ミケの冒険・薬草採取
「依頼、貰って来た」
サンドイッチを一つ食べ復活したゼノは、机の上に一枚の紙を置く。字の読めないミケに代わって、ケインがそれを読み上げる。
「採集依頼か、北東の森にて自生している薬草の採取……あれか、いつも使ってる傷薬の材料だ。ミケ、分かるか?」
「あー、あのなんかギザギザしてるやつか……集めに行くのか?」
「そう、採集、手伝ってほしい」
「はぁ?」
ゼノの誘いにミケは困惑する。その一方でケインは声をあげて笑い出した。
「ハハハ!おいおい、犯罪者への依頼の横流しってことか?それってギルド規約違反だろ、バレたらただじゃすまないだろうに」
「そ、そうだろ!ただでさえゼノ、オマエ一人でもこれくらい出来るだろうし……」
「そう、でもない」
謙遜ではないという風にゼノは首を横に振る。あくまで彼にはミケにサポートを依頼するメリットがあった。
「その、薬草?見たことない。窃t……ミケ、多分僕より、採集早い。魔物と戦う、薬草を取る、分業……効率的?」
「要は魔物とはゼノが戦うから、その間に採集して欲しいって事だろ?」
「そう」
「……」
対面するのは二回目の筈なのだが、既にゼノの発言をケインが意訳するという流れが出来上がっていた。というか今窃盗って言いかけなかったか?
「でも、単に衛兵に捕まる───これが最悪、何があるか分からない。ミケの返済、示談交渉?どのみちお金は必要。報酬山分け、どう?」
「そりゃオレだって採集くらいは出来るけどさぁ……だからってわざわざゼノが依頼の横流しなんて危ない橋渡んなくたって……」
「規約違反、悪いこと……でも、人、悪い事もする。もっと、良い事をするため。だから───」
躊躇うミケを見て、悪い大人は悪戯っぽく笑うのだった。
「───悪い事は、少しだけ」
その様子を見て、ケインもまたミケの背中を押す。
「ハハ、良いんじゃねーの?行ってこいよ。危ない橋を渡って俺の店に品物を卸してくれるようなブローカー自体はここら辺じゃ珍しくないし、それで一般市民に不利益を生んでる訳でもない。バレなきゃ良い話だ」
「ケイン……!?そんなテキトーに……」
「まあまあ、実際の所ミケも乗り気なんだろ?ほら、昨日まではあんなに『ゼノこねーかなゼノこねーかな』って……」
「う、うわぁぁぁぁああ!?余計な事言うなっ!?!?」
かぁっと頭に血が昇ったミケは慌てて席を立ち、ケインの口を塞ぐ。もごもごと声を発するケインを見て、ゼノは首を傾げた。
ゼノはどうやら「悪」が見えるだけで、少女の内心に湧きあがった羞恥の感情までは見抜くことが出来なかったらしい。その事実に安堵しつつ、ミケの決意は強固なものとなった。
「良いぜ、何の意味があるのか知らないけど……やってやろうじゃん。採集なんかとっとと終わらせて、盗んだ分返すぞ!」
以上のやりとりを経て、ミケはゼノと一緒に森へと向かう事になった。
「但しミケ、夕方までには帰ってくる事だ。夜は魔物が凶暴化して危ないし……二人の装備はウチに置いてあるやつを貸してやろう。ミケの事頼んだぜ、ゼノ?」
「うわ、結局服借りてねぇし……そんなんで大丈夫かよ」
「多分」
変装序でに軽装をケインに借り、木製の大きな盾まで持ってきたミケは、着替え用の小部屋を出てきたゼノの度が過ぎた軽装に呆れる。身に纏ったボロ布はそのままに、肩から紐を掛けて腰のあたりに剣をぶら下げている、それだけだった。
一応理由はあり、どうやら彼の魔法と相性の良い恰好らしい。およそ冒険者のものとは思えないその姿に不安を覚えつつも、ミケの小冒険は始まった。
森へ向かう道中はずっと手を繋いでいた。ゼノ曰く、「はぐれたら危ないから」らしい。迷子になる程子供じゃねーっての、と言い返したくなるのを我慢して、ミケは彼の大きな手を握る。実際、魔物溢れる森の中で万が一でも迷子になる事は危険であり、町の中でもまた目を付けられてしまえば厄介である事から、多少気恥ずかしくてもそれは仕方のない事だった。
「うわ、魔物すげーいる……コカトリスってあんな足はえーのか……」
初めて見る生きた魔物の数々───殊にコカトリス、大地を駆ける鳥の魔物の俊足に、まずミケは驚かされた。装備は整えてきたものの、それでも尚あれらの魔物に襲われて無事に帰れるのか不安が残る。
「大丈夫」
そんなミケの心配を汲み取ったのか、ゼノはしばしば声を掛けていた。
「待ち伏せ」
彼の目は魔物の発する敵意を見落とさない。仮に気付かれた上でなお猪突猛進に突っ込んでくる魔物が居れば、彼はミケを守るように引き寄せつつ、容易くそれをあしらう。
「〈|Andromalius〉……めっ」
「ギィエ!?」
白い炎に身を焼かれたコカトリスは、慌てた様子で地面に体を擦りつけ、森の奥へと逃げていく。アンデッドを一瞬で葬った時のような圧倒的な威力こそないが、彼の魔法は充分な効果を発揮し、実際ミケに一切魔物を寄せ付けなかった。
(へぇ、なんだよ……結構頼りになるじゃん)
腹を空かせて倒れたり意味不明なことを口走ったりと変な印象の多いゼノだが、こうも頼りになる所を見せられると、彼の大きな手にまるで“父親”のような安心感を覚えると、ミケは彼を見直さざるを得なかった。
かといって、彼が完全無欠な強さを発揮したかというと、そういう訳でもなかったのだが。
目的の薬草はあっさりと見つかった。
「アレだ、なんかギザギザしてるやつ!」
繋いだ手を放し、ミケは早速薬草の採集に取り掛かる。ゼノは魔物との戦闘に専念し、分業が始まった。先程までと変わらず作業は順調に進んでいた───そのモンスターが現れるまでは。
「ピッ!ピキュ……ピッ!」「ぽよよ、ぽよ~」
「おいゼノ……スライムくらい倒せるだろ?」
「……困惑」
ゼノは何故か、やたらとスライムに狙われていた。
狙われているというか、多分、懐かれている。
「お……おい、なんか数増えてねーか!?」
「「ピュイッ!」」「「ぽよよ~」」
彼を取り囲むスライムは次第に増え、かといって彼を襲う様子もなく、十匹前後の水色の球体が周囲を好きに跳ね回り、じゃれるように体にぶつかり、しまいには彼の頭の上へと飛び乗る。
ゼノはゼノで腰に下げた剣を抜くでもなく、ただぼんやりと突っ立っている。
「なんでそんなぼーっとしてんだよ、一応ソイツ魔物だぞ…!?」
「でも……この子たち、敵意、ない」
ゼノの体は依然としてそこかしこから白い炎を発している。しかしスライムにはどうやらそれが殆ど効かないらしく、炎に当たったとしても飛びのくばかりで、まるでそれを恐れる様子がない。
「ピピ、ピキュ~♪」
「困わk……もごご」
「……?あっ!?こら、顔にひっつくなスライム!オマエもちょっとは抵抗しろよっ!?」
無邪気にもゼノの口を塞ぎ呼吸を妨げるスライム。ぼんやりとした彼自身の性格もあってか、ゼノはどうやらこういった悪意の薄い攻撃にはめっぽう弱いらしい。
頼り甲斐がある、なんて美化されたゼノのイメージは秒で崩れ去った。慌てて駆け寄ったミケが無理やりにスライムを引き剥がす───敵対こそせずに済んだものの、そんな事が起こる度に作業は中断された。
一通り薬草採集が終わった頃、時刻は昼過ぎに差し掛かっていた。
「はぁ、思ったより大変だったな………」
そう呟いたミケの腹が、ぐう~、と音を立てる。
「……ミケ、おなか、空いた?」
「うぐ……。そりゃもう昼だし腹は減るだろ」
尤も、腹は減ってもミケには普段三食食べる余裕は無く、それが彼女の小柄さに影響を及ぼしているのだが。
恥ずかしげに目を逸らすミケを見て、ゼノは初めて剣を抜き、あらぬ方向へと走り出した。
「ご飯、取ってくる」
「あ、コラ置いてくなよ!?」
慌ててミケが立ち上がると、少し先から「ギシャーッ!?」という魔物の声が聞こえてくる。
「|Andromalius……できた」
先程から潜伏して様子を伺っていた蛇の魔物───スネイルスネイクを仕留め、炎の魔法で不可食部を破壊したゼノは、明らかに生焼けの肉片を一つミケに差し出した。
「はい」
「はいってオマエ……これを食うのか?」
「大丈夫、毒は燃やした」
背に腹は代えられない、食べられるものであれば何でも大切にしなければスラムは生き延びられない。ミケは食欲をそそられないドロドロとした肉片をしぶしぶ口に運んだ。
「……なんとも、いえねぇ味」
腹こそ満たされるような感じはすれど、それは肉というよりは虫だった。ドロドロと口の中で溶け、微妙な後味が残る。
「いただきます……ん、これぞ野生の味?」
対してゼノは何やら満更でもないといった様子で頷いていた。幾らなんでも味覚がおかしいんじゃないかとミケは困惑した。
困惑しているうちに気付く。ゼノは左手のみで食事を行っている。右手からは、焼け爛れたような跡が覗いていた。
「なんだこれ、ヤケドか?」
「?」
ミケはゼノの手を取り、その傷跡を確かめる。彼の掌には先程までの戦闘で付いたのか、新しい火傷があった。そこそこ痛むはずなのだが、それに対して彼は余りに無表情・無反応で、今の今までミケも気が付かなかった。
「ったく、痛かったらちゃんと言えよな。待ってろよ、テアテ……?すっからさ」
そう言うとミケは盾の裏から採集した薬草を一つ取り出し、そのまま固まる。
「ミケ?」
「……ッ、大丈夫だ、オレにだってテアテくらい出来る……!」
ミケは明らかによく分かっていない様子でギザギザとした葉を小さな手で触り、指で押し潰す。試行錯誤の後、なにやら閃いた様子でその葉をゼノの掌の上に張り付けた。
「これでよし!」
「……」
何となく間違っているような気がする方法で手当ては完了する。ゼノは葉っぱの張り付けられた掌をじっと見つめていた。
「な、なんだよ……俺のテアテ、なんか変だったかよ?」
ゼノはその薬草を軽く握り、目を細めて笑う。方法こそ正確ではなかったかもしれないが、間違いなく少女の優しい心が現れた行為だった。“悪”の聲を聴き続ける男にとって、それがどれ程嬉しいことか。
「───ありがとう、きっとすぐ直る」
「そ、そうかよ。どういたしまして……」
ミケは照れ臭さを誤魔化すべく、ドロドロとした肉をもう一切れ食べる。やはり味は微妙だったが、先程と違ってそれとなく満ち足りたような心地がした。
採集を終え、食事も済ませた二人に残った作業はあとわずか。
「換金して───店に“返す”、後はそれだけ」