪を編み上げて、頭の後ろで結んでいる。やぼったい眼鏡と厚着のせいで性別が判然としないが、おそらく声の調子から男性であろうということはわかる。それにしても、中性的な声ではあるが。


「ジャックさん。なるほど。ティエス君の部下ですか」


「隊長のこと知ってんスか」


「そりゃまあね。この国の魔法関係者で彼女のことを知らないのはそんなにいませんよ」


 サンバンテは愉快そうに笑い、これは試験には関係ないのですが、と前置きして話しはじめた。


「これは試験には関係ないのですが、私もティエス君とは轡を並べた仲でしてね。同期なんですよ。大学の」


 サンバンテはひどく遠い目をした。ジャックは察した。


「……隊長、昔からずっとあんな感じなんスね」


「私も現在のティエス君のことは風の噂でしか知りませんが、直接の部下である君の顔色を見ていると、そう変わっていないのだろうなという確信が持てます」


 お互い苦労しますね、とサンバンテは笑ってから、さて、としきりなおすように言った。


「さて。それじゃあ試験を始めましょうか。ああ、無論。ティエス君の部下だからと言って手心を加えることも、逆に厳しくすることもありませんので、そこはご心配なく」


「ウス」


 ジャックは深く頭を下げた後、椅子から立ち上がる。準備は万全、という様子だ。

 サンバンテも一つ頷くと立ち上がり、中空で球を転がすようなそぶりをした。見る見るうちに、彼の掌の中には赤々と燃える火の玉が練り上げられていく。空気そのもののエネルギーを高めて、自然発火させているのだ。やがてスイカほどの大きさまでに育ったそれはまさに「火魔法」という字面そのもので、ジャックは幾分か気分が高揚するのを感じる。


「ジャックさん。まず、訓練所の一番奥まで移動してください。そこがあなたの定位置となります」


「ウス」


「位置についたら、合図をしてください。そうしたら、私がこの火球をあなたに向けて投射します」


「う、うす」


「この火球があなたに着弾するまでに、レジストして火球を無力化してください。どのように無力化するかはおまかせしますが、全て評価に入っているものとお考え下さいね」


「――了解っス」


 ジャックは小さく息を整えてから、力強く頷く。思っていたよりもだいぶ野蛮な試験だったが、そこはティエス・イセカイジンに鍛えられている。飲み込むのも早かった。ジャックはきびきびと踵を返し、駆け足で訓練所の一番奥まで移動する。彼我の距離は約30メートル。速度如何によっては、到達までの猶予はあまりにも短い。ジャックは己の腿をバシンとはたいて気合を入れると、挙手をして合図を送った。


「お願いしまーす!」


「では、試験開始です。そぉい!」


 気の抜ける掛け声とは裏腹に、サンバンテの放った火球は速い。着弾まで、1秒もあれば充分だろう。


(おちつけよ……おちつけ……)


 ジャックは迫る火球を、冷静に見据える。対処は簡単だ。高まっている中心核ともいうべき場所のエネルギーを下げるか、もしくは散らしてやればいい。そう、簡単だ。

 範囲を切る。対象を空間と隔絶した個であると認識し、あとはそいつのエネルギーを一気に下げるイメージ。


(エネルギーを下げるってなんだ……? いや……!)


 一瞬、気が動転する。集中が乱れる。いつもできることができないもどかしさを感じ、しかしそれを振り払う。

 そう、イメージだ。難しく考えすぎるな。結局魔法を使う上で一番大切なのはイメージだと、ティエスは口酸っぱく言っていたではないか。

 原理原則をわかる必要はない。エネルギーを操作するとか、そういうしゃらくさいことは今は考えない。今はとにかく、そうであるというイメージを押し付けるだけでいい。あの空気のかたまりは、全然熱くない常温の空気なのだ。そう思い込んで、それを現象に押し付ける。思念をエーテルに載せて、押し付ける!

 ほの暖かいそよ風が、ジャックの頬を撫ぜた。


「なるほど、面白いやり方ですね。第一項目はここまでとしましょう」


 火球は消えていた。サンバンテの控えめな拍手と感心の声に、ジャックは大きく息を吐く。何とかなったようだ。ホッと胸をなでおろしたのもつかの間、サンバンテの声が続く。


「休憩している暇はありませんよ。あとが詰まっていますからね。第二項目はこの氷塊を投射しますので、同様に無力化してください」


 サンバンテの周囲には、こぶし大の氷塊が5つ、重力を無視したように浮遊している。息を整える暇はあまりなさそうだ。

 薄く笑みを浮かべるサンバンテの表情にティエスと同質のうすら寒さを感じながら、ジャックは気を引き締め直した。



///



 その後、襲い来る氷塊、電撃、音波、光線をやっとの思いで切り抜けたジャックのもとに火魔法認可合格通知が届いたのは、試験から7日後のことであった。


 なお、アロットは禁忌肢を間違えて学科で落ちた。

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