4-58 ティエスちゃんは準決勝③
「――来るか」
明確な殺気に覚えず操縦桿を握りしめちゃうティエスちゃんだ。いや、ふざけてる余裕はねーなこれ。瞬間的に空気が張り詰める。テンチュイオンⅡのフィードバックはアーゼェンレギナほど敏感ではないが、それでも戦場の空気を感じることはできる。
シュイオン・カーンは一見、動く気配はない。だが、それが何の保証になるだろうか。どうせ動けば一瞬だ。じわりと汗がにじむほどの、強烈な圧力。
俺は少しでも相手を挑発せんと、あからさまな隙を演じる。しかし、それに乗ってくる気配はない。ただ冷徹なカメラ・アイがこっちを見つめている。まさに目で殺す、と言わんばかりだ。
ふと。本当に、ふとシュイオン機が動く。ゆっくりと、大太刀の刃先を揺らす。鈍色の刃が、まるで空気を裂くように鋭く光った。
俺はすぐさま動いた。
「ぐっ……!」
シュイオンの一撃が放たれる。まさに目にもとまらぬ早業。斬撃そのものが飛んできたような一閃を、俺は辛うじて撃ち落とす。後の先をとるような余裕はない。迎撃が精いっぱいだ。俺が振り下ろした刃が敵の刃をうち払う。いわゆる切り払いだ。
がっぷり打ち合わせたわけでもないのに、重い。バカほど出力を上げたテンチュイオンⅡでこれとなると、ノーマルのままだったらそのままずんばらりと両断されてたかもしれない。これは予想していた以上に厳しいぜ。だが、ここでひるんでちゃいけない。なんたって俺は王国の看板を背負ってんだ。よりによって帝国の将に負けるわけにはいかない。
「らぁッ!」
一歩、シュイオン機との間合いを詰める。大太刀の間合いにしては、狭い。ならばどうする? 徒手だ。何も得物は大太刀のみではない。この強化外骨格という身体そのものが巨大な質量兵器なのだ。大太刀の柄から片腕をはずし、掌打を放つ。いわゆるワン・インチ・パンチ、寸勁だ。機体の運動モーメントを一点に集中し、短い助走から強烈な一撃を繰り出すブルース・リーの得意技。俺はジャッキー派だけどな。決まれば確実に相手の脳みそをシェイクする禁断の必殺技である。なんで禁断かって? こんなことやるとマニュピレータがお釈迦になって整備の連中に死ぬほど責められるからだよ。
だが、シュイオンは俺の繰り出した掌打に完璧に対応した。ベクトルが外向きにズラされる。自機の腕をみれば、そっと添えられた敵機の手。柔よく剛を制す、を体現したかのような受け流しだ。ゲロまずい!
からめとられる。そう認識して腕を引こうとした刹那の瞬間に、俺の機体はさかさまになって宙を浮いていた。投げられたのだ。総重量で10トン近い巨体が、軽々と。ウソだろ!?
しかし慌ててもいられない。何とかリカバリを試みる。まともな着地は望めそうにもない。強化鎧骨格は直立二足歩行の戦闘機械だ。その分転倒や衝撃に対しても様々な対策が施されている。それでもこのまま背中からしたたか地面に激突すれば、相当の激震がコクピットを襲うのは間違いない。最悪死ぬ。どうする。
着目する。投げの起点になっている腕は、まだ敵機の手を離れていない。完全な空中にいるわけじゃないんだ。今この瞬間は。ならばそれを支点に、機体のばねを総動員して跳ぶ! バカみたいな出力はここでも役立った。空中で身をよじるだけで、ジャイロ効果とかコリオリとか、とにかくなんかそういうやつが作用して落下軌道が変わる。出力強化にあわせて間接強度も随分強化してあったのが助けになった。普通の機体だったらば、今の機動だけで腕がバラバラになっていただろう。現に相手のテンチュイオンは、俺が身をよじった段階で手を放していた。
俺は空中でトンボを切って、機体を石舞台に着地させる。もちろんちゃんと脚からだ。ショックアブソーバがきちんと働いて、その衝撃は恐ろしく小さい。
危機は脱した。しかし安心していられる余裕はない。着地狩りとばかりに、素早く次の攻撃が飛んでくる。まるで俺の動きを先読みしてるみてーだ。いや、実際先読みしてるんだろう。俺だってできるんだ。ほかのやつに出来ない道理がねー。敵の刃が迫る。
「くそァ!!」
着地後すぐにバックステップ。すんでのところで大太刀が空を切り、切っ先が俺の機体を掠める。ああっ、また王家の紋章に傷がっ!
ええい、なにが面子だ、今はそんなことにかかずらってる時間はねぇぞ。俺は自身を内心で叱り飛ばす。さっきから後手後手も後手後手だ。俺はもっとスッキリしたのが好きなんだよ!
3連続バックステップからの縮地。再び間合いを詰める。こんどは大太刀の間合い。これまで頑として手放さなかった大太刀を両のかいなで構える。シュイオンに隙はない。ならどうするって? 無理やり作るんだよ!
「チィィェストォァァァッッ!!!」
大上段からの打ち下ろし。自慢じゃないが神速の剣。防御されようが、その防御ごと切り伏せる剛剣だ。シュイオンもこれにはたまらず距離をとる。俺は空振りそうになった剣をその過剰な出力と膂力で無理やり制動させ、さらに大太刀を振り上げる。二の太刀要らずなんてカッコイイことは言わねえ。おめぇをぶった切るまで何度でも切りかかるまでよ。シュイオンは俺の二の太刀を、機体を横にスライドさせることでギリギリのところで回避した。数瞬前にはコクピット・ブロックのあった位置を、俺の剣が切り裂く。今更だが、お互いすでに問答無用のコクピット狙いだ。一歩間違えれば命を落としそう……というよりは、積極的な落命を狙いに行っている。帝国禁軍の将軍なんてこんなどさくさで処分できるならそれに越したことないからな。おそらくそれは向こうさんも全く同じだろうし、審判をやってる森域の連中にしたってそうだ。せいぜい潰しあってくれとでも思っているんだろう。さっきから審判が全く止めようとしないのがその証左だ。ただ戦闘についてけてないだけだって? 一理ある。
「へっ、やっとこれで少しは面白くなってきた」
俺は虚勢めいて呟きながら、もう一度シュイオンに接近する。だが、さすがに三度目を許すほどシュイオンも甘くはない。接近のタイミングを刺すような鋭く重い一撃。構わず振り下ろす。刃金と刃金がぶつかって、硬質で耳障りな快音を響かせた。
「バカ野郎勝つぞ俺は!!!」
俺はもう一度大太刀を振り上げ、今度はあえて、機体ではなくシュイオンの大太刀を狙う。シュイオンの防御にはもはや迷いがない。俺の打ち下ろしをからめとり、そのままカウンターにつなげるつもりなのだろう。読めていても逃れられない。ここで止めるつもりもない。両者の刃が激しくぶつかり合ったその時、その激しさに比して響く音は静かだ。なぜか。俺の剣が、シュイオンの剣を刀身の半ばからすっぱりと切断したからだ。準々決勝でカッチのゴリラの頭を切り飛ばしたときと、同じ技。太刀の刃先を単分子レベルまで薄く硬くして、刃筋さえ立っていればなんでも切れる状態に変形させる、水魔法のちょっとした応用。
それが、完璧に入った。ソードブレイカーした俺の大太刀も、疲労限界に達してバラバラに砕け散る。ガラスの断末魔のような音が、会場に響く。
「まだ、終わんねぇよなァ?」
俺は柄だけになった大太刀を投げ捨てると、徒手格闘の構えをとった。ほかの武器? サブウエポン? そんなもんねぇよ。いっぱい武器があったって結局使うのは一度に一本なんだ。なら一本あればそれでいいだろ。
シュイオン機もまた、同じく半ばから断ち切られた剣を捨てて格闘の構えをとる。いいねえ、そう来なくっちゃ。観客席がざわつく中、第2ラウンドのゴングが鳴った。




