4-55 ティエスちゃんは朝っぱらから魔女に会う
「ぐっもーにんイセカイジン卿。ご機嫌いかがかな」
「うわでた」
さわやかな朝の空気が台無しなティエスちゃんだ。朝食ビュッフェなう。だってのに朝っぱらから見たくもない顔見せられて絶賛げんなりである。俺はサラダを山盛り盛っていたトングをいったんおいて、意識を声の主――アマリエル・ラグラルキーンに向けた。さらっさらな薄水色の髪をなびかせた相変わらずの美女が、片手にトレーを持ったままにこやかに手をひらひらさせている。
「ずいぶんな挨拶じゃないか。こういうときはおはようと返すものだよ」
「そいつはどうも。躾がなってないんでね。それで、アンタなんでここにいるんだ? しばらく会うタイミングないんじゃなかったのか?」
「まあね。ああいうふうに会食をするタイミングは昨日しかなかった。これは本当だとも。ただ出立前に少しだけコーヒーブレイクしていく時間くらいはあったのさ」
「左様で」
俺は朝食バイキングを再開した。付き合ってらんねー。しかしアマリエルはそれをとがめるでもなく、自らもサラダを山盛りによそいながら話し続ける。
「ここのホテルは良いシェフを使っているね。見ただけでもわかる」
「そいつは同感だ。飯のレベルについては、王国人も文句は言わねーだろうさ」
「うんうん、豊かであることはよいことだ」
アマリエルはニコニコとしながら料理をひょいひょいと皿に盛っていく。昨日も思ったが、この細い(とはいえ出ているところは出ている)からだのどこにこの量の食糧が収まるのだろうか。
俺? 俺は良いんだよ。運動してるし。
「それで? わざわざこんな世間話がしたくてビュッフェに並んだわけじゃないんだろ?」
「いや? 君と他愛ないおしゃべりするのが主目的だけれど」
「うそこけ」
「嘘ではないとも。どうやら私は、君のことがずいぶん好きになってしまったようだからね」
大胆な告白は女の子の特権ってか? ただの美女なら大歓迎なんだけどな……こういう腹に一物抱えてるようなのとは同衾したくないというのが正直なところだ。
よほど嫌そうな顔をしていたのだろう。アマリエルは俺の顔を見て妖艶に笑った。笑うな殺すぞ。
「フフ、そう嫌がることではないだろう? このアマリエル・エヴィロン・ラグラルキーンの王配となって、ともに国を治めてみるのも楽しそうじゃないか? ……ま、治めるべき国はもうないんだけどねHAHAHA」
「亡国ジョークはマジでどういう顔すればいいのかわからんからやめてくれ」
「なに、笑い飛ばしてくれればいい」
アマリエルはしれっという。こいつマジでさぁ……!
「だいたい、なにが王配だ。俺は女の子だぞ」
「なあに、個人の恋愛において性別の差などは些末な差だよ」
「王族にとってはデカい差だろ!?」
アマリエルはけらけらと笑って、ローストビーフを一列すくい取って皿に盛った。グレービーソースもたっぷりだ。王配云々は冗談なのだろう。さすがに。冗談だと思いたい。王族に求婚されるのはこりごりなんだ。
「そうだ。昨日は時間が足りなくてあまり詳しい話ができなかったからね。もしも世界の真実に興味があるのなら、この騒動が終わった後にレイフィールの森を訪ねるといい」
「いや全然興味ないが?????」
「フフ、そうは言わずに。君はもう少し、自分の心に正直になったほうが良い」
いや正直も正直だが?? 俺ほど我が儘な女もなかなかいないぜ。俺が自分を偽るのなんて王国の偉いさんの前くらいだぞ。意外と偽ってるな……。
「ほら、心当たりがあるのだろう?」
アマリエルは妖艶に笑む。ええい惑わすな! だまれっ魔女めっ!
「別件だよ。あのなあ、ここでいったん明言しとくが、俺は心底、世界の真実なんて興味ねぇーんだ。そういうのは考察厨の仕事だろ」
「本当に? 月刊ムーとか読んでたクチだろう、君は」
「俺は他人が解き明かした謎を吹聴してるのを、後ろからゲラゲラ見てるくらいがちょうどいいんだよ」
アマリエルはトングを置いて、フムと顎をこねた。というかこいつ、どこまで前世の事情に詳しいんだ? 月刊ムーは確かに読んでたけどさぁ。
「まぁ、それならばそれでいい。エルディオルには私から伝えておくよ。どうせ君はレイフィールの……森域の中枢を訪れることになるだろうしね」
「そいつはなんだ? 予言って奴か?」
だいたい森域の中枢ってのも気になる言い方だ。森域の中枢は、今まさにここ統合府だろうに。
「まさか。ただの経験則さ」
「さようで」
「左様だとも」
アマリエルはその長い人生経験を誇るように胸をそらした。豊満なバストがたゆんと弾む。おおっ。
見れば、アマリエルも俺もトレーが飯でいっぱいになっていた。一旦食べて、また回ったほうがよさそうだ。俺がエルヴィン少年の待つテーブルへ戻ろうと、踵を返す。与太話はおしまい、のサイン。
「ああ、そうそう」
俺の背に、アマリエルが語り掛ける。俺は一瞬だけ足を止めて、言葉の続きを待つ。不意に、耳元に吐息。目だけでそちらを見れば、アマリエルの美貌がある。接近に全く気がつけなかった。冷や汗が落ちる。
『ウィエルサードには、きをつけたまえ』
紡がれたのは短い日本語だった。アマリエルの顔が離れる感触。勢いよく振り向くが、既にそこにアマリエルの姿はない。まるで空気に溶けるように、かき消えていた。
「なんだってんだよ、いったい……」
思わず、引き攣った呟きがこぼれる。俺は山もりのトレーを持ったまま、しばらくその場に立ち竦んだ。




